夏祭り
冴ちゃんがこの街に来て2度目の夏。おばあちゃまの一周忌を終えたすぐ後の…夏祭りの夜のお話です。
朝、お掃除はしたのだけど、お父様、お母様、そしておばあちゃまと順番に遺影を拭き直して、ローソクとお線香に火を点ける。
おりんを鳴らして手を合わせ、今日もおばあちゃまとお話をする。
ポクン! 浴衣のお腹を
内側からあかりがノックした。
そうね…
あかりもおばあちゃまが大好きだものね。
私のお腹に戻ってくる前に
向こうの世界でおばあちゃまにお会いしたの?
あかりはポクン!ポクン!とノックで答える。
そうなの…
私は愛しくお腹をさすって顔を上げ、お仏壇の遺影に頭を下げる。
あかりを見つけていただき、この世界に帰って来られるようにお導きいただき本当にありがとうございます。
あかりは…今度はあなたの血を分けた曽孫になります。
そして、私はおばあちゃまの本当の孫になれる気がします。
すべてはあの日、おばあちゃまが私を拾っていただいたから
あの時から、たくさんの奇跡が生まれたのです…
「冴ちゃん!見っけ!」
優しい声がして英さんが入って来た。
「姉ちゃん! 冴ちゃん居たよ~やっぱり仏間だ!」
「さすがスグル! 冴の事は何でもお見通しだね!」
そう言いながら入って来た加奈姉も身重に浴衣で…一緒に入って来た賢兄の腕に摑まりながら私の横に座った。
「ちょうど揃ったし、ばあちゃんにご挨拶しよう」
加奈姉の音頭取りで皆、手を合わせる
「ばあちゃん、ちょうど1年経ったんだね…
ばあちゃんも見ていたのだろうけど一周忌の法要…たくさんの人に来ていただけたよ。
冴も私も身重だから、いろんな方が手助けしてくれた…
でも今日は家族だけで出かけるよ…
1年前のお祭りの日、ばあちゃんが言ったように…
今年こそ、お祭りでの楽しい出来事を報告するね。
なんせ今年は“六人”だから…きっと山のような報告ができるよ」
加奈姉の言葉に私はまた泣いてしまって…加奈姉に涙を拭いてもらった。
「本当に冴は…おばあちゃん子だねえ」と
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「オレ、オフィスに声掛けて来る」と賢兄は階段を上がっていって、私と加奈姉は厨房を覗く。
「お父さん!行って来るよ」
「おう! クルマで送ろうか? 二人とも身重じゃ危ねえだろ?」
「何言ってんの!あーちゃん一人をお店に残すなんて可哀想でしょ! こっちは賢ちゃんもスグルも居るから大丈夫よ」
「上はOKだ!」と賢兄も降りてきてオヤジさんに挨拶する。
「お義父! 行ってきます。」
「賢ちゃん! “孝太”と“あかり”の事もよろしく頼むわ!」
「ほら出たよ~ まだ産まれても居ない孫たちにご執心のじじいが」
「加奈子!茶化すんじゃねえ!!」
「心配ないですよ! オレもスグルも付いていますから」
三人がそんな会話をしているうちに、私と英さんは店番を頼んでいるあーちゃんと話していた。
「受験勉強しなくちゃなのにゴメンね」
「バイト料弾むな」
「そんな~いいですよ。気分転換になるし…何より、いつもお店の席を占拠して勉強やらせてもらってるご恩返しを、少しでもさせて下さい…」
「うちのお店で勉強するのは全然構わないのよ。私だってあなた達に勉強教えてもらっているんだから、お世話になっているのはこっちのほう」
「いえいえ、私達、いっつも言ってるんですよ『冴ちゃソとの勉強、とっても楽しい』って。できれば冴ちゃソと一緒に学校、通いたかったなあ」
「そうねえ。それは残念だけどね…」
「でも、高校入学は諦めていないんでしょ?」
「もちろん! 落ち着いたらあかりを抱っこして夜間に通おうかしら」
「親子で授業かあ…素敵かも!」
『スグル~!冴~! 行くよ~!!』
厨房から加奈姉の声がして
私達はあーちゃんに手を振り、お勝手口の方へ回った。
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慣れない履物で万一にでも転んでは大変と、加奈姉も私もスニーカー履きだ。
風情は少し失われるが、その分、英さんと賢兄が下駄をカラコロ鳴らしてくれている。
私達“6人”で歩いていると…皆、“お腹”のあかりや孝太にまで手を振ってくれて…
私はこの街の人々の温かさにまた目頭が熱くなる。
あ、でも…二人ともモテるんだよなあ!
八百八の女将さんの「加奈ちゃんと冴ちゃんが面倒見てあげられない期間の“下のお世話”は私達に任せな!アハハハ!」
なんていうのは冗談で笑えるのだが…
時折、妙齢のご婦人方から熱い視線が注がれているのに気が付いて…私と加奈姉は肩を竦めたりしている。
特に賢兄!!
賢兄とは古くからの付き合いだけど…加奈姉と出会ってからの賢兄は…それはもう…男の色気が凄くて…
英さんも『賢兄ってホント、カッコいいよな!』って言ってる。
私は…まあ…カレには1mmも動かないんだけど…
本気で『抱かれたい』って感じているご婦人は間違いなくいらっしゃる。
賢兄が加奈姉しか目に入らない“一直線”の人だから、尚更想いが募るのでは?と少々気の毒にさえ思えて来る。
何かの折に、そんな風なことをチラッと加奈姉に話したら
「そうでしょう!! 私だって、抱かれたら叫びっぱなしだもん」と思いっきり惚気られた。
「私だって叫びっぱなしです!」とすかさず惚気返したけど…
こんなわけだから私達が連れ立って歩くと…臆面もなくラブラブのオーラを振りまいてしまい…お返しに生暖かい視線をいただく事と相成る。
「そう言えば冴ちゃん!射的うまかったよね」
英さんから話を振られて私はちょいと力こぶを作ってみせた。
すると…それを見た賢兄が話に入って来た。
「実はオレも得意だよ! 今はこんなナリだが…」と今日も街に漂う湯の香りを吸って
「湯けむりスナイパーと呼んでくれ!」
ってカッコつけるので、
ふたりで勝負することになった。
でも私、今年はお腹が丸いからちょっと不利だよね。
そうぼやいたら賢兄はウィンクして
「銃口の位置は冴ちゃんに揃えてやるよ。加奈ちゃん!横から二人の銃口の位置をチェックして!」とのたまうので
私は俄然と闘志が湧いた。
一射目
私の撃った弾は狙った景品に当たったが景品は棚から落ちず失敗。
賢兄は見事ゲット!
二射目
少し上を狙って撃ったら景品に当たらずアウト!
賢兄はさっきより大きな景品をまたまたゲット!
もう降参!と置いたライフルを賢兄はもう一度私に持たせ
「スグル!ゴメン」
とわざわざ謝りの言葉を入れた上で、私を後ろから抱くようにして銃口を景品に向けて狙いを付けさせた。
「ここを狙うんだ。そのまま引き金を引いてみな」と言われ
引き金を引いたら
弾の当たった景品は棚から落ち、見事ゲット!!
思わずまん丸お腹で賢兄に抱き付いて…私に抱き付かれたまま賢兄はまた英さんに頭を下げてくれたけど…
「おきゃんな“妹”でスミマセン」と笑いながら英さんに言われてしまった。
縁日をそぞろ歩きしながらの買い食いは楽しい。
私は焼きとうもろこしと牛串を制覇して口直しが欲しいと英さんにおねだりした。
何を買ってくるのかなと見ていたらリンゴ飴だ。
「冴ちゃん、好きだよね」って
ふふふ、嬉しい。覚えていてくれたんだ。
私も甘い記憶を…思い出したよ。
でもその前に…
金魚すくいがあるじゃん!!!
「ほらほら!! あそこ!! 英さんと加奈姉で勝負してよ」
と皆を引っ張って行った。
「あ~金魚すくいね! ダメダメ! スグル相手に勝てるわけないもん!」
と加奈姉からあっさり断られてしまう。
「へえ~スグルってそんなに凄いんだ?!」
賢兄が興味深げに覗くので英さんに実演してもらう事になった。
店のおいちゃんから何気に手渡されたポイは…何か特別なコーティングが成されてるのかと見まがうほどに“金魚を載せる担架”となり…英さんは手に持ったお椀に次々と金魚を搬送して行く。
見る間に4つのお椀を金魚でテンコ盛りにしたが、ポイはまだ使える状態だ。
皆でしげしげとポイを検証し…
「凄いなあ!!」と感嘆していたが
英さんは、お店のおいちゃんに一礼して金魚をプラ舟に全部放してしまった。
「あ~!!なんで逃がしちゃうの!! せっかく捕ったのに!!…」とクレームを入れる加奈姉に
「だって姉ちゃんに金魚渡したらいっつもおろくにしちゃうか、ネコに捕られてたじゃん!」と返す英さん。
加奈姉は賢兄の手前もあるのだろう…サッと顔を赤らめて英さんの腕をパシッ!と叩く。
「意地悪な奴だな!! いったい、いつの話をしてんのよ!! ウジウジと根に持って!!…」
「ああ! 根に持ってるよ! 子供心に『金魚が可哀想』って思ったからね!」
「それはね!『生き物の命は大切にしよう』と感じる為の、反面教師にしてもらおうと言う“姉心”だったのよ!! わかんないかなー!」
ふたりのやり取りは微笑ましく、姉弟しているなあって…だから私にとっても加奈姉はお姉さんで居てくれるんだなって嬉しく思う。
「ねえ、英さん、お店のカウンターの隅に金魚鉢って良くない? 衛生管理上問題になるのかしら?」
「いや、アクアリウムって感じで水槽を置く店を見かけたりするから…キチンと管理すれば問題はないよ…そうだね。置くんなら“お勉強席”から見えるところにしよう。冴ちゃんやあーちゃんたちがホッと一息付けるように」
加奈姉はポンっ!と英さんの肩を叩いて
「決まりだね! 賢ちゃん!早速で申し訳ないんだけどプライムのあす楽で水槽一式をオーダーしてよ、レスピレーター?付きで。 スグル! 私、さっきから気になるコが居てさ。ちょうど今、ブクブクの下をくぐった黒の出目金! あれ捕って!! 冴はどれがいい? 選んでスグルに頼みな!」
私が「どのコがいいかな」とプラ舟を覗き込んでいると、賢兄に“指導”している加奈姉の声が耳に入る。
「ちょっと!賢ちゃん! それじゃ、大き過ぎるよ!アロワナを飼うわけじゃないんだから! なんかこう!おしゃれで小作りなのはないの?? 円筒形とかさ!」
ふふふ、賢兄も加奈姉に掛かっちゃ、形無しだな…
んっ!
今、ポクンポクンとあかねがお腹を押した。
私は黒出目金を掬い上げた英さんの肩をそっと叩いて浴衣の袖を引く。
そして去年と同じように物陰に隠れて…
カレの手をお腹に置いた。
「分かる?」
「うん! 分かる!」
「あかり…何を言いたいのかな…」
「何だろう? 胎教というのがあるくらいだから…お祭りの楽しい雰囲気を冴ちゃんと一緒に聞いているのかな?」
こんな風に話してくれる英さんの…優しい目に惹かれて私はキスをする。
「今年こそ…リップを…食紅メイクしちゃおっかな!」
今度は私の肩を抱いて英さんからキスしてくれた。
「いいけど…この所業…バレちゃうよ…金魚すくいも途中だし…」
「ふふふ、大歓迎!! だってあちらは“噛み跡をつけ合う仲”なんだよ」
「あはは!そうだったね」
こんな会話の後は…
ふたりピッタリくっついて
甘く深い
長い長いキス
「ね!
英さん!
分かる??
今、あかりが…
お腹の中でダンスしているの…」
言い終わらないうちに英さんは頷いて…“私達”をゆったりとした輪舞に誘う。
思えばこれが…私達家族の…最初のダンスとなった。
おしまい
。。。。。。。
イラストです。
英さんを描きましたが、やはり難しいです(^^;)
お互いの呼び名をちょっと変えました。賢兄とか、加奈姉とか
それはこれから先の…冴ちゃん達六人家族の準備の為…
お互いの子供ふたりに等しく、冴ママ、加奈ママ、英パパ、賢パパと呼ばせて…4人で2人を育てて行こうと話し合っているという裏設定です。(#^.^#)
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