“もうひとつの”煙草のけむり ⑦
ここのところ、五輪真弓さんの『煙草のけむり』をヘビロテで聴いています。
こちらへお立ち寄りの皆様、もし“サブスク”をおやりになっているのなら、聴きながらご一読いただけましたら幸いでございます。<m(__)m>
「そのウィスキー… 来る前も飲んでたって… 冴ちゃんと?」
「ああ… アイツもこれが好きでさ」
「へえ~ 私はまだ冴ちゃんと飲んだことないんだよね…」
ひとしきり泣いた私はかなり落ち着いて“賢さん”と、とりとめのない話を始めていた。
私は
どうしたんだろう
悪戯心が起きて
彼のグラスに手を伸ばす。
「ちょっと、味見させて」
まあ、もうたぶん
口紅も随分落ちて
大丈夫だろうけど…
私は舌で唇をなめて湿らせてから口を付けた。
「あ、いい香りだね」
ふと、賢さんを見ると…固まっている?
「どうしたの?」
「あっ! いや、その」
珍しく歯切れが悪く、頭などを掻いている。
「色っぽくて…さ」
「へっ?!… … あはははははは」
どうやら私は酔っているようだ。
笑いが止まらない
「あはははは、 か!、勘弁して!!… 私…クククク そんなこと 言われたことない!! ワハハハハ」
『ワ』まで付いてしまった。
笑いついでにグラスも空けてしまって。
「加奈子さん、水! ほら飲んで!」
賢さんはバーテンダーさんから受け取った水のグラスを私に握らせる。
「大丈夫か?」
「ええ、アリガト。 なんかツボったみたい。 自虐だねえ」
グビリ!と水を飲む。
「ね! 色っぽくないでしょ?!」
「うん、可愛い」
危うく“吹く”ところだった。
「モテる男は言う事がいちいち違うね!」
「別にモテんけど」
「噓ばっか!!」
「ホント モテねえよ」
そんなのは信じられないので、私は話を変えた。
「さっきジュークボックスの話、してたけどさ! なにか商売で使っていたの?」
「あれはオヤジの趣味。アイツ道楽者だったからなあ… 家業は鈑金屋だったんだが、身上を傾けやがって…苦労したよ」
「賢さんが?」
「ああ、オレの名前、勝手に使いやがって、散々だったよ。
その債務でどうにもこうにも首が回らなくなった時、融資してくれたのが、別れた女房の実家でさ。
あの頃はオレも今よりもっと無茶苦茶やってたから、その腕を見込まれて、そこの娘と結婚した。
実家とオレん家の家業と両方切り回しでさ、それこそ寝る間も無く働き詰めに働いた。
だからモテるとかそういうの
無いから」
「その奥さんの実家って?」
「おそらく加奈さんも名前くらいは知ってる会社のオーナー一族。 今は別れた女房が社長やってるよ。その名前、オレはもう口にしないけど」
「奥さんと別れたから?」
賢さんは首を振って否定した。
「元女房のオヤジさんが変な事に手を出してさ。ヤバくなったんだよ。だけどこっちは従業員や取引先を守んなきゃいけねえから、 命張った」
「賢さんがここに居るって事は…大丈夫だったんだよね?」
「会社は大丈夫だった。ただ、オレは背中をザックリ切られた」
「えっ?!…」
「その時、医療関係の方々には散々迷惑かけたから… 足向けて寝られないな」
「ご家族にも?」
「ああ、それはまあ大丈夫。誰も見舞いに来なかったし、『ヤクザ者が役員をやっていたら会社の信用にかかわる』って解雇された」
「そんな!!」
「ホント、それは別にどうってこと無いんだ。自分の家業に注力できるしな。ただ…」
「ただ?」
「別れた女房に『アンタとの間に子供ができてなくて本当に良かった。背中にキズのある親なんて、子供が不憫すぎる』と言われたのは堪えた」
賢さんは新しいグラスをひと息で空けた。
「ああ… オレは子供、持てないんだなって…、それが堪えた」
そんなことない!!
そんなことないよ!!
賢さん!!!
思わず掴んでしまった賢さんの腕を慌てて離し、彼から目を反らす。
「あ、あの、そう言えば、さ! “賭け”の時に流れたのって、なんて曲?」
「ん、ああ」と賢さんも視線を落とす。
「『煙草のけむり』」
「ふ~ん。なんか聴きたくなった」
「オヤジの世代の歌だぜ、ドーナツ盤の」
私はスマホを取り出した。
「今は“サブスク”で大抵のものは聴くことができるの…… ほら!あった」
賢さんに画面を見せて、Bluetoothイヤホンのひとつを彼の耳に挿してやる。
「ループしちゃお!」とplayをタップした。
… ギターとピアノの乾いたイントロが流れ、歌い出した。
二人しばし無言になる。
「…いい曲だね」
「ああ」
「マッチかあ… 賢さんはタバコ吸うの?」
「ああ」
「冴ちゃんも? 飲んだ時、吸ってた?」
「ん、ああ」
「アノ子、私達の前では吸わなかったよ」
「ん、あ、そうか? そう言えば、火を点けてもすぐ消してた」
「『あなたのマッチで?』」
「ばかいえ。だいたい今は火を点けるのはライターだぜ」
「それはそうだけど…なんか妬ける。こんな“色っぽい”オンナを隣に座らせてさ、ここに居ない冴ちゃんの事ばっか」
と、プイっと顔をそむけた。
「えっ? いやいや、おいおい、酔ってる?」
「えー!酔ってますよぉ」
今度はコツン!と後頭部を彼の肩にぶつける。
なんだか気持ちいいので、頭をあずけたまま少し視線を上にあげる。
「マッチって、見ないよねぇ」
「ありますよ」
バーテンダーさんが “湯の町温泉ホテル”の名前の入った二つ折りのマッチを灰皿の上に置いて出してくれた。
「ブックマッチか。懐かしいなあ、これ、昔はよくあったんだ」
「ここは古いホテルですから…」
言い終わってバーテンダーさんは向うのグラスたちを磨きに行った。
そのマッチは私には初めての物だったので賢さんに聞いてみる。
「どうやって使うの?」
「ああ、軸を1本折り取って…そうそう、そして軸の下のエンジ色の帯のところで赤い頭をこすってみな」
パッと炎が上がった。
「点いた!」
残念ながら今、この瞬間には賢さんもタバコを手に持っていなかったので
程なく炎は消え、煙が残った。
その向こうで笑っている賢さんの顔は
始めて見せてくれた
少年の顔だった。
私は…
私は
引き込まれて
その頬にキスをした
彼の手を取り
ホテルのカードキーを握らせる。
「骨、拾うって 言ったけど… 私、ヘタなんだ。 それに… コワイ…」
「心配するな、オレもヘタだし早い」
「?!」と一瞬キョトンとして
私は吹き出した。
「なにそれ、フォローになってない」
「そうか?」
「そうだよ」
言葉を交わす度に距離が短くなって
あとは無言で
長い長い長い
キスをした。
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部屋に入ってからの話を少しだけ…
先にお風呂に入らせてもらって(ちなみに部屋のお風呂は温泉ではないのだけれど)“賢ちゃん”を待つ間、胸のドキドキを押さえたくて
ベッドに腰掛けてワイン飲んじゃった。
あ、夜勤明けで
ずっと起きっぱなしだった!
このまま電池が切れて
眠り込んでしまったら
マズいよなあ
でも、そんな心配をする間もなく、賢ちゃんはお風呂から上がって、私の隣に腰を下した。
私はベッドに跳ね上がって、彼の背中に縋り、バスローブを脱がせた。
刃物なのか、腕なのか、その両方なのか なまくらに切られた傷跡は
とてもとても
痛々しかった。
だから私は、
その傷跡に
ゆっくりと丁寧に
キスと愛撫をした
彼が向き直って
抱き締めてくれるまで
そして私は
体を開いた。
やっとここまで辿り着きました。
ここから先、まだ少しあるのですけど…
“鬼甘”なふたりのお話は、章を変えます。(#^.^#)
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