“もうひとつの”煙草のけむり ⑥
加奈子さんは社長と心を分かち合います。(*^。^*)
チェックインを済ませた私は、ロビーの外が見える椅子に腰を下ろした。
腕時計もしたくないし、ナースウォッチも持っては来なかった私はスマホで時間を確認する。
もうそろそろだ。
外の雨はだいぶ小やみになってきた。
どうしてもやむを得ない時は、手に持った傘の先を突きつけようか。
あまり頼りにはならなそうだが…
こんなことを考えていたタイミングでマナーモードにしていたスマホが震え、私は身を固くする。
彼からだ。
「…はい」
『もうすぐ着きます』
私は傘を持ち直して席を立った。
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エントランスに滑り込んだタクシーから、がっしりとした長身の男性が降りた。
あの人なのだろう。
ノーネクタイのワイシャツの胸や、腕まくりした太い腕には贅肉はみじんもない。
かと言ってアスリートの様な作り込んだ肉体…私は仕事柄それも見た事は少なからずあるのだが…とも違う。
仕事によって作られた… おそらくは何をやるにも真っ先、矢面に立ち続け、自ら荷を担ぎ続けて作り上げられた体だ…
こういう人は、
妥協や曖昧を許してはくれないだろう。
彼の顔にホテルの照明が当たり、そのコントラストを浮き出させる。
深く刻まれたしわ
その一つ一つがきっと苦悩の歴史なのだろう。
今日、私がまた、それを1本増やしてしまった。
その代償を考えると、
まだ夏なのに背中が凍る思いがする。
正直とても怖い。
でも
正々堂々と身を投げなければ!!
傘をさして表に出ようとすると、彼の方が気付いて私を手で制し、中に入って来た。
近づいて来た彼にじっと見下ろされ、私は傘の柄を握り思わず身構えてしまう。
と、いきなり
「申し訳ない!!」
と深く頭を下げられた。
「えっ?! えっ?!」
社長は戸惑う私に頭を下げたまま続ける。
「あなたの…切なる願いを結果的に無視して、私はアイツの本音を優先させたのです」
「…どういうことでしょう…?」
「説明させていただいて良いでしょうか? そのためにここに来ました」
「あの、社長、とにかく頭を上げて下さい…場所も場所ですし…」
「そうですね。ここはあなたの地元だ、後でお困りになってもいけない」
頭を上げた社長に私は言った。
「ラウンジの奥にバーがあります。 そこなら話を伺えます」
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私はテーブル席に座ろうと思ったのだけれど、社長はさっさとカウンター席に座ってしまった。
いつもそんな調子なのか元々独り飲みのたちなのか…
とにかく私は自分の身に振りかかる事だし、なるだけ情報は集めようと必死に考えていた。
彼は彼で、何をどう言おうか考えている風だった。
とにかくオーダーはしておかなければ! 彼がボトルに目をやって「ジャックをロック、ダブルで」と言っているから…
シルバーグレーのバーテンダーさんにシェリー酒を頼んだら
僅かに間を置いて
「かしこまりました」と言われた。
これで、バーテンダーさんには状況を伝えた。
“ジャック”の彼には理解できなかったみたいだけど…
「あの、社長…?」
「なんです? 統括!」
「“統括”って何です??」
「私の会社でのあなたの役職名です。あなたに社長と呼ばれたら、こう返します。 だから… 名前で呼び合いませんか? 私は“賢二”というのです。賢者の“賢”に漢数字の二。あなたは“加奈子”さんですよね」
「はい」
社長、…いや、賢二さんは話し始めた。
「私も、アイツの凄まじい歴史を聞かされました… あと、“あかりさん”を産みたいがためにスグルくんを欲したこと、彼が過去に同じような目にあわされたことも… アイツは自分がそれをしてしまった事で、自分自身を許せなかったようです… 男の私が言うのは筋違いですが、果たしてそれは本当にいけない事なのでしょうか?」
それは過去からの連綿とした私の心に突きつけられた言葉のように思えて
私はなにも言葉を返せなかった…
「いずれにしても私なら、何の躊躇もなくアイツを守れる。それなりに力も蓄えている。そう確信があったから真剣にアイツに結婚を申し込みました」
「アノ子は何て?」
「『分からない』と、『子供を産むという明確な目的はあるけれど』と。
だから私は賭けを持ちかけたのです。
『ジュークボックスのインデックスに4つ白紙があるだろ? その内の1曲だけが邦楽なんだ。もしお前がそれを引き当てたら…俺の言う事を聞け!』と」
「負けてしまったのですね」
「いや、オレは!」
この人の性格なのだろう。勝ち負けの筋を明確に通すのは
「勝ちました! これで、あなたとオレの希望を叶えることはできたはずなのです。
アイツも覚悟を決めてシャツのボタンに手を掛けました。ちょうどスグルくんも会社に押しかけてきてドアを叩き出したし。
その様を彼の前に見せつけることも厭わない。これで完全にスグルくんと切れる。それがアイツの希望でもあったはず!」
私は泣きそうになる
「…はい」
「しかし、シャツのボタンに手を掛けたアイツの目から
涙が流れたのです。幾筋も幾筋も」
「…はい…」
「アイツ自身も…戸惑っていました。しかしそれは紛うことのない、アイツの本心が流させた涙です。
その本心を守ってあげなくて、一体アイツの何を守れると言えるのでしょう?!
アイツの心はスグルくんの元に返してあげないといけない!!
だから賭けに勝ったオレの言葉として、アイツに命令したんです。
『さっさと鍵を開けて来い!!』と。
これが顛末です。
本当にあなたには申し訳ない事をしたと思っています」
彼はもう一度深々と頭を下げた。頭がカウンターより下になるくらいに…
「お願いだから! 謝らないでください…
これで良かったんです。
だから私の方がお礼申し上げます。
本当に本当にありがとうございました。」
そう言って、私は椅子から下り、彼の頭を抱き起した。
座り直した彼はグラスを一気に煽って私を見て、
話してくれた。
「『箭内加奈子って何者だ?』と二階に上がって来た二人に私は聞きました。
あの二人、声を揃えて言ってましたよ。
『姉です』と。
あなたはとてもいいお姉さんです。それは間違いない」
ああ この人は
こんなにも
人の痛みの分かる
優しい人だったんだ。
この人に縋って本当に良かった
でも…
でも…
私はゆっくりと彼の肩に寄り縋った。
「ありがとうございます。
私をあの子たちの姉で居させてくれて…
そして、ごめんなさい…
少しだけ
少しだけ…
肩を貸してください…」
彼の手が私の手の上に置かれた。
そして私は
彼の肩に顔を埋めて忍び泣いた。
2022.5.19更新
イラスト描きました。
上川社長(賢二さん)のラフ案①
実は社長、冴ちゃんの物語の第1回目から登場しているのですが、初めてイラスト描きました。
とっても好きなキャラだけに…難しい!!!
画力のなさ、泣けます(/_;)
2024.9.17更新
相変らず画力のなさに(T_T)
あまりにもカメの歩みの進歩ですが……(-_-;)
少し私の中のイメージに近付いたかしら??
上川社長(賢二さん)のラフ案②
マメ知識です(^O^)/
シェリー酒のカクテル言葉は「( *´艸`)今夜はあなたにすべてを捧げます」なんですって!!( *´艸`)
結局、今回は煙草のけむりが流れるところまでたどり着けなかったです<m(__)m>




