“もうひとつの”煙草のけむり ⑤
今回も書いていて、かなり辛かったです(/_;)
「スグル兄が冴チャソ見つけてくれるんなら、私、スグル兄のスマホに冴チャソ宛てのメッセする。『帰って来て!!』って」
その声に、皆一斉にスマホや携帯を立ち上げた。
私はそんな皆にお茶を出したりして、それをやり過ごした。
と、いきなり雷鳴が轟き、ザーッ!と大粒の雨が落ちて来た。
「あっ!! 洗濯物!!」
私は降り出した雨を幸いにその場を離れた。
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縁側からサンダルをつっかけて外に出て洗濯物を取り込む。
ふと見ると戸袋のところに、アノ子の字で『戸締り注意!!(((;'Д' )))!!』とメモが貼ってある。 そう言えば同じメモが勝手口の堅枠にも貼ってあった。
他にも鍵周りなどに剥がした跡があって、おそらくこの2枚はアノ子が出ていく時に剥がしそびれた物なのだろう。
一見、可愛くも見えるこのメモの『(((;'Д' )))!!』の顔文字は、アノ子が苛まれていた、見えない恐怖の爪痕を皆には分からないようにと、カモフラージュしていたのではと思えてしまう。
干しっぱなしになっていた洗濯物、剥がしそびれた恐怖の爪痕、椅子の背に掛けられていたエプロン。
それらは、アノ子の心もようを映し出しているのか…
アノ子はこの場所を一所懸命に明け渡そうとしたのだ。
この私に!
こんな私に…
私を代理店の代表に据えたのは、アノ子の、私へ宛てたメッセージだったんだ…
その重さに、私は洗濯物を抱えたまま座り込んでしまう。
目をやった部屋の片隅に
いつかふたりで買った洋服のすべてがきれいに畳まれ
ゴミ袋の中に鎮座していた。
「冴ちゃん!!」
私は耐え切れずにゴミ袋に縋って泣いた。
そして祈った。
『どうかどうか! 社長がアノ子を抱きしめて、暗闇に落ちないよう繋ぎとめてくれますように』と
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雨はずっと降り続いている。
みーちゃん、ちーちゃんも加わって仲良し3人組は宿題をやりながらスグルからの連絡を待っていた。
私もスマホは身に着けていたけれど、待って居る電話は別だった。
その、私の電話が鳴った。
思わず外に出て、取ってしまう。
電話を持つ手に雨が降りかかる。
「もしもし」
『すまない』
社長からだった。
『アイツの心の中に割り込むことは…できなかった』
「スグルは?」
『ここに尋ねて来ている。今、アイツがドアの鍵を開けに下へ降りて行った』
「じゃあ アノ子はスグルが連れて帰って来るのね」
『そういうことだ』
「みんなは…喜ぶわ…知らせてあげなきゃ」
『今、店か?』
「えっ? ええ…」
『これから、そっちへ行く』
「えっ?!」
『骨を拾う約束だ』
私は…スマホを握り締めた。
策を弄する者は策に溺れる…いや、そんなカッコいい話ではない。
ただ報いを受けるだけ…
「分かった…でも、一甫堂には来ないで、お願い」
『分かりやすいところならどこでもいい』
「この街には“湯の町温泉ホテル”という観光ホテルがあります。そこのロビーで…」
『分かった。 スグルくん達が上がってくるから切る。2時間くらいで着くと思う』
電話は切れた。
急がなければならない。
まずは皆に朗報を伝えた。
「今、冴ちゃんが勤めている会社から連絡あって、冴ちゃん、そこに居るって。スグルも迎えに行ったから。きっと連れて帰ってくるよ。皆からのメッセージも、スグル、きっと冴ちゃんに見せるから。だから安心して」
歓声の中を潜り抜けて厨房に入った私は、お父さんに声を掛けた。
「これから人に会わなきゃいけないから、先に帰るね。悪いけど晩御飯は外で済ませて。私も何時になるか分からないし…」
「夜勤明けだろ? 気を付けてな」
「ありがと」
「悪いな。雨なのに送ってやれなくて」
「いいよ。タクシー呼ぶから。自転車は置いてく」
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あまり時間がない。
シャワーは浴びた。
下着は新しい物を着けた。
ニットトップスに淡いグレーのフレアスカート、冷房除けにカーディガンを手持ちしよう。
アクセサリーは一切付けない。
付けてると怪我をし兼ねないから。
怒りとか悲しみに溢れた男が女を扱う時は、粗野で危険だ。
私も少しは身に染みている。
正直、メイクする手が震える。
見も知らない得体もしれない男
そんな恐怖に日々晒されて、実際に殺されそうにもなった
冴ちゃん…
それなのに…
彼女が書いていた言葉が思い出される。
『裸とオスの匂いに塗れる日常だったのに、私は得体も知れない空腹感に苛まれて、日々それを貪ったのです』
鏡の中の私の目から
また、涙が流れる。
「あなただけじゃない。人はみな何らかの暗闇を抱えているよ」って、もう少し明確に言ってあげたい。
今日これから、何が起こっても
明日、いや明後日?
冴ちゃんが戻って来たら
そう言ってあげられるように
私も身を投げよう。
10年前より
ずっと
正々堂々と
私はまたタクシーを呼び、ドラッグストア経由で“湯の町温泉ホテル”へ向かい、チェックインをした。
。。。。。。
2023.8.24更新
加奈子さん
ともに“湯の町温泉ホテル”へタクシーで向かう、加奈子さんと社長 (飲酒運転は絶対にいけません!!)
対峙したこの二人がどうなるか… 煙草のけむりが流れるところまでたどり着けるかなあ…(^^;)