もうひとつの”煙草のけむり ③
加奈子さんは冴ちゃんと自分の事に、思いを馳せます。
この仕事を始めてもうすぐ10年になる。
言ってはいけない事だけど、頭の片隅を別の案件で動かしていても、『ヒヤリハット』を踏まない自負はある。
その自負を揺るがせるような事を、冴ちゃんはたまにやってみせた。ばあちゃんの介護で…
何というのだろう…
アノ子は人の命の流れを感知する力があるのではと思う。
最初は“吞み込みの早い子”くらいに思っていたのだけど、バイタルサインや検査結果を見るすべもないのに
アノ子は動いているのだ。
実に的確に
しかも無意識で…
たまにそれが意識の上に昇ると、カノジョの心はたちまち悲しみに溢れ、洗濯室へ駈け込んでしまう。
そう言った現場を私は何回か見てしまった。
そんなアノ子の素養を、純粋に“勿体無いなあ”と思った。
嫉妬はしなかった。
やはりこの嫉妬は…
私の胸の奥に未だに燻っていたスグルへの想いが原因らしい。
いや、それだけではなく….…
私の大切な人を皆、アノ子にとられてしまう不安に陥ってしまうのだ。
他ならぬ私自身が、優しさを無自覚に駄々洩れさせているカノジョにゾッコンなのだから…
いつだったか、アノ子が言っていた。
『愛とか優しさとか、実はよく分からないんです。 “こうなのかな”って、思える瞬間はあるのですけど…それも最近になってから、少しずつですね… 本当にどうしようもない人間モドキなんです。本来、人前に出てはいけないのです。私は…』と
だとしたら
アノ子は自分の心をガラスのように割り砕いて、身に纏っているのではないだろうか。
そんな痛々しくも繊細なセンサーで周りの人を撫でていたら
アノ子自身はいったいどうなってしまうのか
私なら
焼き切れる。
ここまで考えて
病室をラウンド途中の私の足は止まってしまった。
スグルだ。
あいつと話していると、その大らかで素直な性格に私は救われる。
アノ子もスグルと話している時は
ふんにゃりしてしまっている。
アノ子にとってスグルはもう、“麻薬”のように離れらない存在?
それをカノジョ自身が気付いてしまったら…
いや、それは憂う事ではないはず。
私が溺愛する、“妹”と“弟”なのだから
アノ子がずっとスグルの傍に居る事が何よりも良いこと!!
に、思えなくなっている私は…
いったいどうしてしまったのだろう…
アノ子-冴ちゃんは、今日も8時にメッセージを寄越してくれていた。
ウチのお父さんと3人でご飯を食べたと、メニューの写真を添えて
2時の仮眠休憩の時に、『おいしそう』とメッセしたら、
すぐに絵文字いっぱいの返信が来た。
『私の分もお父さんに持たせた』と
『こんな時間まで起きてちゃダメでしょ!』と返したら
“お仕事お疲れ様です”とのスタンプ押しのメッセで応えてくれる。
こんなにも可愛い“妹”なのに…
なぜ私のざわざわは消えないのか…
私の中の内なる“本能”を見せつけられたような気がして
凹んだ。
--------------------------------------------------------------------
同僚の事故報で朝のカンファがおして、私はまだ病院に居た。
申し送りの相手との時間のすれ違いで生じた隙間時間に、私はようやく飲み物を口にし、何となくスマホを立ち上げた。
画面にはお父さんからの着信履歴が並んでいた。
いったい何事?!とリダイアルする。
すぐにお父さんが出た。
『冴ちゃんが居なくなった!! 電話も繋がらない!!』
「いったいどうして?!! スグルは?!」
『置手紙があって、それ読むと飛び出して行った』
「置手紙?」
『お前にもある。まだ未開封だが…』
「すぐに開封して!中身を写真に撮って送って!!」
私もアノ子に電話してみた。
着拒にされている。
申し送りの相手が私を見つけて近づいて来る。
手を挙げて彼女に応えたその裏で、私の胸の奥のざわざわが、今や激しく音を立てていた。
加奈子さんの苦悩はまだ続きます。
ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、切に切にお待ちしております♡




