Honesty ③
冴子さんは決心します。
「冴ちゃん! 女将さんとも話したんだが『冴茶ソ』の社長さんに、お礼として一甫堂のお菓子を送ろうと思う…どうかな?」
「ああ、会社宛てなら女性スタッフが消費するし、社長個人もお菓子を食べながらウィスキー飲んじゃう人ですよ」
「そうか、住所とか教えてくれるかな?」
私は手元にあった“両和システム株式会社”の会社案内をおやじさんに1部手渡した。
「おお、この人だ! この間もパソコンで見たが…男気のある人だよな! さすが社長になる人は違う。 下世話な話だが…女性がほっておかないだろ?」
「…確かにモテますけど…離婚して間がないし…今は、そういうのは避けているみたいですよ。 それに、男気なら英さんは決して負けていません!」
それを聞いておやじさんは大きく笑ったが、急に改まって頭を下げた。
「スグルの事、よろしく頼みます」
「そんな!! とんでもないです。 私の方がいつもいつもお世話になりっぱなしなので… あの、こちらこそよろしくお願いします。」
私は本当に心苦しく深く頭を下げた。
実は私はこっそり、一甫堂を両和システムの総販売代理店に登録しようとしていた。今の実績でも県どころか地域の統括代理店になれるが、私が抱えている新規の大口物件をすべて付ければ全国第1位の代理店に間違いなくなれる。 そうすればかなりのマージン収入が見込めるし、加奈子さんが今の仕事を続けるのなら、ここの仕事をやって貰うための人を別に雇える。家庭に入るのなら、それはそれで今の二人の生活水準を落とすことはないだろう…
だから私は、代表者の欄に『箭内加奈子』と書き、彼女の電話番号を記した。
加奈子さんが英さんと結婚すれば、おやじさんとも本当の親子になれる。
三人にとってこれ以上幸せな事は無い。
それに加奈子さんなら両和システムの仕事も、きっと私より上手くこなす事ができるだろう。
私の大好きな三人が幸せになれるのなら、それこそ心残りなど無い。
私は…そうだな、もっと西か南に行って新規開拓しよう。
ダメならダメで…
元の仕事に戻ろう
そして、満たさない想いを抱えた人たちを
その想いごと
抱きしめてあげよう
私は元々、行き当たりばったりなのだ。
それで朽ちていくのが本望だ。
「冴ちゃん!」
英さんに呼びかけられて我に返る。
「そろそろ片岡さんのところへ行く時間じゃない?」
「あ、本当だ! 浴衣に着替えますね」
帳場に入ってきた英さんに耳打ちする。
「今日は、英さんにウケそうな下着、つけてるんですよ」
「えっ??! えっ??!」
「加奈子さんに教えていただいたんです」
「えっ??! なにそれ?! 姉ちゃんは!! まったく!!」
私はクスクス笑いながら言ってあげる
「だから… 着替え、見に来てもいいですよ」
「冴ちゃんまで!! 冗談言ってないでさっさと行って来て」
私は「ハイハイ」と帳場を出た。
楽しみだな~
ひょっとして…
私の人生で、最初で最後の男の子とのデート?
仕事がらみは違うよ!!
あんなのは私の心がちっとも喜んでいないから
あはははは
心躍るデートなんて
無かったな~
これからもありそうにないし…
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片岡さんで髪をセットしてもらって、英さんと一緒におばあちゃまのところへ伺った。
「まあ、とっても可愛い。さすがプロね」とおばあちゃまに目を細めていただいた。
「スグル! 私のかばんを取って頂戴」
おばあちゃまはご自分のかばんから財布を出して一万円札を1枚抜き
「はい、お小遣い」と英さんに渡そうとする。
「ちょっと! ばあちゃん! オレ、ちゃんと働いている成人だぜ!」
へえ~ 英さんも身内には“オレ”って言うんだ
「お祭りはね。お小遣いを貰って行くのが楽しいの」
私は何か言いたそうな英さんを制してお礼を言う
「おばあちゃま。素敵なご褒美をありがとうございます。二人でたくさん楽しませてもらいます」
「冴ちゃん、それはお小遣い。 ご褒美はね、こちら」
とかばんの中から小さなケースを取り出して私の目の前で開けて見せた。
それは普段使いできるシンプルさと美しさを兼ね備えた素敵なデザインのプラチナの指輪だった。
「この指輪はね。元々は今日子さん…この子の母親の…へのサプライズで作ったものなの…ところが渡す前に、統と一緒に海の中へ消えてしまった… 私の手元には何も戻って来なかったわ…」
おばあちゃまは遠い目になられる。
「この指輪も何度となく海へ届けようと想ったのだけど…いざとなると中々、行くこともかなわぬ場所でね…」
そして私をなんとも優しい目でご覧になった。
「冴ちゃん! 左手を…」
私の左手の薬指に通された指輪は
根元でちょうど収まった。
「やっぱり! この指輪は誰のものでもない、あなたのものね」
私は何か言おうとしたのだけど
言えなかった。
「冴ちゃん! もし、万一、スグルと何かあっても… この指輪は離してはダメよ。その時は他の指に付けちゃいなさい!」
それからおばあちゃまは私たちに笑顔を向けた。
「さあさあ! お祭りに行ってらっしゃい そして楽しいお話を聞かせて」
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私は、お祭りそのものを楽しんだ事が今まで無かった。
ふたり並んで、色々なお店を覗いた。
自分が意外と射的が得意なのを知った。
そして、英さんが釣りが趣味なのも…
「釣りにはまる前は金魚すくいにはまっていた」という英さんは、見る間にお椀を金魚でいっぱいにした。
でも、せっかくすくった金魚を1匹も持ち帰ろうとはしなかった。
「釣った魚を食べるときは、もちろん持って帰るよ。でもそうでないときはリリースする。 金魚だってそう。 こうやってここで遊んでもらっただけで十分。 あんな小さなビニール袋に入れて連れまわすなんてかわいそうだ」
私は、思わず口走った。
「…金魚になりたい」
「えっ?!」
「だって! 英さん、優しいから…」
「んなことないよ、普通普通」
ああ、やっぱり この人は… こういう人だ。
私も、こんな風にそっとリリースしてくれたら
どんなに嬉しいだろう…
カレの浴衣の袖に、そっと掴った。
「せっかくだから、綿菓子とか食べる?」
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そんなことを言いながらも、綿菓子はカレに任せて、私はりんご飴を買って貰った。
私がカレの腕を巻き込んでピッタリくっついているものだから、私の髪に綿菓子をくっつけまいとしてカレは結構食べ辛そうだ。
ほっぺに綿菓子がついた。
すかさずペロリと舐めてやる。
舌で頬紅をひいてしまった。
りんごあめの食紅のいたずららしい。
「英さんにメイクしちゃいました」
とカレの顔を見上げた。
キョトンとしているその顔がとても愛おしくて
カレを物陰に引っ張っていく。
「リップもメイクしていいですか?」
私はカレの頬に手を添え、もう片方の手を首に回して近づいていく。
くちびるとくちびるが触れそうになった時、お互いの電話が同時に鳴った。
おやじさんと加奈子さんからだった。
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私たちが駆け寄ると、おばあちゃまはうっすらと目を開けた。
そして、私と英さんの手を重ねて、ご自分の手を載せられた。
「ふたり…仲良くね」
それが最期の言葉
おばあちゃまは逝ってしまわれた。
上にのせられた手からぬくもりが失われていく。
英さんを見上げた。
どうして泣かないの?
たったひとりの肉親とのお別れなのに…
ここは加奈子さんの仕事場。今はこの場にいない彼女に頼ることはできない。
だから、少しだけ
私にお嫁さんの仕事を
させて下さい。
「英さん。 私が付いていてあげますから… 泣いてください」
「ばあちゃん!!!」
英さんは声を上げて泣いた。
私は、歯を食いしばって
我慢した。
涙は流れ落ちてしまったけれど…
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イラストはお祭りに出かける冴ちゃんと少年時代の英さんです。
次章は、冴子さんがこの街を離れていくまでのお話です。




