プロローグⅠ ”Have You Ever Seen The Rain 私の砂が落ちるまで
プロローグⅠは“冴子”の恋人だった“あかり”視点となります。
イラスト①
こちらはサトミ☆ン様からいただいたあかりちゃんです。
。。。。。。。。
“冴”と初めて会ったのは雑居ビルのエレベーターの中。
作業着に身を包んだお姉さんだったけれど、匂いが違った。
彼女は彼女で……あからさまに私を拒否っていた。シャットアウトしようとしていた。
いったいなぜ??
私の感性のアンテナの先は、彼女の繭に触れてオジギソウの様に緩やかにしなだれているのに。
彼女は自分のガラス片の繭にビリリ!と電気を流して、私の“オジギソウ”をパシン!と弾いた。
裂けた感性の傷口が彼女の繭の切っ先に触れた刹那、激しく彼女を感じた。
私の“業”が蠢いたのか…激しい渇きに襲われて、潤んだ瞳でそっぽを向いた彼女のポニーテールを凝視する。
どうしても
どうしても
彼女に
“触れたい!!”
エレベーターのドアが開いて、下りて行った彼女からは…ザラッとした機械と油の匂いに混じって吐息のピーチの香りが微かにした。
例え自分自身をフレグランスで押し固めていても、違った香りは捉えられるし、それだけで、勘の鋭い私には察しがついた。
『彼女の“時間”はお金で買う事ができる』
早速現金を用意して“あの”マネージャーに交渉しよう!
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握りしめたスマホに私は願いを込めていた。
ブルッ!と震えてメッセが表示される。
『OK ロリータファッションはNG』
撮影のお仕事がもう始まってしまう。急がねば!!
私は大急ぎでメッセを入れる。
『服の件、了解しました。 いつデートしていただけるか、ご都合をお伺いしたいのですが』
日時と場所のやり取りの後、たぶん“あの人”からの『OK』のスタンプに、私がスマホを抱きしめた時
「あかりちゃ~ん!! お願いいたしま~す!!」
と声が掛かった。
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約束の前の日からホテルにチェックインしていそいそと準備した。
時計を何度も眺めて約束の時間を心待ちにしている。
まだ時間には早いのだけど、待ちきれなくて
今日の自分を鏡の前でもう一度チェックする。
前髪パッツンはそのままだけど髪には緩くウェーブを掛け、オレンジのワンピースに大ぶりのピアスで、シンプルなストローハット。
背の高い“あの人“となるだけ視線を絡めたいから、いつもより踵の高いサンダルを履いた。
随分前に待ち合わせ場所に来たのに、程なく“あの人“はやって来た。
白シャツにケミカルウォッシュのジーンス、キャップにポニーテールで…
ああ!!
好き!
大好き!!
“あの人“の元に早く辿り着きたい気持ちと履きなれないサンダルとがギクシャクして、踵を擦ってしまい、駆け寄った“あの人“の手に縋ってコッソリとニヘラした。
「あのさ!サンダルは慣れたのを履かなきゃ!」
と優しく叱ってくれてサンダルを脱がすその指が触れてピクン!と感じた。
けれども…せっかくのデートで絆創膏は辛いなあと、少ししょんぼりしたら
「なるだけ目立たない大きさのを貼るから」となだめてくれた。
その手に育んでくれたサンダル履きの足をそっと地面に置いて微笑むと
あの人は自己紹介をした。
「初めまして、冴子です。あなたは何とお呼びしますか?」
「あかりです。あかりちゃんと呼んでいただけると、嬉しいです」
こうして私達の“デート”は始まった。
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イラスト②
こちらもサトミ☆ン様からいただきました。
。。。。。。
ジェットコースターの出口のモニターに私達の姿が映っている。
冴さんは全身で「イヤーッ!!!」と叫んでいて、それがとても可愛かったので、私は飛んで行ってその写真を買い求めた。
「あの顔は私の黒歴史!」と憮然とする冴さんの腕を引っ張って
「これなら大丈夫でしょ!」
と、観覧車に誘った。
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青空の中に、観覧車のカゴが浮かぶ。
「こんな空の日に、飛びたいなあ」
思わず口をついて出てしまった。
「?」と優しい目で覗き込んでくれる冴さんに私は言葉を継いでごまかした。
「空を飛ぶ夢を見たことはありませんか? 私はこんな青い空の中、飛んでる夢を見たいかな…… あ、あれ、ちょうど真横のあのホテルに部屋取ってます。だから私は手ぶらなので~す」
私が示した方向に顔を寄せて外を眺める冴さん……
彼女の“繭”が日の光に溶けた気がした。
チャンスだ!!
「ハイ!告白タイムです!」
と、彼女の隣にお尻を捻じ込んだ。
「えっ?! 何?」
「二人っきりの観覧車は告白する場所なので~す」
「いやいや決まってないって」
と逃げようとする冴さんにお構いなしに私は手を挙げた。
「まず私から! 冴さんの嫌いなロリータファッション、実は私も好きではありません」
冴さんが関心を示したので私は彼女の肩に自分の肩をくっ付けた。
「あれは私にとって仮面と鎧です」
「なぜ?」と目で問い掛けてくれたので私はすぅーっと息を吸って一気に畳みかけた。
「3年前のコンパの席で、私は男達に襲われました! それなのに!!私は恥ずかしげもなく狂い、乱れてしまいました。
しかもそれをビデオに撮られました。
そのせいで刑事事件として立件されませんでした。
どうしようもない、ホントどうしようもない、女です。私は
だから仮面と鎧で、オトコを遠ざけてま~す!」
私の口調が余りにもあっけらかんとしていたからなのだろうか……
冴さんはしばし絶句した。
なので、私はスマホを取り出してカノジョに示した。
「嘘ではありません。そのビデオ、このスマホの中にもあります」
そう、私の“業”の象徴として私はこの“狂乱した我が身の姿”をスマホの中に置いていた。
どうあっても消せはしない…どうせ私が死んだ後も残る『デジタルタトゥー』なのだから。
冴さんを苦しめるのは本意では無いけれど、カノジョが“繭”の中に隠し持っている物をどうして知りたくて私は冴さんににじり寄る。
「次は冴さんの番ですよ」
「私は……無いよ」
「嘘です!丸わかりです」
「ホント無いったら!」
「嘘をつきとおすなら」と私は冴さんに体を押し当ててスマホを立ち上げる。
「私のビデオ、見せますよ!」
ここまでやって、やっと冴さんは観念した。
「分かったよ。私は……援交かな。果てしなくやった。怖い目にも何度かあったけど…… 一番酷かったのはどこかのジュニアの絡みでボコボコに殴られて……鼻も歯も折れて、あごも砕けて半年以上、顔がまん丸に腫れた事。
でもこういう相手の時にやるいつもの用心でビデオカメラを仕込んでおいたので、その一部始終をネタに顔もIDも別人の自分を手に入れた。
せっかくクリアになれるチャンスだったのに……いつの間にか自分の故郷のココに戻って来て、相変らずな事をしている」
ああ!! 可哀想な冴!
あの時、私が見た繭の切っ先の色は、やっぱり冴の血の色だったんだ!!
今夜私は冴を抱ける。
そう言った契約なのだから。
でも
それだけでは
カノジョの“業”までは抱く事ができない。
どうすればいいの?!!
私が破滅するのは構わない。
元々そのつもりなのだから
だけど冴は違う!!
どうすればカノジョを壊さずに“業”を抱え込めるのか??……
感情と考えが頭の中を目まぐるしく駆け巡り、私の目は汗を流す様に涙を零していた。
そんな私の様子に冴は痛みを感じている。
「無理に聞いて、ごめんなさい でも……」
私は冴の手を取り、“恋人繋ぎ”をした。
「私達って鏡みたい」
観覧車のカゴは頂上まで来て、青い空から降り注いでくる光をまんべんなく受け止めていた。
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観覧車から少し離れたところにはフードコートがあった。
先に観覧車を降りた私は振り返って冴におねだりをした。
「私、ソフトクリームが食べたい! でも全部だとお腹が冷えてしまいそうだから半分手伝って!」
冴が笑って肩を竦めたので、私はスキップしていってソフトクリームを手に入れた。
ベンチに座って待っている冴に
「お先にどうぞ」
とソフトクリームを近付け、冴が受け取る前に鼻先にチョン!とクリームをくっ付けた。
「こら!」
冗談交じりに叱る冴の鼻先を舌でペロッと舐めると、カノジョは「ひゃっ!」と顔を赤らめた。
「もう!」
叩く振りをする冴に私は更にいたずらを仕掛けた。
ソフトクリームを指に掬って私のくちびると冴のくちびるにチョンチョンとくっ付けた。
まだまだ陽射しが差す中……
時折、溶けて零れ落ちそうになるクリームをお互い舌で掬い取りながら、片っぽ恋人繋ぎの二人は……
熱い熱いキスを重ねた。
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ルームサービスのディナーを下げてもらって、私は用意して置いた二つの紙袋を冴の目の前に持って来て中身を出して尋ねた。
「色違いのバスローブ、備え付けのは嫌だから、下のショップで買って届けておいてもらったの。どっちの色?」
冴の選んだ色が私の見立て通りだったのが嬉しくて、でも思わず緩んでしまう顔を見られるのがちょっと恥ずかしくて
「じゃあ、先にお風呂入るね」
とバスルームへ逃げた。
。。。。。。。。。。
部屋の電気は消していても、窓の外を眺めて居ても、部屋に戻って来た冴の気配は分かった。
「外は満月だよ」
外を眺めたまま声を掛けると冴も
「きれい……」
と、月を眺めた。
「満月、きれいだよね」と振り返って見た冴は月明りをその顔に写してとても美しかった。
だから私は誘わずにはいられなかった。
「せっかくの月明りなんだから… 静かに踊らない?」
「私はダンスなんて知らないよ」
「私も知らない。でも……こうすれば」
と私はスリッパから足を抜いて裸足になり、昼間より少しだけ遠くになった冴の肩につま先立ちして手を掛けた。
「うん、大丈夫」
「曲はどうするの?」
って冴が訊くので私は左手に隠し持ったスマホを見せた。
「今はスマホですぐ曲が買えるんです。やっぱり“ムーンライトセレナーデ”かな… 冴さんのリクエストは?」
「月だからロケット、“ロケットマン”かな……」と冴はリクエストしてくれた。
「オッケー!」
私は音楽を奏で出したスマホをベッドに放り出して、冴の背中に手を回してピッタリと体を寄せた。
そして、二人して曲に身を任せて静かに揺れた。
今度は私自身が“オジギソウ”になってゆっくりと冴の胸元に顔を埋めた。
「今は二人同じ匂いだね」と、胸元にキスしてから冴を見上げると
「?」と目で尋ねて来たので
私は瞳を閉じ、唇をとがらせてキスをせがんだ。
冴が触れるくらいのキスしかしてくれないので私は冴の首に両腕で抱き付き引き寄せて顎の辺りから舌を這わせて下唇との際を舐めた。
冴が叫び声を上げた。
それは私が相手を“溶かす”時の“いつものやり口”。
甘い香りに誘われた“いいひと”を“舌”という“消化液”で絡めとって私の腕の中で溶かしてゆく。
私の舌は叫び声をあげたまま半開きになっている冴の唇を割って入り、少しばかり痙攣している冴の舌に触れ、弄びながら冴の“鍵穴”を探した。
そうやって探り当てた鍵穴から“消化液”を流し込んでカノジョの神経を揺さぶり、その奥の奥に眠るカノジョの“心の胡桃”を割った。
ああ、これできっと!!
この子は
この先の未来に
私で無い誰かと
愛で繋がって
心を通わせる事が出来る……
だけど、今この瞬間だけは
ただ私の為だけに
心を通わせて欲しい!!
そうしてくれたら私はあなたの“業”を受け継ぎ、
私のジクソーパズルは完成する。
そして、完成したジクソーパズルはアスファルトの上でバラバラになって四散するんだ。
二人の“業”と共に……
。。。。。。。。。。
二人一緒にお風呂に入った時
私は自分で付けた傷痕を冴の目の前に晒した。
刃物で付けた傷だらけの下腹部を……
私自身を真っ二つにしたかった傷跡を……
その残骸はその後の私の人生そのもので、みっともなく縫合が引きつれていた。
そして私の傷跡に茫然と目を落としている冴に言った。
「全部、自分でやったの」と
パタパタパタ
私の傷口に
まるで降り始めた夕立のような大粒の涙を
冴は降らせくれた。
その傷のひとつひとつをキスで辿ってくれて
私は呻くように泣き、泣くように呻いた。
そしてお互いが一つの渦巻いた液体になりたいと願いながら長く長く深いキスをした。
。。。。。。。。。。
たくさんじゃれ合って
たくさんお話しして
またじゃれ合って
クタクタになって
ようやく二人抱き合ってベッドに入った。
冴の腕に抱かれて
久しぶりにまどろむ事ができた私だけれど
見る夢はやはり
私を許してはくれなかった。
バスルームに置いているであろうT字カミソリの刃を抜いて
この“私”を刻みたいという狂おしい衝動を
今は冴が居るから、冴の腕の中なのだから
明日になれば
すべてアスファルトの上で粉々にできるのだからと
ようやく抑え込んだ。
やはりだ!!
遠くない未来
私は完全に壊れる。
そうなってしまったら
冴も無事では済まない。
だからこそ
必ず明日決行しなければいけない!!
でも、こんなにも冴と別れるのが辛くなるなんて!!
私、恋らしきものは何度もしたけれど
人を愛したのは初めてだったんだ!!
想像した様には
簡単にはいかないんだ!
辛い!
辛いよぅ!!!
メソメソしながら冴の腕を抜けて
昼間買った写真の裏に
油性のペンで書き始めた。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
ずっと眠れなかった私が、少しの間だったけど、あなたの腕の中でまどろむことができました。
目が覚めて、あなたの顔が見られたのがとても幸せで、キスをしました。
あなたの寝顔、とてもかわいいんだよ。あなたの腕からそっと抜け出して、今、これを書いています。
たった1日のお付き合いだったけど
心からあなたを愛しています。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
ここまで書いて
冴が眠りの中で私を抱こうとするのが見えたから
もう一行書き足した。
『あなたが寒そうにしているので、腕の中に戻りますね。』
あとは明日
冴と別れてから
続きを書こう。
終わりまで
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アドレスを交換した後で、バスローブを処分しようと冴に声を掛けたら
「持って帰るよ。あかり!私の部屋に遊びに来て! またお揃いで着よ!」
って言ってくれた。
寝覚めに、腕の中の私にキスをくれて
「あかりに恋した」って私をギュッ!てしてくれたのは、本当だったんだ。
私の事を『お客としてじゃなく』好きになってくれたんだ!!
涙が零れそうになる。
嬉しくて嬉しくて嬉しくて
このままずっと冴と居たくなる
私の中の砂時計をひっくり返して冴との未来を夢見たくなる。
でも……
でも!!
それはダメなんだ!!!
私は唇をキュッ!と結んでから、顔いっぱいの笑顔を作ってみせた。
「うん!! 連絡する!!」
その途端、冴はガバッ!と私を抱いて熱い熱いキスをくれた。
私も、冴の全てをこの身に焼き付けようとカノジョを貪った。
私はあなた、あなたは私。
あなたが自分の心を割り砕いて繭を紡ぐ事もこの身にすっかり取り込んだよ。
これであなたの“業”と私の“業”をしっかり抱き合わせて粉々に砕いてしまえる。
あなたを……本来のあなたへ戻してあげられる。
私よりずっと年上の冴
でも私は
あなたの母になります。
あなたを遺して逝くのはとても辛いけれど
あなたのお陰で私は自分の生の意味を知ったのです。
だからどうか、それを全うさせて下さい。
今まで生き延びて良かったと思わせて下さい。
キスをした後、「見送られると、行きたくなくなってしまうから」と、冴を先に行かせようとしたのに
袖を掴んで引き留めてしまった。
「もう一度」
私は涙が流れ込まない様に必死に我慢しながら、冴と長く長く熱いキスを交わした。
名残惜しさの糸をようやく絶ち切って二人 身を分けた後……キャップの後ろで揺れる冴のポニーテールを見送った。
そしてドアが
ゆっくりと閉まると
私は床に突っ伏して泣いた。
しばらく泣き伏した後、私はテーブルに向かって遺書の続きを書き始めた。
最初はしゃくり上げながらだったけど、写真の裏へ一文字一文字書いていくうちに落ち着いて来た。
全てを消去して……今はこの1曲を奏でるだけのプレーヤーと化したスマホは私の傍でずっと唄っていてくれる。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
あなたからアドレスを交換しようって、ウチへおいでって言われて、
嬉しくて嬉しくて嬉しくて
決心が揺らぎました。
あなたのところへ今すぐ飛んでいきたい!
でも、私はきっと、もうすぐ、壊れます。
そしたら、自惚れかもしれないけど
あなたも
壊してしまう。
だから、行きます。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
ここまで書いて、私が死んだ後の事に思いを馳せた。
この遺書は冴の元に届いて欲しいけど届いて欲しくない。
冴の元に届くという事は、カノジョに迷惑を掛ける事だから……
私との事は、『所詮、客がやってしまった“遊び”の範疇だった』と思わせるのが冴の為だし、ホテルも偽名で泊まって現金の入った封筒をこうやってテーブルの上に置いてある。
でもきっと、警察はこういう事には優秀だから冴に行き着くのだろう。
だから間違っても冴が“容疑者”にならないよう、遺書を書く意味があるんだ。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
あなたにたくさん迷惑をかけてしまいます。
ごめんなさい。
でも、あなたの壊れたものも一緒に持っていきますから……
だって私はあなたの鏡だよ
ふたつからひとつになって
またふたつになって
ひとつになるの
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
書きながら私は……もう離れてしまった冴に語り掛ける。
冴! 私の冴!
あなたの幸せを心から願います。
いや、そうじゃない!
あなたの幸せがどこにあるのか、まだ私には分からないけど
『まだ』
って言葉が使える気がする。
あなたの傍に居続ける事が
できる気がする。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
幸せってなんなのか、私もわからないけど、
あなたの幸せはきっと叶います。
私が叶えます。
だから心配しないで
愛するあなた
愛しいあなた
いつもそばにいて
守っているよ
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
書き終えて……もうどうでもいいはずなのに油性ペンのキャップをキュッ!とはめた。
たった今、書いた言葉が私の胸に鳴り響く。
『愛するあなた』
『愛しいあなた』
ああやっぱり……
逢いたい!
冴に逢いたい!!
私は油性ペンのキャップをもう一度外した。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
P.S. もし生まれ変わりがあるなら
色々考えてみたけれど、あなたの子供になりたい
もちろん 女の子で
Have You Ever Seen The Rain ♪
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
そう、メロディは……
今流れているこの曲の乾いたのがいい。
書き終えた遺書を手に取り、ひっくり返して“可愛い冴との”写真を見る。
確かに私 この時、幸せだった。
写真をテーブルに戻し、上からそっとストローハットを被せる。
ホテルのカードキーもテーブルの上。
開かない扉は少しの間くらいは、写真と帽子のハネムーンを保ってくれるでしょう。
私の砂時計の砂は
ほぼ落ちた。
後は
ガラスの内側に僅かに取り残された物を
コツンと弾いて落とすだけ
私は唄だけ連れて部屋を出た。
静かな廊下を渡って
鉄の扉から外階段に出る。
良かった。風も無くよく晴れている。
スマホの音楽を止め
空虚な画面を指で撫でる。
かつて冴がくれた
『OK』のスタンプを思い出す。
もう消してしまったけど。
「あっ!!」
頬を撫でたそよ風が私の目を青空の向こうへ導いた。
今まで流れていた唄を口ずさみ、私は手すりにつかまった。
そして大きく深呼吸すると
この身を青空へと勢いよく投げた。
。。。。。。
以上があかりと冴子の出会いと別れです。
次章からは“冴子視点”となります。
イラスト④
外階段でのあかりちゃんです。
大人っぽくなるように心掛けました。