涙花〜貴方からの想い花〜
涙花の続編です。涙花を最初に読んでもらえると嬉しいです
「いらっしゃい、アジール」
「……おう」
「今日もお店に飾る花?態々アジールが来なくても……忙しいんでしょ?従業員の人に頼めばいいのに」
「俺が来たら悪いのかよ」
「ううん、いつも花を買ってくれて有難う」
私は幼馴染のアジールに微笑む。子供の頃はよく私の薄ピンクの髪を馬鹿にしたり、意地悪されたりもしたが、今ではお店のお得意さんだ。いつからだろう……確か私の両親が亡くなった頃からアジールは毎日自分の足で花を買いに来る様になった。
「なあ……今日の夜、用事あるか?」
「お店閉めたら特に無いけど……どうしたの?」
アジールらしくない少し緊張した声で聞いてきたので、何か悩みでもあるのかと心配になってアジールの顔を覗き込む。アジールは不自然に目を逸らしながら頭を掻く。
「お前に見せたいもんがあるんだよ。店が閉まる頃、迎えに来るから」
「分かった」
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「いらっしゃい、兵士さん。どのような花をお求めですか?」
仕事終わりだろう兵士さんが、暗い顔を無理矢理笑顔にして花屋を訪れた。もしかしたら恋人と喧嘩でもしたのかなと思いながら、優しく笑いかける。
「……想い花の種をください」
「種ですか?……育てるのは難しいと思いますよ。何故、想い花と呼ばれるか知ってますか?」
「いいえ……そこまでは知りません」
兵士さんが首を振り、落ち込んだように下を向いた。それに少しの罪悪感を感じながら、想い花の説明をする。
「想い花は殆ど自然にしか咲かないんです。だけど、種子から愛しい人を想いながら育てると、白色の想い花が、薄ピンク色になって咲くと聞いたことがあります……でも、育ててる間に殆ど枯れてしまうらしいんです。いつ咲くかも分からず、愛する人を純粋に想い続けないと咲かない、難しい花なんですよ……」
「それでもいいです。想い花の種をください」
「分かりました。でも、育て方はアドバイス出来そうにないです……」
兵士さんに想い花の種を渡し、代金をもらう。想い花を人工的に咲かせるのは本当に難しいのだ。想い花を咲かせる純粋な愛情……想い人への献身的な愛だと聞いた事がある。私は想い花の種を大事そうに持ち帰る兵士さんの背中を見送った。
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「有難う。お待たせ、アジール」
「……別に待ってない」
黄昏時にやってきたアジールは何だかんだと店じまいの手伝いをしてくれた。いつも何を考えてるか分からないアジールだが、根は優しい事を知っている。子供の頃、いつも私を泣かせた後はバツが悪そうに自分で摘んで来た花を渡してきたのだから。
もう夜に差し掛かった道をアジールと私は無言で歩く。アジールの見せたいものは、アジールの家にあるらしい。アジールはこの街一番の商店の息子で家も大きく立派だ。
「あら!!アリスちゃん、お久しぶりね」
「ナターシャさん、お久しぶりです」
アジールのお母さんであるナターシャさんに、ペコリと頭を下げる。ナターシャさんは私の亡くなったお母さんと親友で、私にいつも良くしてくれる。
「アジールに変な事されたら私に言うのよ!!私が躾け直してあげるから」
「母さん……」
「はいはい、分かってるわよ。お邪魔虫は退散するわ」
ナターシャさんはアジールにニヤニヤと笑いながら去っていった。アジールは私の手を引いて、屋敷の裏庭に向かう。空は既に夜になっていて月が綺麗に輝いてる。そして裏庭に着くと、裏庭には衝撃的な光景が広がっていた。月明かりの中、薄霞のように光る想い花が一面に咲き誇っていた。それも白色ではなく、薄ピンク色の想い花が。
「アジール……これは?」
「……小さい頃、お前が俺の誕生日プレゼントでくれた想い花の種を植えたんだ。そうして何年も俺が育ててたんだが、いつの間にかどんどん数が増えていって……」
「……見せたいものってこれ?どうして私に……」
アジールと私の間に優しい風が吹き、薄ピンク色の想い花の花弁が舞う。アジールは少しの間黙っていたが、決心したように口を開いた。
「ずっと……お前を想って育てていた」
「アジール……」
驚きで言葉が出ない。そして何故か、今日初めて来てくれた想い花の種を大事そうに持って帰った兵士さんの後ろ姿を思い出していた。
「ねえ、アジール……。私、涙花を食べたんでしょ?」
「……ああ」
「……そんな私を想い続けてきたの?」
「お前が幸せなら何でもよかった。でも……他の誰かじゃなく、俺がお前を幸せにしたい。……涙花なんて二度と咲かさせない」
またあの兵士さんの後ろ姿が浮かぶ。きっと私はあの兵士さんを想って、涙花を食べたのだろうと何となく心で感じた。何があったのかは分からない。聞いた所で明日には覚えていないだろう。私は涙花を咲かせる程の涙を流した事実は変わらないのだ。
「今すぐに返事を返さなくていい。だけどお前がどんな選択をしようと、俺はずっとお前を想って想い花を咲かせ続けるから」
「馬鹿じゃないの……」
そう言った私の目からは涙が流れる。私がこんなにも想われていた事実に涙が止まらないのだ。少し意地悪で不器用で……優しいアジール。兵士さんの悲しい顔が過ったが、私はアジールが差し出した一輪の薄ピンク色の想い花を涙を流し、笑いながら受け取った。
そんなアジールも泣きそうな顔で笑っていた。きっと私はもう涙花を咲かせる事はないだろう。
ありがとうございました!!