第9話 お肉の味は最高です
あたしは思わず音のした茂みを振り返ります。全く気付きませんでした。もしかして、血の匂いに釣られてきた肉食獣でしょうか?
緊張の中、あたしはじっと音の下茂みを睨みつけますが、たまにガサガサと言うだけで襲ってくる気配はありません。
どういうことでしょうか? 肉食獣ではないのかもしれません。
あたしはそーっと近づくと、恐る恐る茂みをかき分けてその先を確認します。
するとそこにはあたしの両手にすっぽりと収まりそうなほどの小さな小さな真っ白い一匹の子猫がいました。
「あっ。かわいいっ!」
思わず声が出てしまいました。でもそれも仕方ないです。だって、もう、これ小さな白い毛玉ですよ?
あたしが思わず手を伸ばすと、その子はシャーッと牙を向けてあたしを威嚇してきます。
ああ、残念。嫌われてしまったようです。
いえ、でもあたしはこのくらいではめげません。猫を飼うなんて裕福な人だけの特権ですからね。ちょっとでもいいから撫でてみたいのです。
あたしは収納からビワの実を取り出すと皮を剥いて子猫ちゃんの前に差し出します。
相変わらずシャーッて威嚇してきますが、それでもビワの実には興味津々のようです。
あたしはビワの実の欠片を子猫ちゃんの前に置いてあげます。すると、あたしの様子を伺いながらもその実に食いつきました。
やったぁ。これであたしも猫に餌をあげられました。あとは撫でさせてくれれば文句は無いんですけど。
「シャーッ」
ダメでした。あたしがちょっと手を伸ばすとすぐに威嚇されてしまいます。残念ですが仕方ありません。あと一つビワの実をあげたら退散しましょう。
そろそろウサギの血抜きも終わりますしね。
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というわけで、いつもの拠点に戻ってきましたが、もう大分日が傾いてきてしまいました。となれば早速夕食の準備です。
今日の夕食はもちろん、獲れたてウサギの丸焼きです。
あたしは枝を集めて三脚を二つ作り、その間に枝を渡します。そしてその枝にウサギを括りつけるとそのまま火で焼いていきます。こういう大きな肉を焼くときはちゃんと中まで火が通る様にちょっと遠火でじっくり焼くのがポイントなんですよ。
もちろん、孤児院でお手伝いをしたときに習ったんですよ? 孤児院の男子達は全然お手伝いしませんからね。こういうお料理のお手伝いはいつだって女子の仕事でした。
そのくせ食べるのだけは一人前どころかお手伝いをした女子の分を奪っていったりしてましたからね。特にあのいじめっ子の二人!
あ、何だか思い出したら無性に腹が立ってきました。
でも、こうしてこんな状況になっても何とか食べられているのはきちんとお手伝いをしていたおかげですからね。まあ良しとしましょう。
さて、あたしは火の方に視線を移しました。焦げたりもせず、表面から徐々に火が通りつつあるようです。
うん。火加減も丁度よさそうですし、これなら焦げる心配も無いでしょう。
あとはこのままじっくり、一時間くらいでしょうか。時々ひっくり返して均等に焼けるようにしてあげればいいだけです。
ああ、焼き上がりが待ち遠しいです。
付け合わせはその辺りに自生していたバジルの葉っぱです。本当はお塩とバジルをまぶして下味をつけたかったんですけど、お塩は手に入らないですし両刃の短剣しかないのでバジルを細かく刻むだけでも怪我しちゃいそうですからね。仕方ありません。
そうこうしているうちに香ばしい匂いが漂ってくるようになりました。
あたしはくるりと棒を回転させてひっくり返してあげます。そして徐々に油が滴り落ちてたき火の火に落ちるとジュッと美味しそうな音と匂いが食欲を刺激していきます。
ああ、もう今すぐにでもかぶりつきたい!
でも焦りは禁物です。生焼けのお肉を食べたらお腹を壊してしまうからもしれませんからね。
そして丘の向こうに夕日を見送った頃、ウサギはきれいなあめ色に焼き上がりました。
あたしは早速ウサギ肉を木の棒から外すとお皿代わりにしている大きな葉っぱの上に置き、それから短剣を使ってお肉をこそぎ落としました。
それでは早速……。
あっと、いけない。その前にお祈りをしないといけないんでした。
あたしは神様に感謝のお祈りを捧げると熱々のお肉にかぶりつきます。
あっつい! でもおいしい!
半年ぶりくらいのお肉はすごくおいしくて! もう、なんて言ったらいいのか分からないんですけど、あつあつでじゅわっとしてて!
あたしはもう一口食べると口直しにバジルの葉っぱをかじります。独特の香りとちょっとの辛味と渋味がお肉の油でこってりした口の中を洗い流してくれます。
そしてまたお肉をもう一口。
んー、最高です!
美味しいのもそうですけど、誰にもあたしのお肉を奪われないっていうのは最高に幸せなことですよね。
きっと、こういうのを自立したっていうんでしょうね。
さらに一口、二口とお肉を口に入れたところで今度はビワを少しかじります。
んー、甘いビワの実の果汁がウサギ肉の味を爽やかに洗い流してくれてまた食欲がモリモリと湧き上がってきます。
そこであたし、気付いちゃいました。
これ、もしかして甘酸っぱい野イチゴならもっとおいしいんじゃないでしょうか?
お肉を二口食べて、今度は野イチゴを口に入れます。
「んー!!!!!」
美味しい! すっごく美味しいです! これは、控えめに言って最高なんじゃないでしょうか?
あたしは夢中でお肉を食べると、はじめて味わう満腹という幸せに包まれながら眠りについたのでした。