side. オフェリア
2021/10/15 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
時はローザがオーデルラーヴァを旅だった日に遡る。
「行ってしまったな」
馬車に乗って旅立つローザを見送った後、執務室へと戻ったオフェリアの口からそんな言葉が不意にこぼれた。
「そうですね。寂しくなります」
シルヴィエもやはり寂しいようで、その声色は少し沈んでいる。
「そうだな。だが、ああしてやるしかなった」
そう言ったオフェリアの表情には悔しさが滲んでいる。
「ここオーデルラーヴァに身分など無いはずなのだがな」
「仕方ありません。身分がないというのは建前ですから」
「だが、隊長という立場にありながらもローザを守ってやることができなかった。本当なら私の目の届くこの国でしっかりと守ってやるのが良かったはずだったというのに……!」
「隊長、これが最善でした。隊長はできる限りのことをしてあげましたし、きっとあの子なら上手くやりますよ」
シルヴィエの気遣いに、オフェリアは少しホッとしたような表情を浮かべた。だが、それでもなお不安なのか、シルヴィエに対して確認するように問いかける。
「そうだろうか?」
「そうですよ。あの子には魔法があるんですよ?」
「魔法……そうだな」
オフェリアは一つ大きく息をついた。
「今にして思えば私たちがローザを拾った状況は明らかにおかしかったものな」
「そうですね」
「出会ったときのローザは、あきらかなボロを纏っているにもかかわらず恐ろしいほど清潔だった。それに、髪や肌も信じられないほど艶やかだった」
「そうでしたね。まるでどこかのご令嬢のようでした。森の妖精を見つけたって思ったくらいでしたよね」
「ああ、そうだな」
オフェリアは遠い目をする。
「それにあんなに小柄なのにスライムの従魔がいて、白猫のユキちゃんとミミズクのホーちゃんなんてペットまで居ましたからね」
「そうだな。だからこそ私はマルダキア魔法王国の貴族の娘と判断したのだがな……」
「実際は、ベルーシ王国の出身だそうですね」
「ああ。らしいな」
オフェリアは心配そうな表情を浮かべている。
「隊長? 紹介状もあげたんですから、きっと大丈夫ですよ」
「ん? ああ、そうだな。だと良いのだが……」
「隊長、心配なのは分かりますけど、あまり心配しすぎるのもよくありませんよ。お昼に行きませんか?」
「……それもそうだな」
こうしてオフェリアはシルヴィエと連れだって食堂へと向かったのだった。
◆◇◆
ローザを送り出してかなりの月日が流れたある日、オフェリアはいつものように書類仕事に勤しんでいた。山のような書類と格闘しているのは隣に机を運び込んで作業をしているシルヴィエも同じだ。
オフェリアは集中力が切れたのか、隣の机で作業をしていたシルヴィエに声をかける。
「なあ、シルヴィエ」
「なんでしょうか?」
「どうも帝国がきな臭いとは思わないか?」
「帝国が、ですか?」
「ああ。報告によると、帝国の有力貴族の中にルクシア教へと傾倒している者がかなり出ているらしい。しかも、対外拡張政策を強く主張しているペトラネル家がその筆頭のようでな」
「ペトラネル家が、ですか? あの家は代々正教徒だったはずですよね」
「そうなのだが、どうやら政策を推し進めるために鞍替えしたようだ」
「ですが、帝国とて正教徒のほうが多いはずです。いきなりそのようなことは……」
「異教徒の排除は良い理由になるのだろうな」
「それは……しかしあのような排他的な宗教を信じる者たちが侵略をすれば」
「ああ。逆らう者は皆殺しだろうな。奴らの苛烈さは有名だからな」
「……」
重苦しい沈黙が執務室を支配するが、外から扉がノックされることでその空気は破られた。
「入れ」
「はっ!」
扉が開かれ、部下の一人が入ってくるとオフェリアに封筒を差し出した。
「隊長にお手紙が届いております」
「私にか? ありがとう」
「はっ! 失礼します!」
隊員が退出するとオフェリアは封筒を確認し、そして眉をひそめた。
「ん? この封蝋は魔法学園の!? どういうことだ?」
「どうしたんですか? 魔法学園ってことは、スカウトでしょうか?」
「いや、そんなはずはないだろう。他国の現役の騎士を引き抜くなど」
「それもそうですね。じゃあ、なんでしょうね?」
「確認してみよう」
そう言ってオフェリアはペーパーナイフを使って封を開け、中身を取り出す。
「ん? おお! ローザからだ。どうやら元気にしているようだぞ!」
「え! 本当ですか!」
シルヴィエは思わず立ち上がるとオフェリアの隣へと駆けつけた。
「なになに? どうやら魔法学園に特待生として入学したのだそうだ。しかも、あのツェツィーリエ・イオネスクに師事するのだそうだ」
「え! あの前学長で王国最高の光属性の使い手の!? もう引退して、ご主人と旅をしていると聞きましたが」
「ああ。光属性に適性のある同級生の少女がいるそうでな。その子と一緒に教われるのだそうだ」
「それは! ああ、良かった。これであの子も安心ですね」
「そうだな。ん?」
嬉しそうに頷いたオフェリアは手紙に視線を戻すと、怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうしたんですか?」
「いや、うん? どういうことだ?」
「だから、どうしたんですか?」
「いや、よく分からんがマレスティカ公爵家のご令嬢で王太子殿下の婚約者であるレジーナ様の後ろ盾を得たらしい」
「ええっ!?」
「まあ、光属性というのは希少だからだろうな。それにマレスティカ公爵家であれば問題ないだろう。あの家は篤志家としても有名だからな」
「そうですね。きっと悪いようにはされないはずです。ああ、本当に良かった」
そう言ってまるで自分のことのように安心した笑顔を浮かべるシルヴィエだったが、突如その表情が曇る。
「どうした?」
「その……あの国の王太子殿下ってたしか……」
「あ! そうか! そうだったな」
オフェリアはそう言って頭を抱える。
「女の胸ばかり見ているエロ猿として有名なんだったな」
「はい。ローザちゃんはあの年齢であの体型ですから……」
「ああ。しかも、マレスティカ公爵家のご令嬢が婚約者だったはずだ」
「面倒なことに巻き込まれなければいいのですが」
「そうだな」
それから二人は大きなため息をついた。
「まあ、それでもここにいるよりは遥かにマシだろう。マレスティカ公爵家の伝手で、良い仕事が見つかれば良いな」
「そうですね……」
「さあ。仕事をしようか。最悪の事態に備えておかねばな」
「隊長は、戦争になるとお考えなのですか?」
「わからん。だが最悪を想定し、民の命を守る準備をしておくにこしたことはない」
「そうですね。あ! そういえば、ローザちゃんにお返事を書くなら私の手紙も一緒にお願いしますね!」
「ああ、もちろんだ」
「約束ですよ!」
そう言ってシルヴィエは自分のデスクに戻り、オフェリアも書類仕事を再開するのだった。
これにて第二章完結となります。いかがだったでしょうか?
本章は、悪役令嬢物などでよく見かける「悪役令嬢がヒロインをいじめたという濡れ衣を着せられる」というテンプレに対して、本当に誰かに嫌がらせをされるパターンを書いてみようと思い執筆いたしました。
とはいえ、悪役令嬢物のテンプレどおりであればレジーナ様が主犯なわけですが、元々のお相手があの王太子では可愛そうだということでこのような結末にしました。
さて、紆余曲折はございましたが、皆様に背中を押していただきましたので次章以降も執筆してみようと思います。
次回更新からは第三章に突入いたしますが、引き続き毎週土曜日 20:00 というゆったりペースでの更新となります。お待たせしてしまいますが、気長にお付き合い頂けますと幸いです。