第73話 仲裁してもらいました
「ほら、ローザちゃん。チャンスだよ」
「ううっ。でも……」
「公子様が仲裁を申し出てくれるなんて、こんなチャンスは二度とないよ? それに、お近づきになれるかも知れないじゃない」
「そ、それはそうですけど……」
たしかに公子様はあたしとしてが今まで会った偉い人の中では一番常識人だと思います。それに、突き落とされたあたしを助けてくれました。
だから、きっと良い人だと思うんです。
でも、生徒会ってことはあの王太子様がいるんですよね? それに目だけ笑っていなくて、ぞわってなるドレスク先輩も。
「ほら、行こう? 一緒に行ってあげるから」
「うう、はい……」
リリアちゃんに背中を押されてあたしは生徒会室の前までやってきてしまいました。
「はぁ……」
「もう。ローザちゃんったら。ほら、入るよ?」
そう言ってリリアちゃんは生徒会の扉をノックしました。すると、女の人の声で返事がありました。
「お入りなさい」
「失礼します。ほら、ローザちゃん」
あたしはリリアちゃんに引っ張られて入室しました。中には王太子様に公子様、ドレスク先輩とレジーナさんがいます。
リリアちゃんがポーズを取ったのであたしもポーズを取りました。すると、王太子様がいつも通りの口調であたしたちに命令をしました。
「礼はいい。そこのソファーに座れ。連れのお前も聞いていきたければ残って良いぞ」
「はい」
「し、失礼します……」
着席したあたしたちの前のソファーに座った王太子様はやっぱりあたしの胸に視線を固定します。
き、気持ち悪い……。
「さて、話は聞かせてもらった。まずは、怪我がなくてよかったな」
「は、はい。ありがとうございます……」
それを聞いた王太子様は大きくため息をつきました。
「やれやれ。それで、レフ公子から聞いた内容だが――」
王太子様はお昼に公子様に話したことを一つ一つ確認するように質問してきました。
「なるほど。それから、寮母のアリアドナにも話は聞いている。嫌がらせがあったことは事実なのだろうな」
「はい……」
あ、あれ? 話を聞いてもらえている?
もしかして、王太子様は口調が乱暴なだけでもしかしてまともだったりするんですか?
あとは、その視線があたしの胸にロックされるのをやめてくれると嬉しいんですが……。
「よし、わかった。この後バラサ男爵令嬢からも話を聞くことになっている。お前たちは隣の控室で待機していろ。決して音を立てるなよ」
「え? は、はい」
「よかったね。ローザちゃん」
「あ、はい。そう、ですね……?」
あれれ? どうして味方をしてもらえているんでしょうか?
よく分かりませんが、言われたとおりに隣の控室でしばらく待っていると生徒会室の扉がノックされました。
「お入りなさい」
「失礼いたしますわ」
バラサさんの声が聞こえ、それからガラガラと扉を開く音がしました。
「礼はいい。そこのソファーに座れ」
どうやら王太子様のあの態度は誰に対してもああみたいですね。
それからあたしたちのときと同じように会話というか尋問が進んでいきます。
「さて。バラサ男爵令嬢。お前には、平民の同級生に対して嫌がらせを行ったという疑いがある」
「あら。殿下。わたくしはその様なこと、決してしてはおりませんわ」
「そうか? 今日、お前はその同級生を階段から突き落としたと聞いているが?」
「あら、濡れ衣ですわ。殿下は、貴族であるわたくしではなく平民ごときの戯言を信じられるんですの?」
「突き落としたのではないのだな?」
「突き落としてなどいません。あちらからぶつかってきて、勝手に落ちただけですわ」
「ほう。その平民が階段から落ちたことは知っているのだな」
「ええ。わたくし、あの者に突然ぶつかられて手を痛くなってしまったんですの。でも、平民ですもの。マナーがなっていないことは仕方がありませんわ。ですからとわたくし、寛大な心で許して差し上げたんですの」
よ、よくもそんな口から出まかせをポンポンと言えるものですね!
つい抗議の声を上げそうになりましたがリリアちゃんに制服を引っ張られて我に返りました。
あ、危ないところでした。
「ほう。なるほど。寛大な心、か。その寛大な心の持ち主であるお前はその後どうした?」
「どうした、とはどういう意味ですの?」
「そのまま立ち去ったのか? それとも救護したのか?」
「え? あ、それは……」
「どうした?」
終始変わらず、王太子様は高圧的な口調で詰問していきます。
「あ、そ、その、た、立ち去りました」
「なぜだ? 階段から落ちれば怪我をするだろう。それに、落ちた相手が誰かは分かっていたのだろう?」
「……は、はい」
「ではなぜだ? 女の顔に傷でも残ればどうなるかはお前自身がよく分かっているはずだ。平民のマナー違反を寛大な心で許す余裕のあったお前は、なぜ助けすら呼ばなかったのだ?」
「あ、そ、それは、その……」
なんだか、バラサさんがしどろもどろになってきました。
「そ、そうですわ。どなたかが助けてらしたのを見て、わたくしの助けは必要ないと思ったんですわ」
「どなたか、か。それは誰だ?」
「え、ええと、そこまでは……」
「そうか。お前の知らない者、ということか?」
「そうですわ」
「……そうか」
あ、ついにボロを出しました。
「階段から落ちた平民の名前は普通科一年のローザだ。間違いないな?」
「ええ。そうですわ」
「そうか。階段から落ちたローザを助けた男はこの部屋にいるぞ」
「え?」
バラサさんが変な声を出しました。
「バラサ男爵令嬢。ローザ嬢をお助けしたのは私なのですよ」
「え? え? え? レフ……公子殿下?」
「はい。いささかあり得ない角度で落ちてきたローザ嬢を見つけ、この私が抱きとめたのです」
「う……そ……?」
「いいえ、本当です。そして私はローザ嬢を抱きとめる際に階段の上を確認しました。ですがそこにバラサ男爵令嬢、貴女のお姿はありませんでした」
「……」
バラサさんはそのまま黙り込んでしまいました。しばらくの間、沈黙が生徒会室を支配します。
それを破ったのはレジーナさんでした。
「殿下。わたくしもよろしいかしら?」
「ああ。許す」
「お前、一体何のつもりなのかしら? わたくしは、文句があるならわたくしに言えと言ったはずですわよ?」
「そ、それは! ですが!」
「そもそもね。わたくし、迷惑をしているの。わたくしがいつ、誰かに嫌がらせをしろなどと命じて?」
「そんなっ!」
「レフ公子殿下にお伺いしましたわ。お前、あの平民に王太子殿下に近づくな、などと勝手なことを言ったそうですわね」
「……はい」
「なぜそんなことを言ったんですの?」
「それは! 王太子殿下に平民の女が近寄るなど婚約者であるレジーナ様の――」
「わたくしがそんな下らないことを気にする女だとでも言うのかしら?」
え? えええ?
レジーナさんが命令していたんじゃなくて、バラサさんの独断なんですか!?
「そもそも! 殿下があちこちの女に色目を使うのなんていつものことですわ!」
「なっ! おい! レジーナ!」
「あら? わたくし、何か間違ったことを申し上げていまして?」
「い、いや、それは……」
「この間も王妃陛下の侍女のカメリアとジェシカをしつこく誘ってらっしゃいましたわね。それから出入り商人の娘のパウラに騎士団付きのオリヴィア。全員立派なお胸をお持ちの娘ばかり。ああ、それから先月はわたくしの大切な侍女のマ――」
「待て! 待ってくれ。悪かった。悪かったから皆まで言うな」
うわぁ。あたしだけじゃなくてあちこちで同じようなことをしていたんですね。
こんな人が王太子様だなんて、この国大丈夫なんでしょうか?
「わ、わたくしはレジーナ様のためを――」
「お黙りなさい! そもそも、わたくしはお前に名前で呼ぶことを許可などしていません!」
「ひっ」
レジーナさんに一喝されてバラサさんが小さく悲鳴を上げました。
あの、これってもしかして完全な勘違いからのとばっちりってやつですか?
「で、ですが! わたくしは嫌がらせなどしていません。レ……マレスティカ公爵令嬢」
それに対するレジーナさんの返事は聞こえてきませんが、その代わりに王太子様の声が聞こえてきます。
「では、お前は無実だと言いたいんだな」
「そ、そうですわ。お昼のことは気が動転してしまっただけですわ」
すると誰かが小さく舌打ちした音が聞こえてきました。
「そうか。ならば男爵令嬢として名誉を懸けるか?」
「ええ。誓って」
「そうか。そこまで言うなら仕方がない。おい。ローザ。出てこい」
「は、はい……」
何がどうなっているのかいまいちよく分かりませんが、呼ばれたので私は控室から顔を出します。
「あ、あなたっ!」
バラサさんがあたしの姿を見るなり睨み付けてきました。突き落とされたときのあの表情を思い出してしまい、恐怖がフラッシュバックして体が竦んでしまいます。
「何をしている。早く来い!」
王太子様に怒鳴られました。
気が付けば王太子様たちはすでに立ち上がって出入口の扉の前にいます。
「は、はい」
あたしはよく分からないまま、王太子様たちの後を追いかけるのでした。