第71話 話し合いをしました
2021/07/24 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
もう、最悪です!
びしょ濡れにされただけじゃなくあんな大勢の男子たちにいやらしい目で見られて!
バラサさんのあれ、絶対わざとですよね。きっとあたしが前にいたから狙って水を掛けたに違いないです!
はぁ。やっぱりあたしが平民だからいけないんですかね? オフェリアさんの紹介状を使えばやめさせられるんでしょうか?
いえ、きっと無理ですよね。オフェリアさんは有名人みたいですけど外国人ですし。それにオーデルラーヴァには貴族がいないことになっていますからね。
貴族の権力が理由でこんな嫌がらせを受けているならきっと無駄だと思います。それに、せっかくの紹介状をこんなところで使いたくありません。
そんなことを考えつつも、風邪をひかないようにと走っていたらもう寮へと到着しました。
「あら? ローザさん。授業はどうしたのですか? まあ、びしょ濡れじゃないですか。一体どうしてこんな?」
あ。寮母のアリアドナさんがあたしのことを目ざとく見つけて声をかけてきてくれました。
「実は……」
あたしは授業であったことをアリアドナさんに報告しました。
「そう。イングリーさんが……。じゃああのときの落書きも……」
「はい。そうなんです。あの、えっと、あたしどうしたら……」
「そうね。まずは着替えて制服を乾かしていらっしゃい。お話はそれからです」
「はい……」
アリアドナさんはそう言って優しく微笑みかけてバスタオルを貸してくれました。
「ありがとうございます」
「はい。お行きなさい」
あたしは部屋に戻る貸してもらったバスタオルで体をふいて、それから替えの制服に着替えて濡れた制服を窓際に干します。
「ミャー?」
「ピピー?」
お部屋でお留守番をしていたユキとピーちゃんが心配そうにあたしのところに寄ってきましたが、あたしは大丈夫だと伝えて頭を撫でてあげます。
うん。ユキとピーちゃんを撫でたら元気が出てきました。
ええ。あたしはこんな嫌がらせには負けませんよ。
「じゃあ、行ってきます。またお留守番しててくださいね」
元気になったあたしはユキとピーちゃん、それから眠っているホーちゃんにそう伝えて部屋を飛び出します。そしてアリアドナさんのところへと駆け足で向かいました。
「ローザさん。廊下を走ってはいけませんよ」
「あ、ごめんなさい」
アリアドナさんに注意されてしまいました。
「でも、元気が出たようですね。次からは気を付けるのですよ」
「はい。すみません」
それからあたしはアリアドナさんの応接室へと招き入れられました。
「それじゃあローザさん。そちらに掛けてちょうだい」
「はい」
あたしは座り心地のものすごく良い椅子に腰かけます。きっと、すごく高い椅子なんだと思います。
「ローザさん。大変でしたね。まず、今後このようなことがあればすぐにわたくしに言うのですよ? わたくしはここ魔法学園での皆さんの母親なのですからね」
「……ありがとうございます」
「それで、今回の件は一度話し合いの場を設けましょう。わたくしがきちんと立ち合いますから安心なさい。それと、監督をしていたという先生にも話を聞いておきますね」
大丈夫なんでしょうか? なんか、すごく不安です。
「大丈夫ですよ。わたくし、こう見えても貴族なのですから」
「……はい。ありがとうございます」
こうしてあたしはアリアドナさんの仲介で、話し合いの場を持つことになったのでした。
でも、貴族ってことは貴族の味方なんじゃないでしょうか? 本当に大丈夫なんでしょうか?
◆◇◆
放課後になり、あたしはバラサさんとの話し合いのためアリアドナさんの応接室へとやってきました。だから、今日の料理研究会はお休みです。
「アリアドナ様。どうしてわたくしがこのような者と話し合わなければならないのですの?」
一方のバラサさんはというと、あたしがいると分かってかなり不機嫌な様子です。
「ええ。バラサ男爵令嬢。今日、あなたはローザさんに魔術の実習のときに水を浴びせたそうですね」
そう指摘されたバラサさんは明らかに不機嫌な表情になりました。
「それがどうかしまして?」
「バラサ男爵令嬢。あなたはなぜあれほどびしょ濡れになったローザさんを助けてあげなかったのですか?」
「この者が、わたくしが魔術を撃った場所に飛び込んできたから水がかかってしまったのですわ。わたくしには一切の責任はありません。そのことは監督いただいていた先生もお認めになられていますわ」
バラサさんの言い分にアリアドナさんは眉を顰めています。
「そう。ではあれほどびしょ濡れになるほどの水を出していながら、前を見ずに撃ったという事ですのね」
「違いますわ。その者が突然前に出てきたのですわ」
「違います! あたしは動いていません! 立っていたのに水を掛けてきたじゃないですか!」
あたしがそう言うとバラサさんはあたしを睨んでいます。
しかも、アリアドナさんにまでぴしゃりと言われてしまいました。
「ローザさんの言い分は聞いていますので、しばらくは静かになさい」
うう。やっぱりアリアドナさんもバラサさんの味方なんでしょうか……。
「そうですわ。わたくしが話しているのに横から口を挟むなど無礼にもほどがありますわ。これだから平民は困るのです」
「バラサ男爵令嬢。ここは学園です。そのような物言いは恥と知りなさい」
「……」
今度はバラサさんが口を噤みました。
「さて、話を戻しましょう。ではバラサ男爵令嬢はこのわたくしに誓って、故意に水魔法をローザさんにぶつけていないと言えますね?」
「と、当然ですわ。その者が悪いのです」
「そうですか」
アリアドナさんは大きくため息をつき、そしてバラサさんはバサリと扇を開くと口元を隠してあたしをじっと見てきました。
ああ。きっとあの扇の向こうの口元はさぞ意地悪く歪んでいることでしょう。
するとアリアドナさんがまた口を開きました。
「魔術を使った結果については自己責任です。バラサ男爵令嬢はその責任を取れるのですね?」
「今回の事でわたくしに取るべき責任などございませんわ」
「そう……。ところでバラサ男爵令嬢。あなたはローザさんとあなたのルームメイトが王太子殿下に呼ばれたとき、近づくなと注意をしたそうですね」
「当たり前ですわ。平民の女が王太子殿下に馴れ馴れしくするなどあってはならないことですわ」
「その後、ローザさんには嫌がらせが起きるようになり、そしてドアに落書きがされるという事件まで起きました」
「わたくしが犯人だと仰るんですの? いくらアリアドナ様でもそれは侮辱ですわ」
「あら。わたくしは事実を述べただけですよ。どうしてそれが侮辱になるのかしら? それとも、何か思い当たる節でもあるのかしら?」
そう指摘されたバラサさんの顔が真っ赤になります。
やっぱりバラサさんが犯人なんじゃないですか!
「バラサ男爵令嬢。あなたはそれらの件についても、全て無関係だと誓えますね?」
「も、もちろんですわ! わたくしには一切関係がありませんわ」
「わかりました。それでは、わたくしは寮母としてそれを信じましょう。バラサ男爵令嬢。わざわざありがとう。わたくしは、あなたが今後ともマルダキア魔法王国の栄えある貴族の令嬢として、誇りある行動をこれからも取り続けてくれることを期待していますよ」
「恐縮ですわ」
そう言うとそのままバラサさんは立ち上がりました。そして私の方を一瞥すると扇をぴしゃりと閉じます。
その下から現れた口元はニヤリと歪んでいたのでした。
「ごきげんよう」
そう言い残してバラサさんは応接室から出ていったのでした。