第67話 何故ここにいるんでしょうか?
愚痴を言っていても仕方がないので、あたしはリリアちゃんと一緒に料理研究会へと向かいます。もちろん、ユキとピーちゃんも一緒です。
昨日は失敗しちゃいましたからね。今日こそはちゃんとしたクッキーを焼いて見せようと思います。
そう意気込んで調理室にやってきたのですが、何だか妙に騒々しいです。
何かあったんでしょうか?
少し不安になりながらも調理室の扉をそっと開けると、何と中には王太子様とエルネスト様が座っていました。
「うえっ」
あたしは扉をそーっと閉じて見つからない内に逃げ出そうとしたのですが会長に見つかってしまいました。
「あ、リリアちゃんとローザちゃん。いらっしゃい。今日は何と王太子殿下とエルネスト様が遊びに来てくださいましたよ」
そう言われて皆の視線が集まってしまいました。残念ながら逃げ出す作戦は最初から失敗してしまったようです。
「ほら、殿下とエルネスト様にご挨拶をしなさい」
「は、はい」
あたし達は王太子様たちの前に歩み出るとスカートの端をつまんでちょこんと膝を折る窮屈なポーズを取ります。
「ああ、楽にしていいぞ」
「はい……」
どうしましょう。緊張していて居心地が悪くて。あたし一体何を話したらいいんでしょう?
これ、またあのバラサさんに言われる奴ですよね?
しかもリリアちゃんは同室ですし、まともに寝られるんでしょうか?
「そう硬くなるな。今回は生徒会の活動の一環でクラブの活動内容を抜き打ちで確認にきたのだ」
「……はぁ」
そう言いながらも王太子様の視線があたしの胸に固定されているのはどうなんでしょう?
ドレスク先輩も相変わらず目が笑っていないですし。
あれ? そう言えば常識人っぽい公子様がいない?
これってもしかしてあたし、大ピンチなのでは?
そんなことを考えながらも身動きが取れずにいると、会長が話を進めてくれました。
「さあ、人数も揃ったことですしはじめましょう。今日はマフィンを作ります」
マフィン? マフィンとは何でしょうか?
よく分かりませんが、きっと美味しいんですよね?
あ、でもどうせ味なんてわかるわけないから関係ありませんでしたね。
はぁ。
どうやら残念ながらクッキーのリベンジはお預けのようですが、偉い人たちに失敗を見られて何かされずに済むと考えればそれはそれでありかもしれません。
さて。マフィンという謎の食べ物ですが、どうやら材料はクッキーに牛乳とお塩、それからよく分からない粉と不思議な香りのする液体が追加されているようです。
それと今回は王太子様たちが来ているせいか調理をするのは先輩たちだけのようです。あたしたちはその隣で洗い物や片付けをするだけですのでそれほどやることはありません。
そうして暇になったあたしがちらりと王太子様たちのほうを見ると、ニヤけた表情を浮かべている王太子様とばっちり目が合ってしまいました。
あたしは慌てて視線を逸らしますが、時すでに遅しでした。
「フロレンティーナ嬢」
「どうなさいました?」
「手の空いている者がいるようだな」
「ええ。殿下にどのような活動をしているのかをご覧いただくため、作業に当たる者の人数を減らしております」
「そうか。ならば何人かこっちにもらおう。おい、ローザ、リリア。こっちに来い」
「彼女たちはまだ入ったばかりですので……」
「だからだ。あの者たちは何もしていないだろう? それに今日少し話したからな。知らぬ間柄ではない」
「まあ、左様ですか。それでは」
そう言われて納得した会長はあたし達に非情な宣告をします。
「リリアちゃん、ローザちゃん。殿下とエルネスト様の話し相手になってあげてちょうだい」
「う……はい」
「わかりました」
そう返事をして王太子様たちのところに向かいますが、周りの先輩たちの視線が痛いです。
そりゃあ、あたしだって普通は王太子様に偉い貴族の跡取りの人の話し相手になりたいっていうのはわかりますよ。だって、女の子にとっては王子様ですからね。
でもですね。この人たちは違うんです。
あのまともなほうの公子様ならまだ何とか頑張れる気がするんですけど……。
こうしてあたしはお昼に続いて針の筵に座ることとなってしまいました。
「さて、ローザ。お前はオーデルラーヴァからの留学生だったな」
「はい」
「それであの結界を破壊した炎の魔術は誰に習ったのだ?」
ああ、やっぱり。結局この話をしに来たんじゃないですか。何がクラブの活動の確認ですか!
いくらなんでもひどいです!
カチンときたあたしは公子様に言われたとおり、何も教えないことにして黙りました。ですが、王太子様は気にした様子もなく話を続けていきます。
「……そういえば、オーデルラーヴァで火属性といえば赤焔の戦乙女が有名だな」
赤焔の戦乙女? なんだかすごい呼ばれ方をしている人がいるんですね。
あれ? でもどこかで聞いたことがあるような?
どこでしたっけ?
うーん? ちょっと思い出せません。
「確か騎士団で女だけの隊長をしていた……名前は何と言ったか?」
「天才魔法剣士のオフェリア・ピャスク殿ですね。殿下」
「ああ、そうだった。オフェリア・ピャスクだ」
「!」
あたしはオフェリアさんの名前が出たことでつい反応をしてしまいました。
「なるほど。やはりそうか」
王太子様がしてやったり、という表情を浮かべてそう言いました。
うう。まさかこんなことが……。
それにオフェリアさんのその呼び名、ツェツィーリエさんから聞いたことあったんでした。
でもあたしにとってオフェリアさんはオフェリアさんなのです。だからすっかりそのことを忘れていたんですが、まさかよりにもよって王太子様との会話でその名前が出てしまうなんて……。
何故かわかりませんが、無性に追い詰められたような気分です。
「だが手放したということは血縁ではないのだな」
「ええ。あの国の内情を考えれば……」
王太子様とドレスク先輩はそう言ってニヤリと笑って頷き合いました。
あれ? い、一体何なんでしょうか?
そう心の中で呟いても答えてくれる人はいません。
ただ、予想に反してそれ以上は追及されず、王太子様たちの矛先はリリアちゃんへと向きます。
「お前は光属性の平民だったな」
「はい」
「正教会か?」
「はい」
「そうか。教会には入らなかったのか?」
「前学園長のように神に仕えるよりも人の中で、と思っています」
「そうか……よし」
王太子様たちはまた二人でニヤリと笑い合ったのでした。
な、何がよしなんでしょう?
不安があたしの心を押しつぶしそうになります。
ただ、そんな針の筵に座る時間もついに終わりを迎えました。
「殿下、そろそろその二人をこちらに戻して頂けますか? 後片付けをさせようと思います」
「ああ、いいぞ。行け」
「は、はい……」
「失礼します」
こうしてあたしたちは王太子様から解放され、調理に使った器具を洗っていきます。あたしたちと入れ替わる様に調理していた先輩たちが王太子様たちのところへ行って周りを囲んでいます。
きゃいきゃいと黄色い声で王太子様たちに話をしていて、皆さん心底楽しそうです。
あの、このままあの人たちの相手をずっとしていてくれませんかね?
あ、それからあたしたちは先輩がたの焼いたマフィンというお菓子を食べましたよ。
もちろん、人生初のマフィンの味は残念ながら全く覚えていません。ただ、何となく甘かったような気はします。
次回更新は通常通り、2021/05/08 (土) 20:00 を予定しております。





