第63話 偉い先輩やってきました
「オーデルラーヴァのローザさんですね?」
あたしが調理室を出ると突然声をかけられました。
「はい?」
あたしが振り返ると、緑色の髪に茶色の瞳の男性がそこに立っていました。ロイヤルブルーのジャケットにワインレッドのマントの裏地、そしてライトブルーのネクタイをしているのでどうやら普通科の二年生のようです。
その人はあたしのところにつかつかと歩いてくるとニッコリと笑みを浮かべます。
「はじめまして。ローザさん。私はエルネスト・ドレスクと申します。よろしければお時間を頂けませんか?」
「え?」
あたしが見ず知らずの先輩に突然誘われて困惑していると、リリアちゃんと他の料理研究会の皆さんが驚きの声をあげ、そして黄色い声も聞こえてきました。
「ドレスク先輩!?」
「エルネスト様!?」
ええと、この人は誰なんでしょうか? たしかにかっこいいと言われればかっこいい気もしますけど……。
「やあ、君たちも相変わらず料理研究会の部屋からは良い匂いが漂ってくるね。さて、君たちの可愛い後輩を少し借りても良いかい?」
エルネストさんという人がそう言って先輩方にニッコリを微笑みを向けると何人かが赤面しました。他の先輩方もたじたじになっているようです。
あれ? もしかしてこの人、モテる人なんですか?
「ローザちゃん。この人は魔術師団長の長男の人だよ。しかも侯爵様の跡取りの」
「うえっ!? 偉い人、ですか!?」
「ローザさん。そんなに畏まらないでください」
そう言って私の手を両手で優しく包み込む様に握るとまたもあの微笑みをあたしに向けてきました。
「あ、えっと……」
あたしはなんて返事をしたらいいか分からなくなってしまいました。
だってこの人。顔は笑っているのに目が笑っていないんですよ?
「どうですか? この後少しお茶でも飲みながらお話しませんか?」
そう誘われた瞬間、背筋に悪寒が走ります。
「あ、え、えっと。その。今日はもうお腹も空いてないので、ごめんなさい!」
あたしは慌てて握られていた手を振り払うと一目散に駆け出します。
その瞬間に周りで見ていた皆さんから「ええっ!?」という驚きの声が上がります。
「え? ちょっと? ローザちゃん? 待ってよー!」
リリアちゃんがそう叫ぶと後ろからぱたぱたという足音が追いかけてきたのでした。
◆◇◆
「はぁはぁ。もう! どうしたのよ? ローザちゃん」
リリアちゃんに追いつかれたあたしは走るのを止めて立ち止まると後ろを振り返ります。
良かったです。どうやらあの人に追いかけられてはいないようです。
「はぁはぁ。リリアちゃん、ごめんなさい。ちょっと怖くなってしまって……」
「怖い? ドレスク先輩が? どうして?」
「だって、その。なんて言うか。顔は笑っているのに目が笑っていなくて、その……」
どうにも得も知れぬ悪寒を感じてしまったんです。
「でも、貴族の誘いを断り続けるのは難しいと思うよ? 一度話だけでも聞いたほうが良いんじゃない? ほら。他の人のいるところで話すとか、先生に立ち会ってもらうとか」
「うう、それはそうかもしれませんけど……」
気が乗りません。ちゃんと紳士的に話をしようとしてくれているのはわかるんですけど、それでもやっぱり怖いものは怖いんです。
それに偉い人には良い印象が全然ないですし……。
「ローザちゃん……」
そんなあたしの様子にリリアちゃんが戸惑っているようで、そのままあたしたちの間に沈黙が流れます。
それからしばらくすると、誰かが歩いてこちらへと向かってくる足音が聞こえてきました。
私はあの人が追いかけてきたのかと思ってそちらへ振り向きますが、どうやら違ったみたいです。
歩いてきたのは二人組の男性で、どうやら普通科の二年生の制服を着ています。一人は金髪に緑の瞳でもう一人は最初の人と比べて少し色の薄い金髪に青い瞳です。
二人は私たちのことなど眼中にない様子で話をしながらあたしたちの前を通り過ぎていきました。
しかし、漏れ聞こえてきたその会話の内容に思わずあたしは思わず身を竦めました。
「そういえば、エルネストはどうした?」
「ああ。エルネストの奴、直接会いに行ったらしいぜ?」
少し冷たい感じの口調なのが青い瞳の人で、少し乱暴な感じの口調なのが緑の瞳の人です。
「そうか。このところ随分と焦った様子だったからな」
「あいつは自分の炎に自信があったしな。で、そいつはどんな奴だ?」
「オーデルラーヴァからの留学生。平民の女子で、普通科のくせに従魔をもう三匹も連れているらしい。見た目は……ああ、そうだ。ちょうど今すれ違った子のような感じらしい」
「ああん?」
少し粗暴な喋り方をする男の人はそう言って足を止め、あたしたちのほうへと振り返ります。
「ひっ」
あたしは思わず変な声を上げてしまいます。そして緑の瞳の人が一人でずかずかと無遠慮にあたしのところに歩いてきました。
「おい」
急に声を掛けられてあたしは縮み上がってしまいました。
「おいっ!」
「は、はい……」
あたしは何とか返事を返します。助けを求めて隣のリリアちゃんを横目でちらりと見ました。するとリリアちゃんはスカートの端をつまんで少し膝を折るという何とも窮屈そうな姿勢をしています。
え? 何してるんですか?
「おい! 女!」
「な、なんですか……」
あたしは何とか震える声で返事をします。
「チッ。お前、オーデルラーヴァから来た平民か?」
「そ、そうです」
「……オーデルラーヴァの連中は礼儀すら知らんのか」
その人はそう言うとあたしを上から下まで舐めるように視線を這わせると最後にあたしの胸に視線をロックしました。
その瞬間あたしの背筋に悪寒が走ります。
「ローザちゃん。この方は王太子様だよ。ちゃんとしなきゃ」
「え? え? おうたい……し?」
リリアちゃんが小声で助け船を出してくれますが、それを聞いたあたしは完全に頭が真っ白になりました。
え? なんでそんな偉い人があたしに?
「まあいい。おいお前。名を名乗れ」
「ひっ。ろ、ローザです……」
「よし、ローザ。明日の昼休みに俺たちのところに来い。いいな?」
そう言い放つとそのまま回れ右をして立ち去ったのでした。
え? え? 王太子様? それに貴族様の跡取り?
あの、一体何が起きてるんですか?





