第56話 ルームメイトは貴族様でした
扉を開けるとそこにはルームメイトの姿がありました。彼女は亜麻色の長い髪をふわりと揺らしてこちらを振り向きます。
きれいな琥珀色の瞳には意志の強そうな光を湛えていて、そのきりりとした顔立ちと雰囲気はどこかオフェリアさんを思い出させます。
そんな彼女はあたしを見るとふわりと優しい微笑みを浮かべました。
「やあ、君がルームメイトだね。私はヴィクトリア。コドルツィ騎士爵家の娘で愛称はヴィーシャ。よろしくね」
「あ、えっと、あたしはローザです。オーデルラーヴァから来ました。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく、ローザ。ところでその子たちは?」
ヴィーシャさんがユキ達を見て不思議そうにしています。
「この子たちはあたしの従魔で、足元にいるのがユキで、頭の上にいるのがピーちゃん、それで寝ているこの子はホーちゃんです」
「えっ? 全部従魔なのかい? それはすごいね。じゃあ、ユキちゃん、ピーちゃん、私はヴィクトリア。これからよろしくね。ホーちゃんには起きたらまた挨拶をさせてもらおうかな」
「ミャー」
「ピピー」
「すごいな。まるで言葉が分かっているみたいだ」
「そうなんです。すっごく賢いんです。今までも何度も助けてくれて――」
それからあたしはユキ達がどれだけすごいのかを説明しました。
「はは。何だか従魔というよりも家族の紹介をされているみたいだね。でも、ローザがどれだけその子達を大切に思っているかはよく分かったよ。その、ちょっと撫でても良いかい?」
「ユキが嫌がらなければ」
ヴィーシャさんがちらりとユキに視線を向けると、あきらかにやれやれといった様子でヴィーシャさんの足元に歩いていきました。
そして恐る恐るユキの毛を撫で、そしてそのきりりとした表情がふにゃりと緩みます。
そうでしょうそうでしょう。ユキの毛並みは世界一ですから。それから、ユキのきれいでふわふわな毛並みはピーちゃんおかげなんですよ?
「これはすごいね。撫でているだけで幸せな気分になるよ」
「そうなんですよ! ピーちゃんとあたしで毎日きれいにしてあげているんですから」
「そうかって、え? スライムが?」
「はい。あたしも毎日ピーちゃんにきれいにしてもらってるんですよ」
「ええっ? ローザも?」
「はい。いつも全身きれいにしてもらっているおかげで髪もつやつやですし、お肌もプルプルなんです」
「そ、そう。たしかにローザのその髪もお肌も見たことがないほどきれいだよね。あ、でも変な目で見られるから外では言わないほうが良いと思うよ」
「え? そうなんですか?」
よくわからないですけど、そうしましょう。
でも、変な目で見られるってどういう事でしょうね?
「あの」
「ん? なんだい?」
「ヴィーシャさんは貴族なんですか?」
「え? ああ、一応はね。でも騎士爵なんて偉くもなんともないよ。領地もないし、騎士団に入ってそこそこの功績を挙げれば誰だってなれるからね」
「そうなんですか?」
「そうだよ。父上は昔辺境の村を魔物の群れが襲ったとき、勇敢に戦ったんだ。その功績が認められて騎士爵の爵位を陛下から賜ったんだ」
「すごいですね」
「そうだろう? 父上は私の憧れだからね。私も父上のように立派な騎士になって、父上のように力のない人たちを守りたいんだ。父上と母上のおかげで私にはそれができるだけの魔力があるからね。この学園に入ったのも魔術をちゃんと勉強して、剣だけでなく魔術も使って戦える騎士になるためなんだ」
なんだか、明確な目標を持っていてすごいです。
「ところでローザはどうしてこの学園に来たんだい?」
「え? ええと、あたしはこの子たちをしっかり育てる方法が勉強できるって聞いたんです。それで……」
「それなのにどうして普通科なんだい? 従魔科の方が合っていそうな気がするけど」
「それが、入学試験の時にあたし結界を壊しちゃったんです。そうしたら普通科の方が良いし従魔科の授業も受けられるって試験官の人に言われて」
「えっ? あの結界が壊れたって噂は本当だったんだ。ローザ、すごいね。あの結界を破壊できる生徒なんていないと思うよ。エルネスト先輩も噂を聞いて挑戦したけどできなかったって聞いたし」
「エルネスト先輩って誰ですか?」
「エルネスト先輩はドレスク侯爵家の長男で、火属性の天才として有名な人だよ。父親のドレスク侯爵は魔術師団長という名門の血筋だし、エリート中のエリートだね」
ああ、それであんなに大騒ぎになったんですね。そんなすごい人が壊せないものを破壊してしまったのだからそれは仕方ないことなんでしょう。
ただ、結界を壊したのは火属性魔法じゃなくて無属性魔法なんですよね。
何だか複雑な気分です。
「そういえば、ローザっていくつなの?」
「え? 12 歳です」
「うわぁ。12 でそれなんだ。誰か有名な賢者様の弟子とかだったりするの?」
「いえ、そんなことはないです」
「じゃあ、ローザは天才かもしれないね。ちなみに私は 14 歳。この国の貴族は全員 14 歳にならないとこの学園へは通えない決まりなんだ」
「じゃあ、平民は?」
「平民は初等学校を出たらすぐに働くからね。12 歳から 14 歳までの間に合格できれば通えることになっているよ」
「え? そうしたら年上の貴族の人が有利なんじゃないんですか?」
「そうだね。でもね。そのくらいの才能のある子じゃなければ、国としては働いてもらったほうが良いってことなんじゃないかな」
そう言ってヴィーシャさんは複雑そうな顔をしました。
「そう、ですね」
曖昧に同意したあたしにヴィーシャさんは少し困ったように微笑んだのでした。





