第36話 バレたようです
「そうか。レオシュ殿が……」
あたしの話を聞いたオフェリアさんが眉を顰めました。
「しかし何故ローザが魔術を使えると思ったのだ? 我々に揺さぶりをかけるにしても子供を相手に脅すのはいくらなんでも外聞が悪い。テイマーだからか? いや、だがテイマーと魔力の高さに関係があるという話は聞かないな……」
オフェリアさんが一人でぶつぶつと呟いています。
「いや、待てよ? ゴブリンの頭に穴を開けたと言っていたのだな?」
「はい」
「ということは誰かから話を聞いたのか? いや、だがそんなことを喋るような奴は第七隊にはいない。という事は頭に穴の開いたゴブリンの死体を見たという事だろう。いや、だがゴブリンの死体は全て燃やしたはずだ。証拠など残っていないはずだが……」
またオフェリアさんが自分の世界に入ってしまいました。そしてしばらく待っていると顔をあげました。
「よし。まだバレていないという前提で行動しておこう。それから図書室への行きは第七隊の誰かに、帰りは司書殿に付き添いをお願いして絶対に女子寮の外では一人にならないようにするんだ。分かったな?」
「はい。わかりました。あ、そういえば司書さんて何者なんですか? あのレオシュが頭が上がらない感じでしたけど」
「ああ。それはな。司書殿の弟君が徴税長官をしていてな。下手に叩くとレオシュ殿とてタダではすまないのでおいそれとは喧嘩ができないのだよ」
「じゃあ、司書さんの弟さんが偉い人なんですね」
「そもそも、司書殿も本来は第一区画の住人なのだ。ただ本が好きという事で家督を弟に譲って司書をしているというかなりの変わり者だ。司書殿は特に野心があるというわけでもないので敵に回さない様に気を付けていれば問題ないだろう」
そう言ってオフェリアさんは席を立ちました。
「さあ、夕食を食べに行こう。レオシュ殿が難癖をつけてくるかもしれんからな」
「はーい」
そうしてあたし達はオフェリアさんの執務室を出ると食堂へと向かったのでした。
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食堂でオフェリアさんやシルヴィエさんと一緒に夕食を食べているのですが……。
はい、なんというか。ジロジロと見られています。レオシュだけじゃなくその取り巻きの連中までもが無遠慮にあたしに視線を向けてきて、なんだか怖いです。
「ローザちゃん。大丈夫だからね。何かあっても私が守ってあげるわ」
「はい……」
さすがにこの二人がいる前ではブラジェナさん達と一緒の時にされたような事はないと思いますが、やっぱり落ち着きません。
「レオシュ殿。あまりジロジロと見ないで貰えるか? そうあからさまに視線を向けられ続けるのはマナーに違反しているのではないか?」
あまりに酷いのでオフェリアさんが文句を言ってくれました。
「おやおや。自意識過剰なのではありませんか? それに、私はオフェリア様を見ていたわけではありませんよ。その魔術を使える少女を見ていたのです」
「魔術を使う少女? 誰の事だ?」
オフェリアさんは一切表情を変えずに聞き返し、それに対してレオシュは小さく舌打ちをしました。
「ええ。ゴブリンの頭を一撃で見事に撃ち抜く魔術の事ですよ」
「どういうことだ?」
「おや? しらばっくれるのですか?」
「……」
オフェリアさんはじっとレオシュの出方を伺います。
「ゴブリンの集落を攻めた時、あなた方は作戦予定地点でゴブリンと戦ったその場所に一匹のゴブリンの死体がありましてな。どういうわけかは知りませんが、目立った外傷はないくせに頭に小さな穴が開いていたのですよ」
「……」
「そして処理された死体を掘り起こして調べたところ、同じような頭蓋骨が複数ありましてな。その数十五です。これは、偶然ではなくそのような何かで攻撃したからできた傷のはずです」
オフェリアさんは硬い表情を崩さずにレオシュを見据えています。
「そのような穴を開けられる武器は存在せず、またあなた方の部隊にもそれをできる魔術を使える者は存在しません。となれば、あの場で唯一可能性があるとすればそこの少女しかあり得ないのです」
レオシュは勝ち誇ったかのような憎たらしい表情を浮かべるとビシッとあたしを指さしました。
「洗礼前の少女がその年齢であれほどの攻撃魔術を使うとなると固有魔法を使える可能性があります。おい、お前!そうだろう?」
「ひっ」
あたしは思わず縮こまり、シルヴィエさんが手をぎゅっと握って落ち着けてくれます。
「それを確認したところでどうしようというのだ?」
「決まっているではありませんか。村娘だと言うならどうとでもなります。すぐに我が家に連れていき相応しい教育を受けさせてやるのです」
「え?」
レオシュの言葉からは悪意がひしひしとと感じられものすごい嫌悪感を覚えます。
「教育、だと?」
「そうです。男の言う事を全て聞く従順な妾としてきっちりと調教して、子供の不足しているところに回してやるのですよ」
そのセリフを聞いてあたしはぞわぞわと背筋に悪寒が走りました。
え? 妾? それは奴隷の間違いじゃないんですか?
「人身売買をする気か?」
「人身売買? 人聞きの悪い。正しい教育を施して村娘ごときに第一区画の住人になる栄誉を与えてやるのです。むしろ人助けとも言えるでしょう。しかも、後継者不足に悩む高貴な家も救えるのですから、感謝こそされど非難されるいわれなど毛頭ございませんな」
そりゃあ、こいつらの理屈だとそうなのかもしれませんがあたしはそんな事頼んでもいないんですけどね?
どうして勝手に望んでもいないことをやるんでしょうか。
「話にならんな。今後、彼女には付きまとわないように申し入れる。場合によっては正式に抗議をいれることになるぞ?」
「……まあ良いでしょう。来年が楽しみですな」
そう言うとレオシュはあっさりと引き下がったのでした。
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「どうやらゴブリンの死体の処分に漏れがあったようだな。だが、傷口を見られているのならもう向こうはローザがやったことを確信しているのだろう」
あたし達は食事を終えると再びオフェリアさんの執務室に戻ってきました。
「ううっ。あたしはどうすれば?」
「そうだな。公衆の面前でああしたやり取りがあった以上、今年の間は大丈夫だろう。第七隊預かりの女の子を無理矢理動かすのはいくらなんでも外聞が悪すぎるからな。だが問題は来年以降だな。具体的にはローザが女子寮を出る来年の三月だ」
「えっ?」
「ああ、そう言えばまだ話していなかったか。洗礼を受ければその翌年からは成人扱いだ。ローザはまだ子供だから女子寮に置いてやれるが成人した者をずっと置いておくことはできない。ここはあくまで騎士のための寮であって賃貸住宅ではないのだ。今回は任務で保護した身寄りのない村の子供で、洗礼まであと少しという状況だったので特例として許可を取っている状況なのだ」
そう、ですよね。いくらなんでも恵まれ過ぎでしたもんね。
「そんな顔をするな。独り立ちする時もできる限り便宜は図ってやる。ローザはもうこの第七隊のみんなの妹のようなものだからな」
「……はい」
「だから、ローザも今後どうしたいのか、しっかりと考えておいてくれ」
オフェリアさんはそう言って寂しそうに笑ったのだった。