第五章第34話 大学のカフェに向かいます
「ローザ嬢、お久しぶりです」
公子様はそう言って抱えていた本を近くにある台のようなものの上に置きました。そして優雅に礼をしてきます。
あっ! そうでした。
「ご無沙汰しています、公子殿下」
あたしが慌ててカーテシーをすると、公子様はニコリと笑ってくれました。
「ええ。麗しきローザ嬢に再びお会いできて光栄です」
そういって跪き、右の手のひらを上にして差しだしてきました。
これは……はい。そういうことですね。
あたしがそっと左手を添えると、その手の甲に公子様はキスをする仕草をしてくれます。
「ローザ嬢、そういった儀礼にも慣れてきたようですね」
「は、はい。その、練習しましたから……」
すると公子様は再び優しく微笑みました。
「ところで、どうしてローザ嬢が大学図書館に?」
「あ、えっと、はい。魅了について調べていたんです」
「魅了について、ですか?」
「はい。実は……」
あたしは事情を説明しました。
「なるほど。そのようなことが……」
公子様は真剣な表情になりました。何かを考えているようですけど……。
「そうですね。この後お時間はありますか?」
「え? はい。ちょっとなら……」
「では、カフェで少しお話をしましょう」
「はい。いいですけど……」
あたしは公子様が置いた大量の本をちらりと見ます。
「ああ、これはすべて借りるものですから」
「えっ? こんなにですか!?」
「ええ。何せ大学ですからね。調べなければならないことがたくさんあります」
「そうなんですね……」
大学のお勉強って大変なんですね。あんなに頭のいい公子様でもこんなに勉強しないといけないなんて……どんな難しい魔術なんでしょうか?
あたしは台の上に置かれた本の表紙をちらりと見てみます。
あれ? 現代法理論!? って、どんな魔術なんでしょう?
するとあたしの疑問に気付いたのか、公子様が優しい表情で教えてくれます。
「私は今、法学を学んでいるんですよ」
「えっと……魔術じゃ……」
「はい。魔術ではありません」
「そうなんですね……」
「もちろん、魔術も研究します。ですがそれをするには各国の法に対する深い知識が必要となります。どういった魔術が禁術として扱われるのかは国によって異なりますし、何より倫理の問題もクリアしなければなりません」
「え、えっと……」
「つまり、【魅了】の魔術やその効果のある魔道具を作ることは許されない。それと同様に、許されない魔術が他にも多くあるということです」
あっ! なるほど! それはそうですね。
「さあ、場所を変えましょう。私はこの本を借りてきますから、ローザ嬢は図書館のエントランスで待っていていただけますか?」
「はい……あ!」
「どうしました?」
あれ? あっ! いけません! 【収納】のことはお義父様たちだけしか知らないんでした。えっと……。
「あ、あの、本を運ぶの、お手伝いします」
「そんな、女性に重たい本を持たせるなどできません」
「で、でも、前が見えなくて大変そうでしたし……」
「……そうですか。ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
「はい!」
こうしてあたしは公子様が前を見えるようになる分だけの本を持ち、一緒に貸し出しカウンターへと向かうのでした。
◆◇◆
それからあたしは公子様の住んでいる寮へと向かいました。といっても寮は住人以外立ち入り禁止だったのであたしが行ったのは入口までだけで、公子様は二往復してお部屋に本を置いてきました。
そしてそのまま寮を後にし、ひと際高い建物にやってきました。どのくらい高いのかというと、見上げると首が痛くなるほどです。
えっと……はい。そうですね。最近はあまり見なくなりましたけど、孤児院にいたときによく見ていた夢に出てきた高い建物と……あ、いえ、それはもっと高かったですね。
あの建物、多分五十階とかあったでしょうから。
この建物は……そうですね。きっと十階くらいはあると思います。
ただ、ちょっと不思議なのは、目の前にあるお店はとてもカフェには見えないことです。このお店、カフェどころか飲食店ですらなさそうなんですよね。
このお店、一体何屋さんなんでしょうか? 文房具とかお洋服とかお皿とか、あとはよく分からないガラスの器具なんかも売っているみたいなんですけど……。
「ローザ嬢、カフェの入口はあちらですよ」
「あ、はい」
ここが目的地じゃなかったんですね。
こうして公子様にエスコートされながらよく分からない売店の前を通り過ぎ、建物の反対側へと回りました。するとそこには扉が開け放たれた大きな入口があり、その中は大きなホールのようになっています。そしてその先は正面から見たお店に繋がっていて、左手には広い階段があります。
あ! 階段のところに学生食堂って看板があります。ということは、この階段を登った先で大学生はご飯を食べているんですね。
「ローザ嬢、そちらではありませんよ」
「えっ?」
「こちらです」
公子様はそう言って、右手の壁にある小さな扉のほうへと向かいます。
えっと……いかにも関係者用の通路っぽい感じですけど……。
公子様が扉に軽く手を触れると、なんと扉が淡く光りました。
わ! すごいです。魔道具になっているんですね!
触るだけで開くなんて……あ、あれ? 開きません。
あたしはちらりと公子様を見ますが、公子様は小さく微笑んだだけでした。
えっと……。
それから十秒ほど待っていると再び扉が光り、ドアが開きました。
えっ!? どういうことですか? 小さなお部屋です。
「えっと? 公子様?」
「これはエレベーターという魔道具です」
「エレベーター?」
「はい。さあ、こちらへ」
「は、はい」
えっと……なんなんでしょう? こんなところに入ったって仕方ない気もしますけど……。
あたしは公子様にエスコートされ、部屋の中に入りました。すると公子様は扉の隣にある板に触れます。
するとゆっくりと扉が閉まりました。
えっと……一体何が……あ、あれ? なんだか変な気分です。
……えっと……え? え? えええ!? これ! もしかしてこのお部屋、動いてるんですか!?
次回更新は通常どおり、2025/11/22 (土) 20:00 を予定しております。





