第五章第29話 帰路に就きました
帝都を出発し、馬車に揺られているのですが、やっぱりちょっと憂鬱な気分です。どうやらそれが態度に出てしまっていたようで、ツェツィーリエ先生が心配そうに声を掛けてきました。
「ローザちゃん、どうしたのかしら?」
「え? えっと、あたし……」
「どうしたの? 悩み事かしら?」
「えっと……その、卒業が……」
「卒業? それは進路の相談かしら?」
「え? えっと、そうじゃなくて……」
あたし、卒業できなかったら……。
「じゃあ何かしら?」
ツェツィーリエ先生は優しい表情でそう聞いてきます。
「その……あたし、結局魅了が解除できなかったじゃないですか」
ツェツィーリエ先生はあたしの目をじっと見てきます。
「えっと……その、あたし、頑張って練習します!」
するとツェツィーリエ先生は優しく微笑んでくれました。
「それはいい心がけだわ」
「は、はい」
「ええ。それならピーちゃんに教えてもらったらどうかしら?」
「えっ?」
「だって、その子も魔法使いでしょう? 魔術しか使えない私よりもきっといい先生になってくれるわ」
「え? えっと……」
あたしはピーちゃんを探します。
ピーちゃんはどこにいるんでしょうか?
さっきまで床でふるふると震えていたんですけど……いませんね。
えっと……あ! 見つけました。なぜか後ろの窓に薄くなって貼り付いています。
「ピーちゃん?」
「ピ?」
ピーちゃんは窓から剥がれて座面にぽとりと落ち、いつもの丸い姿に戻りました。
「ピピ?」
「えっと……」
「ローザちゃん、きっと大丈夫よ。その子はローザちゃんのことが大好きだもの」
「は、はい。ピーちゃん、魅了解除の魔法の使い方を教えてほしいんですけど……」
「ピ? ピピッ!」
ピーちゃんは任せろとでも言わんばかりな様子で元気に返事をすると、ふるふると体を震わせました。
「ピッ! ピピッ! ピッ! ピピッ! ピピピピッ!」
ピーちゃんは体を大きく動かしてアピールしてきますが、何を言いたいのかさっぱり分かりません。
「え、えっと……」
「ピピッ! ピー!」
ピーちゃんは体を伸ばしたり縮めたりしていますが、やっぱり何を言いたいのかよく分かりません」
「その……」
「ピピー」
あっ! しょんぼりしちゃいました。
「ご、ごめんなさい」
あたしがダメなせいで……。
「ピピー」
ああ、もっとしょんぼりしちゃいました。
「ピーちゃん、いいんです。あたしができないのが……」
「ピピー」
「ふふっ」
「え? ツェツィーリエ先生?」
「なんでもないわ」
ツェツィーリエ先生はそういうと、優しそうな笑みを浮かべていたのでした。
◆◇◆
ローザが出発してからしばらく経ったある日の朝、フリートヘルムの救護院の前で行列を作っている市民たちが不思議そうな表情を浮かべていた。
というのも、今日も『フリートヘルム休診』の札が掛かっているからだ。
「最近、ずっとフリートヘルム先生は休診だよな」
「そうねぇ」
「どうしたんだろうなぁ」
そんな会話をしている列の先頭の男女の会話に、一人の男が割り込んでくる。
「最近、フリートヘルム先生はルクシアの狂信者たちの治療をしているらしいぞ」
「え?」
「なんですか? それ」
「いや、噂だよ。ルクシアが来てから、妙に攻撃的になった奴が増えただろ?」
「そうねぇ」
「フリートヘルム先生はその治療をしているらしいぜ」
「え? あれって治るの?」
並んでいた女は驚いた様子で聞き返した。
「いや、知らんけどよ。フリートヘルム先生なら治せそうだろ?」
「それは……そうねぇ」
女はそう言うと、納得したような表情でそう答えた。
「じゃあ、フリートヘルム先生はそれに掛かりっきりってことなのか?」
「じゃないかな」
「そっか……」
並んでいた男はそう言ったものの、怪訝そうな表情を浮かべている。
「ん? 何か気になることでもあるのか?」
「あ、いや。たしかフリートヘルム先生のところにものすごく可愛い女の子の弟子が来たって話を聞いたんだが……」
「ああ、それはマルダキアの学生さんらしいぞ」
「マルダキア? それってもしかしてあの有名な魔法学園の?
「っていう噂だな」
「そうなのか……」
「ってことは、うちから留学に行ってる学生さんがいるってこと?」
「いや、違うぞ」
「え? 違うの?」
「ああ。なんでもマルダキアの貴族らしい」
「「ええっ!?」」
男女は同時に驚きの声を上げる。
「何をそんなに驚いてるんだ? お偉いさんが伝手で呼んだに決まってるだろ?」
「いや、それはそうだけど……」
「よく来てくれたわよね」
「それは……そうだな」
声を掛けてきた男のほうもそう言って困ったような表情を浮かべた。すると女が何かに気付いたかのように小さく声を上げる。
「あっ!」
「ん? なんだ?」
「それ、もしかして皇室のどなたかのお妃様になるんじゃない?」
「え?」
「そうなのか?」
「そうに決まってるわ! あぁ、素敵ねぇ。光属性の女の子がルクシアに捕まる危険を冒して愛のために来たのよ」
女はうっとりとした表情を浮かべている。
「……ま、まぁ、そうかもしれないな」
「でしょ? 一体誰のお妃様になるのかしら? 可愛いって女の子の噂は私も聞いていたもの」
「そりゃあ……皇太子殿下じゃないのか? ほら、そうじゃないとルクシアが……」
「え? でも皇太子妃様がいるじゃない。それに学生ってことは、いくらなんでも皇太子殿下とは年が離れすぎているでしょ?」
「それはそうだが……」
「じゃあやっぱり第五皇子殿下かしら?」
「かもしれないな」
「っ! やっぱり! 第五皇子殿下なのね!」
満面の笑みを浮かべる女に対し、並んでいたほうの男が冷静にツッコミを入れる。
「いや、そもそもマルダキアは外に出さないんじゃないか?」
「えっ? ちょっと! 何夢がないことを言っているのよ! 第五皇子殿下に決まってるわ!」
「そ、そうか。そうだといいな」
「でしょ? そうに決まってるわ!」
女は自信満々にそう言い切ったのだった。
次回更新は通常どおり、2025/10/18 (土) 20:00 を予定しております。