第五章第28話 お別れをしました
2025/10/10 名前の取り違えを修正しました
「皆も聞いたな? 我が国はマルダキア魔法王国との親善交流を強化する。これは決定事項である」
あたしがツェツィーリエ先生の隣に戻るとすぐに皇帝は険しい表情になり、そう宣言しました。
「そしてこの魅了騒動を引き起こした聖ルクシア教会に対する捜査を行う。関わった疑いのある者は拘束し、聖ルクシア教会の国教としての地位を剥奪する」
すると謁見の間に集まっている人たちがざわつきました。皇帝は鋭い目つきで見回しているようで、周囲からは色々な声が聞こえてきます。
「なんということを!」
「神罰を恐れないのか?」
「ふん。当然だな」
「あんな連中を招き入れたことがそもそも間違いだったのだ」
えっと……この国の偉い人たちって、実は全員がルクシアの奴らの仲間ってわけじゃないみたいです。
むしろ反発している人もいるみたいで……一体どうなっているんでしょうか?
偉い人たちの中にも反対する人がいるのに、どうして国教になったんでしょうか?
「陛下! 恐れながら! このことを皇太子殿下がお知りになれば!」
「黙れ!」
声を上げた人を皇帝が一喝しました。
す、すごい迫力です。さっきまでの優しいおじいちゃんとはまるで別人のようです。
「何も聖ルクシア教会を邪教と認定するわけではない。信仰は許す。だが魅了を使ったという証拠が出ておるのだ。淫魔との関わりが否定できぬ以上、見過ごすことはできん」
「で、ですが……」
「では、貴様は民が全員魅了され、操り人形と化すほうが良いと?」
皇帝はギロリとその人を睨みます。
「い、いえ、そのようなことは……」
「ならば黙れ。反論は認めん」
「ぐ……」
その人が黙ると、皇帝はまた優しい表情に戻りました。
「さて、ローザ嬢。見苦しいところを見せてしまったな。だだ、覚えておいてくれ。我が国はローザ嬢を歓迎する。いつでも、自由に訪れるが良い」
「は、はい。ありがとうございます」
「うむ。ツェツィーリエ教諭も、ご苦労であった」
「恐縮に存じます」
「うむ。では、下がるが良い」
「は、はい。ごきげんよう」
あたしはカーテシーをすると、そのまま謁見の間を後にするのでした。
◆◇◆
宮殿を出たあたしたちはフリートヘルムさんの救護院に立ち寄りました。フリートヘルムさんにお別れをするためです。
「フリートヘルム、世話になったわね」
「こちらこそ助かったわ」
フリートヘルムさんはそう言うと、ツェツィーリエ先生とハグをしました。
「それにローザちゃんも。未来を担う若い子に経験を積んでもらえてよかったわ」
「え? えっと……」
でもあたし、魅了の解除は結局……。
「あら? なんて顔をしているの?」
「だってあたし……」
「十分よ。それに、また来ればいいでしょう? それに、この冬には卒業なんでしょう? なら時間はたっぷりあるじゃない」
「あ……それは……」
でもあたし、魅了の解除ができなかったから卒業できないんじゃ……。
「そうね。ローザちゃんがどういう道を選ぶのかは分からないけれど……」
ツェツィーリエ先生はそう言うと、あたしのほうをちらりと見てきます。
「えっと……」
あたしが困っていると、ツェツィーリエ先生はくしゃりと表情を崩しました。
「そうね。帰ったら公爵閣下と相談しないといけないわね」
「……はい」
そうですよね。卒業できなくてもあたし、このまま娘でいていいんでしょうか?
お義父様は優しいからいきなり追い出されるなんてことはないと思いますけど……。
「それよりローザちゃん、フリートヘルムにきちんと挨拶しないと」
「あっ!」
そうでした。
「フリートヘルムさん、お世話になりました」
「ううん。こちらこそ、とっても助かったわ。このままうちの助手として残ってほしいくらいよ」
「えっ? それは……」
「分かっているわよ。学園があるものね。でも、卒業したらうちに就職してもいいのよ?」
フリートヘルムさんはパチンとウィンクをしてきました。
「えっと……」
「はいはい。その話はまた今度にしてちょうだい」
ツェツィーリエ先生が会話に割って入ってきました。
「あら、ケチね」
「まったく……」
冗談めかしてそう言ったフリートヘルムさんに対し、ツェツィーリエ先生は肩をすくめました。
「それじゃあフリートヘルム、また会いましょうね」
「もちろんよ。できればすぐにでも来てちょうだいね。人手が足りないもの」
フリートヘルムさんの言葉にツェツィーリエ先生は微笑みを返しました。
「ローザちゃんも、いつ来てもいいのよ?」
「はい。また来ます」
「ええ」
こうしてあたしたちはフリートヘルムさんとお別れをし、帝都カイゼルブルクを後にしたのでした。
次回更新は通常どおり、2025/10/11 (土) 20:00 を予定しております。