第五章第26話 魅了を解除しちゃいました
2025/10/10 名前の取り違えを修正しました
「ローザちゃん、もういいわ。ツェツィーリエ、お願い」
「そうね。ローザちゃん、いいかしら?」
「え? えっと……」
ツェツィーリエ先生はあたしのほうをちらりと見てきました。
「それはまた来ればいいじゃない。被害者はまだまだたくさんいるわ。今年中になんてとても終わらないわ」
「……そうね」
フリートヘルムさんの言葉にツェツィーリエ先生はそう言って小さく頷くと、もう一度あたしを見てきました。
「いいかしら?」
「えっと……はい」
「本当にいいのね?」
「はい……」
どうしたらいいのか全然わかりませんし……。
「そう。分かったわ。別の方法を考えないといけないわね」
ツェツィーリエ先生はそう言うと、エッカルトさんのほうへと歩いていきます。
……別の方法? って、あれ? そういえばあたし、魅了解除の魔法を使えるようにならないと卒業できないんじゃなかったでしたっけ?
あ、あたし、どうしたら……?
「おい! なんだ! 何をする気だ! 来るな!」
突然、エッカルトさんは暴れ始めました。両手両足が鎖で繋がれているのにものすごい迫力で、ツェツィーリエ先生も近寄るのをためらっています。
「おい! 暴れるな!」
兵士の人たちが取り押さえようとしますが、なんと体の動きだけで兵士の人たちをつき飛ばしてしまいました。
う……怖いです。
「ピピッ!」
突然ピーちゃんがあたしの腕の中から抜け出すと、ぴょんと飛んでエッカルトさんの顔面に張り付きました。
「ピーちゃん!」
「もごっ!? もがっ! むむー!」
エッカルトさんは振り落とそうと頭を振っていますが、ピーちゃんはべったりとくっついて離れません。しかも体を薄く伸ばし、エッカルトさんの全身を薄く覆っていきます。
「な、何? ちょっと? 何してるの?」
フリートヘルムさんが困惑した様子であたしに聞いてきましたが、あたしだってよくわかりません。
あたしは小さく首を横に振ります。
「えっと……多分ですけど、暴れて危ないから取り押さえようとしてくれているんじゃないかと思います」
「……従魔が命令もなしに?」
「えっと……ピーちゃんはあたしの大事なお友達で、いつも助けてくれるんです」
「え? 従魔が? そんなことって……」
フリートヘルムさんはそう言って絶句しています。
あの、それってそんなに絶句するほどなんでしょうか?
「えっ?」
ツェツィーリエ先生が短く声を上げたので振り向くと、ツェツィーリエ先生が目を見開いて驚いています。その視線の先にはピーちゃんがエッカルトを取り押さえてくれていて……え?
ピーちゃんが魔法を使っています!
全身から淡くて白い、なんだかとても優しい光を放っていて……あ!
光は収まり、ピーちゃんはまるで崩れ落ちるようにエッカルトさんから離れて床へと落ちていきます。
「ピーちゃん!」
あたしはピーちゃんに駆け寄り、力なく床で平らになっているピーちゃんを抱き上げました。
「大丈夫ですか? ピーちゃん!」
「ピピ~」
ピーちゃんは体の一部を少しだけ伸ばし、ふるふると震わせました。
ああ、良かった。大丈夫みたいです。
「無理をしないでください」
「ピピ~」
「もう。ピーちゃん……」
いくら暴れているからってこんなになるまで頑張るなんて……。
「う……俺は……一体? なぜルクシアなんかを?」
その声に顔を上げると、エッカルトさんは顔面蒼白になっていました。
「え? スライムが……魅了を解除した?」
「そんなことが……」
振り向くと、ツェツィーリエ先生とフリートヘルムさんが目を見開いて驚いています。
「えっと、もしかしてピーちゃん、エッカルトさんの魅了を解いてくれたんですか?」
「ピピ~」
ピーちゃんは体の一部を伸ばし、ふるふると震わせました。
「すごいです!」
「ピピ~」
いつもならもう少し自慢げな感じになりそうなものですが、今日は特にこれといった感情はなさそうです。
やっぱり疲れているんでしょうか?
そうですよね。はい。そうに違いありません。
「ピーちゃん、ありがとうございます。でも、あんまり無理しないでくださいね」
「ピピ~」
ピーちゃんはそう答えながら、今度は嬉しそうに体の一部をふるふると震わせたのでした。
◆◇◆
ピーちゃんがエッカルトの魅了を解除したという報せはすぐさま皇帝に届けられた。
「は? 公爵令嬢の従魔のスライムが魅了を解除した?」
「はっ」
「さすがにそれは見間違いではないのか?」
「いえ、見間違いではございません。聖者フリートヘルム殿もツェツィーリエ教諭も驚いていたそうです」
「だがそのような非常識なことが……」
「今回は複数の兵士が、スライムが魅了を解除する瞬間を間近で目撃しておりました。しかも公爵令嬢がスライムの従魔が魅了の解除に成功したことを褒めている様子も目撃しております」
「……そうか。間違いではないのだな」
皇帝は険しい表情で腕組みをし、報告に来た兵士は緊張した表情でそれを見守っている。
「そのスライムはただのスライムではなかろう。なんという種族だ?」
「マルダキア側の申告ではスライムとありますが……」
「ただのスライムが光属性を扱えるはずがなかろう!」
「で、ですが……あ! マレスティカ公爵令嬢はスライムの従魔のことをピーチャンと呼んでおります」
「ピーチャン? それが種族名なのか? ただの名づけではないのか?」
「それは……ただ、ですがテイマーの中には種族名で呼ぶ者もおりますので……」
皇帝は呆れた様子で報告に来た兵士を見やる。
「も、申し訳ございません! 種族名は分からず……」
すると皇帝は大きなため息をついた。
「まあ良い。他に報告は?」
「いえ、ございません」
「そうか。では下がれ」
「はっ!」
兵士は敬礼すると、そそくさと退室していった。それを見送った皇帝は表情を変えず、小声で何かをぼそりと呟くのだった。
次回更新は通常どおり、2025/09/27 (土) 20:00 を予定しております。
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