第五章第24話 皇帝の沙汰
ローザが魅了解除に苦戦しているころ、ハプルッセン帝国の皇帝の許に側近たちが集まっていた。
「ご報告申し上げます」
側近の一人が深刻そうな表情で口を開く。
「うむ」
「聖ルクシア教会が魅了を使い、民を洗脳していたことが確定しました」
「そうか。詳しく報告せよ」
「は。聖者フリートヘルム殿が魅了解除の魔術に成功したとの報告が上がって参りました」
「解除された者の様子は?」
「は。かなり自分の行いを悔いているようで、自分を殺してほしいと懇願する者もいたそうです」
「なるほど。魅了とはそれほどまでに人の意志を捻じ曲げてしまうものなのか。正教会の言う、聖サルバトーレとアドナツィオ帝国の言い伝えは事実なのかもしれんな」
皇帝はそう言ってニヤリと笑ったが、側近たちは困惑した表情を浮かべている。
「どうした? そんな顔をして」
「い、いえ……」
皇帝は再びニヤリと笑う。
「そ、その……」
側近たちは反応に困り、口ごもってしまった。彼らの表情をニヤニヤしながら見ていた皇帝だったが、すぐに真顔に戻る。
「まあいい。それで? ルクシアはどうやって魅了を掛けた? まさか淫魔を手引きしたなどと言うのではあるまい?」
「は。不明ではありますが、どうやらアルノー枢機卿がなんらかの鍵を握っているらしいということは分かっています」
「アルノー枢機卿? ああ、聖職者のくせに丸々と太った豚のようなうさん臭い男か」
皇帝の言葉に側近たちは再び困ったような表情を浮かべる。
「で? なぜそうと分かった?」
「は。聖者フリートヘルム殿の治療を受けた者たちに共通していたのは、アルノー枢機卿の説法を複数回聞いていたということが判明したからです」
「ほう? 詳しく話せ」
「は。アルノー枢機卿が説法していたのは聖ルクシア教会が聖堂と呼んでいる教会のみです。ですが、その教会で説法を聞いた者たちのうち、アルノー枢機卿の説法を聞いていない者の中に魅了の被害者はおりませんでした。そのため、教会そのものになんらかの仕掛けがあるわけではないということが判明しております」
「ふむ。続けよ」
「一方でアルノー枢機卿の説法を聞いた回数が多ければ多いほど狂信的な聖ルクシア教会の信徒となっていました。それこそ家族や恋人に手を掛けてしまうほどに」
「……つまり、アルノー枢機卿が魅了の魔術を使ったと?」
「は。そのとおりでございます」
「ふむ。厄介だな……」
「もう一つの仮説といたしまして、なんらかの魔道具を所持しているというものもございます」
「ふむ。なるほどな……」
皇帝は険しい表情でじっと考え込み、側近たちはそれを固唾をのんで見守っている。すると突然皇帝が表情を緩めた。
「おお、そうだ」
「なんでございましょう?」
「ローザ嬢はどうしておるのだ?」
「は?」
「聞こえなかったか? ローザ嬢はどうしておるのかと聞いたのだ」
「え? は、ははっ! どうやらまだ未熟なようで、魅了解除の魔術を習得できていないようです」
「ふむ。魅了解除の魔術とは難しいのだな」
「はっ。聖者フリートヘルム殿も一日に一人が限度だそうで、それはマルダキア魔法王国のツェツィーリエ教諭も同様のようです」
「なるほどな。まだ魔力も伸びきっておらぬ年若いローザ嬢にはまだ荷が勝つのかもしれんな」
皇帝は穏やかな声でそう言うと、まるで孫を愛おしむ祖父のような優しい気な笑みを浮かべた。それを見た側近たちはギョッと目を見開き、皇帝の顔をまじまじと見る。
「む? なんだ? 余の顔に何かついているのか?」
「い、いえ……」
再び険しい表情に戻った皇帝にそう言われ、側近はさっと顔を逸らした。
「ふむ。まあいいだろう。ローザ嬢について他に報告は?」
「はっ! ローザ嬢は現在、聖者フリートヘルム殿の救護院にて、聖者フリートヘルム殿の代わりに怪我人の治療に当たっているそうです。患者の評判もかなり良いようで――」
「それはそうであろう。オーデルラーヴァの連中の言うとおり、彼女は絶世の美少女だったのだからな」
皇帝はなぜか満足げな様子でそう語る。
「……そのローザ嬢についてですが、これは確認が取れているわけではないのですが……」
「なんだ? 申してみよ」
「はっ。恐れながら、ローザ嬢は魔術師ではなく魔法使いなのではないか、との説がございます」
「ん? 魔法使い? 実在するのか?」
「はっ。聖者フリートヘルム殿とツェツィーリエ教諭がそのようなやり取りをしていたと看守の一名が申しておりました。ただ、同じ場所にいた別の看守はその会話を聞いていなかったようで……」
「確認すればよかろう」
「それが、はぐらかされているようです」
「なんだ。それでは認めたようなものではないか」
「は。ですが確認は取れておりませんので……」
「ふむ……」
「……陛下、ローザ嬢を召喚なさいますか?」
「召喚? わざわざそんなことの確認のために?」
皇帝は明らかにムッとした様子でそう聞き返す。
「い、いえ……失礼しました」
「うむ。ローザ嬢はマルダキア魔法王国の公爵令嬢である。礼を失するような真似は許さん」
「はっ!」
皇帝が鋭い目つきでそう言うと、側近は勢いよく返事をしたのだった。
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