第五章第12話 シルヴィエさんとお話しました
コンコン。
「お嬢様、シルヴィエ卿がいらっしゃいました」
あっ!
「はい! どうぞ!」
「失礼します」
シルヴィエさんの声がすると、扉がゆっくりと開かれます。そして騎士の制服姿のシルヴィエさんが入ってきました。
その後ろからラダさんが続いて入ってきます。
「ミャ」
膝の上にいたユキは小さく鳴いてから立ち上がるとすぐにぴょんと床に降り、グッと伸びをしました。
あたしもベッドから立ち上がり、シルヴィエさんのほうへと向かいます。
「シルヴィエさん!」
「マレスティカ公爵令嬢、本日の夜間警護のお手伝いさせていただきます」
シルヴィエさんは昼間と同じ、硬い表情でそう言いました。
え? あれ? 前みたいにしてくれるんじゃ……。
バタン。
ショックを受けていると、扉が閉まる音が聞こえてきました。ラダさんが扉を閉めたみたいです。
ラダさんはそのままシルヴィエさんのところに近づきます。
「シルヴィエ卿、この部屋の警護をお願いいたします」
「承知しました」
シルヴィエさんがそう答えると腰に佩いていた剣を取り、鞘ごとラダさんに渡しました。
「それではお嬢様、私は控室におります」
ラダさんはそう言うと、そのまま隣の部屋へと向かいます。
バタン。
「ふう。これでプライベートね。ごめんね、ローザちゃん」
ラダさんが隣の部屋に行き、扉が閉まるとシルヴィエさんはそう言って優しい微笑みを浮かべました。
「あ……」
シルヴィエさんはつかつかとあたしのほうへと歩いてきます。
「ローザちゃん、綺麗になったわねぇ」
「シルヴィエさん!」
あたしは駆け出し、シルヴィエさんに抱きつきます。
「あらあら、もう。大きくなったのにまだまだ子供なんだから……」
シルヴィエさんはそう言いながらもあたしのことを抱きしめてくれます。あたしもぎゅっとシルヴィエさんの体を抱きしめ返すのでした。
◆◇◆
それからあたしはシルヴィエさんと並んでソファーに座り、これまでのことをたくさんお話をしました。オーデルラーヴァを出発してジャイアントマーダーベアに襲われたことやツェツィーリエ先生のこと、魔法学園でのことやお義姉様のこと。それにもう卒業しちゃいましたがいつも助けてくれていた公子さまのこと。あとはお友達のこともです。
シルヴィエさんは相槌を打ちながらニコニコと話を聞いてくれていて、そして話題はブラジェナさんたちのことに移ります。
なんと、ブラジェナさんたちはルクシアの奴らの本拠地があるレムルスにお引っ越ししたそうです。
「じゃあ、やっぱりブラジェナさんたちは最初からルクシア教会の……」
「違うわ。彼女たちは間違いなく、正教徒だった」
「えっ?」
「ローザちゃんも知っているでしょうけど、彼女たちはピーちゃんを嫌っていなかったわ。触らせてもらっていた者たちもいたでしょう?」
「……はい」
「それにね。彼女たちはルクシアではなく、正教会の教会に行ってお祈りをしていたの。正教会はどこでお祈りしてもいいって言っているけど、ルクシアはルクシアの教会以外で祈ることを許さない。だから、もしルクシアの信者だったのならそんなことはしないはずよ」
「……じゃあ、あたしが出発してから改宗したんですか?」
「そうね。より正確に言うなら、レオシュがクーデターを起こした後ね」
「……」
「ただね。おかしいのよ。ブラジェナたちは信徒である前に女性騎士で、そのことに強い誇りを持っていたの。だからいくら改宗を強制されたとしても、レオシュたちがいなくなれば女性騎士に戻るはずなのよね」
それは……そうですね。レオシュたちにあんな目に遭わされてもずっと騎士をしてたくらいですし。
「だからね。私はルクシアには、何かおかしな力があると思っているの」
「おかしな力?」
「そう。人の意志を変えてしまうような、そんな恐ろしい力がね」
「……それってやっぱり、【魅了】ですか?」
「思いつくとしたらそれだけど……どうかしらねぇ。淫魔王の物語は一応知っているけれど、もしルクシアが本当にそんな力を持っているなら、その勢力はもっと強くないとおかしいわ」
そうかもしれませんけど……。
「ただね。オフェリア隊長は、きっとそのおかしな力の被害者だと思うの」
「っ!」
オフェリアさんが!?
「だって、そうじゃないとオフェリア隊長がレオシュなんかに着いて行くはずがないもの」
「はい! そうですよね!」
「だからね。もしローザちゃんがオフェリア隊長を見つけたら助けてあげて」
「でも、行方不明だって……」
「そうね。ただ、私はハプルッセン帝国がどこかに隠してるんじゃないかって疑っているの」
「それって……」
「あの国は本当に強かで、目的のためならどんな汚いことだってやる国よ」
「はい……」
「それにね。彼らにとっては宗教だって道具に過ぎないわ。ルクシアだろうが正教会だろうが、利用できる間は利用するっていうだけよ」
「……」
「現にね。レオシュのクーデターを裏で支援していたはずなのに、最終的には自分たちは無関係だって言い張って、いまだになんの責任も取っていないわ」
シルヴィエさんは苦々し気にそう吐き捨てました。
そう、ですよね。それに魔法学園を襲ったゴーレムはハプルッセンのだっていう話ですし、決闘のときにあの人が使ったゴーレムもハプルッセンのものでした。
……あたし、ハプルッセンに行って大丈夫なんでしょうか?
なんだか今さらですけど、不安になってきました。
「だからね。ハプルッセンではきちんと周りに注意して。いつでも逃げられるようにしておくのよ」
「はい」
「それと食べ物も。眠り薬を入れられて誘拐なんてこともあり得るわ」
「は、はい……」
シルヴィエさんの真剣な表情に、あたしは思わずコクコクと何度も頷いたのでした。
◆◇◆
一方その頃、ヴラドレンは事情を聞かされたアントネスク侯爵によって自室へと連行されていた。
「この馬鹿者が! 公爵令嬢の私室に忍び込もうとするなど、何を考えておるのだ!」
「お言葉ですがぁ! 公爵令嬢がぁ! 美しすぎるのがいけないのです!」
「はぁっ!? この馬鹿者が! 一体どれだけ飲んだ」
「えぇ~? ワインをぉ、二本? 三本?」
侯爵は眉間にしわを寄せ、深いため息をついた。
「まったく。酒はしばらく禁止だ。たとえヴラドレンがなんと命じようとも酒は渡すな。良いな?」
「ちょっ!? おじい様ぁ! いくらなんで――」
「黙れ! お前はしばらく謹慎だ! マレスティカ公爵令嬢には儂から謝罪しておく」
「ですがぁ! 彼女をぉ! 落とすのはぁ!」
「いいから黙らんか! その体たらくでそんなことができるはずがなかろう!」
「ですがぁ!」
「おい! この馬鹿者を寝室に軟禁しておけ! このままでは国際問題だ!」
「「「「ははっ!」」」」
「おぉいぃ! 放せぇ!」
「侯爵閣下のご命令ですので」
「やめぇろぉ!」
ヴラドレンは暴れようとするが、酔って力が入らないのか騎士たちに引きずられて自室へと連行されるのだった。
次回更新は通常どおり、2025/06/07 (土) 20:00 を予定しております。





