第五章第2話 新入生はまさかの人でした
と、そのときでした。扉がノックされたかと思うと、そのまま勢いよく扉が開かれ、スラッとした背の高い一年生の男子生徒が入ってきました。
明るい茶髪に青い目、鼻も高いんですが、なんだかちょっと怖そうな顔をしています。
「……フランツ殿下、で合っていますわね? わたくしはまだ入室を許可していませんわよ?」
「これは失礼しました。ですがマルダキアの礼儀には疎く、ご容赦ください」
その人はそう言って室内を見回したかと思うと、あたしを見てニヤァと気味の悪い笑みを浮かべました。
ひっ!?
突然背筋に悪寒が走ります。
な、なんなんですか!? この人!
「いい加減になさい。ここはマルダキア魔法王国。我が国には我が国の礼儀がありますわ。いかに皇族とはいえ、最低限の礼儀もわきまえないならハプルッセンにお帰りくださいませ」
えっ!? ハプルッセン!? それって……。
「おやおや、これは手厳しい」
その男は大げさだとでも言わんばかりに手を広げましたが、すぐに胸に手を当てます。
「マルダキア魔法学園生徒会の皆さん、私はハプルッセン帝国第四皇子フランツ・フォン・ハプルッセンと申します。どうぞお見知りおきを」
フランツはそう自己紹介しましたが、なんだか鼻につく感じです。
「……生徒会長のレジーナ・マレスティカですわ。こちらから順に副会長のレアンドル・タルヴィア・コンスタンティン、書記のローザ・マレスティカ。後の二人は同級生ですわね?」
「ええ。どうぞよろしく」
フランツはそう言うと再びあたしを見てきて、ニヤリと笑いました。
ううっ、やっぱり気持ち悪いです。
「いくら皇子殿下といえどもここでは生徒会の一員にすぎません。真面目に職務を果たさないのであれば出て行ってもらいますわ」
「おやおや、つれないお方ですね。我が国ではこのぐらいのことは普通なんですがねぇ」
フランツはそう言うと、今度はウィンクをしてきました。
この人は……。
「はぁぁぁ」
お義姉様が大きなため息をつきました。
「殿下、そちらの席へ」
お義姉様はそう言って、あたしから一番遠い席を指し示します。フランツは抵抗するかと思いましたが、なんと素直にその席に座りました。
「殿下のことについてはわたくしも先ほど聞いたところです。両国の和解の証として、殿下を留学生として受け入れることになりました。そのつもりで仲良くしてくださいませ」
「ええ。皆さん、よろしく」
フランツは再びあたしに向かって微笑みかけてきました。あたしばかり見ないでほしいと言おうと思ったのですが、あたしが口を開くよりも早くレアンドルさんがまるで非難するような口調で話し始めます。
「ハプルッセンということは、ルクシア教徒ですよね? 我が国においてルクシアは邪教なんですけどねぇ」
「ああ、ご安心を。オーデルラーヴァの一件を受け、我が国は正教会も併せて国教とすることになりました。それに私はそもそもルクシア教徒ではありませんし」
ですがフランツは涼しい顔でそう答えました。
「そうでなければ、学園内に入れていませんよ。あれを踏みつけるのはルクシア教徒にはできないでしょうしね」
「でも!」
「貴殿の事情は知っていますが、我が国は無関係です。あれはあくまで、オーデルラーヴァの連中がやったこと。我が国はきちんとその首謀者を見つけ、貴国に引き渡したではありませんか」
「そ、それは……」
「それとも、まだ何か?」
「う……」
なんとレアンドルさんがあっさりと言い負かされてしまいました。そんなレアンドルさんを、フランツはまるで憐れむようなような表情で見ています。
「ご理解頂けて何よりです」
フランツは笑みを浮かべ、再びあたしのほうに視線を送ってきます。するとそこへお義姉様が割って入ってきてくれました。
「皆さん、殿下は親善交流のために来ていますわ。そのつもりで接しなさい」
「はい」
「では、今日はこれで解散としましょう」
「おや、でしたら校内の案内をお願いしたいですね」
フランツがそう言ってあたしのほうにまた視線を送ってきます。
「ええ。もちろんですわ。レアンドル、一緒に来て下さる?」
「……はい」
あ、良かったです。あたしは帰っていいみたいですね。
と安心していたのですが、フランツがとんでもないことを言いだします。
「お待ちください。せっかくですから私はローザ嬢にもご一緒したく思います」
「えっ!?」
「おや? 何かご予定でも?」
「えっと、そういうわけじゃ……」
「ならばぜひ、ご一緒しましょう。これから同じ生徒会の一員と頑張っていくのです。どうせなら親睦を深めたほうが良いのではありませんか?」
「う……それは……」
そうですよね。そのとおりです。
「せやな。ワイもローザ先輩とも仲良くなりたいで」
「わたくしも」
「……わ、わかりました。あたしも行きます」
「そう来なくては」
フランツは嬉しそうに微笑みましたが、やっぱりなんだか気持ち悪いです。
「ミャー」
膝の上にいたユキが安心して言わんばかりに小さく鳴きました。
「あ、ユキ……」
「えっ!? 今の声! もしかしてローザ先輩の?」
突然向かい側に座っていたルアンナさんが身を乗り出してきました。
「あ、はい。ユキっていいます。ユキ」
「ミャ」
ユキはルアンナさんに挨拶する気が無いのか、あたしの膝の上で丸まったまま小さく返事をしたのでした。
次回更新は通常どおり、2025/03/29 (土) 20:00 を予定しております。





