第四章第113話 籠城する者たち
翌日、オーデルラーヴァはマルダキアとベルーシの軍勢によって完全に包囲された。対するオーデルラーヴァ側は城門を固く閉ざし、徹底抗戦の構えを見せている。
だが、王城では異変が起きていた。
ここは王の執務室。レオシュの父親でもある国王が不安そうな表情で集まった廷臣たちに尋ねる。
「レオシュは? レオシュはどうしているのだ? 早くレオシュを呼んできなさい。優秀なレオシュならば必ずやこの苦境を乗り越えてくれるはずだ」
廷臣たちは気まずそうにお互いを見やるが、全員が首を横に振った。
「レオシュを! レオシュを呼んできなさい! 早く!」
なんども息子を呼ぶように命じる国王に一人の男がたまらずといった様子で返事をする。
「陛下」
「レオシュを――」
「陛下!」
「っ!?」
男が大声を上げると、国王はビクンとなって硬直する。
「よろしいですか? レオシュ殿下は昨晩より姿がありません。いつもの側近たちと地下に向かったのが最後の目撃情報です」
「地下? ということはきっと何か作戦が……そうだ! ハプルッセンのゴーレムを――」
「それはトレスカ襲撃にすべて使ってしまいました。一体も残っておりません」
「う……だ、だが! 優秀なレオシュならきっと……」
「陛下! いい加減にしてください! レオシュは! あいつは逃げたのです! 我々も! 父親である陛下すらも見捨てて!」
「そんな……」
「よろしいですか? レオシュは決して優秀ではありません」
「だが! あいつはなんども素晴らしい成果を上げていたではないか!」
「大半は他人、特にオフェリア隊長のものを横から盗み取っていただけです!」
「っ!? なんだと!? よくもそのような侮辱を!」
「その証拠に! クーデター以降はなんの成果も!」
「な、ならば! オフェリアにやらせれば良いだろう! 夫の役に立つのが妻の役目であろう!」
すると男は大きなため息をついた・
「なんだ! その態度は!」
「無理なのです」
「何!?」
「そのオフェリア隊長の姿もありません」
「何!?」
「それに……」
「む?」
「今のオフェリア隊長にはその力はありません。ルクシアの洗礼を受け、レオシュに傅くだけの人形へとなり下がりました」
「な……ならば……そうだ! 司祭様だ! 司祭様を呼びなさい! 今こそルクシア様の奇跡を……」
「司祭様がたは全員、ルクシアに戻ると言って旅立たれました。お忘れですか? 優秀なレオシュ殿下が聖女ローザ奪還作戦に失敗したあの日にです」
「う……ならば……どうすれば……」
「我々のほうで、一応ハプルッセンに救援を要請する使者は出しておきました」
「おお! そうか! ハプルッセンならばきっと――」
「応じてくれる可能性は低いでしょうがね」
「なぜだ! オーデルラーヴァは中立の地! それを侵略するなど!」
「そうですね。そう考えてくれるといいですがね」
すると国王はなぜか満足げな表情を浮かべ、大きく頷いた。
「よし! そうと決まれば、あとは援軍が来るまで徹底的に籠城だ!」
国王の命令に廷臣たちは困惑した表情で再び互いに顔を見合わせる。だが他に案があるわけでもないらしく、一様に暗い表情でため息をつきながらも頷いたのだった。
◆◇◆
それから一週間が経過した。無謀な徴発と寄進によって蓄えが不足していたため、ついに食料が底をついてしまった。
突然配給が停止し、それに怒った市民たちが続々と王城へと押しかけてくる。
「待ちなさい! 今は非常事態だ! 祖国を守るためにも、今は団結するときだ!」
「早く家に帰りなさい!」
騎士たちが市民に呼び掛けるが、市民たちは彼らに食って掛かる。
「どうして配給が止まったんですか!」
「あたしたちはあんなにたくさん麦を差し出したのに!」
「子供だっているんですよ!」
「そうだそうだ!」
市民たちは口々に抗議する。
「……そのことについては分からない。だが、ハプルッセンの援軍が来るまでは耐えよと陛下は仰せだ。陛下を信じ、ルクシア様の加護を信じるのだ」
「……」
市民たちの顔に不満の色が浮かぶ。
「だが、食べ物がなくて困っているということは理解できる。配給をきちんと回すように、上に掛け合ってみよう」
「……本当ですか?」
「ああ。オーデルラーヴァのためにも、今は団結するときだ」
「……わかりました」
こうして集まった市民たちは各々の家へと戻っていき、同時に王が配給の再開を約束したという噂が市中に広まるのだった。
◆◇◆
交代の時間となり、市民たちをなだめて帰宅させた騎士たちは王への謁見を請った。だがそれはにべもなく却下され、文官が代理で配給再開の要請を受け取る結果となった。
そして翌日、その翌日も配給は止まったままで、あろうことかなんと要請をした騎士たちへの食事までもが減らされる結果となった。
そのことに驚いた騎士たちは持ち場を離れ、直訴すべく王城の奥へと向かう。するとそこで彼らが見たのは、豪華な食事に舌鼓を打つ元第一隊の騎士たちの姿だった。
彼らは昼間からワインを飲んで酔っ払っており、ステーキを頬張っている。
「な、な、な……この非常事態になんということを!」
「ああん?」
「おい! そんな余裕があるなら市民に!」
「あ゛あ゛? あんだぁ~? お前は!」
「騎士だ! あなたたちと同じ、な」
「はっ! なぁにが騎士だ。魔術も使えねぇゴミの分際でよぉ~!」
酔っぱらった元第一隊の男たちはそう言ってグラスを傾ける。あまりのことに彼らは呆れたような表情を浮かべ、大きなため息をついた。
「……こんなこと、陛下がお許しになられたのか?」
「あぁん? あいつはぁ~、も~腑抜けだぜぇ~」
「なんという口の利き方を……」
「ああ? い~じゃねぇか。どうせあいつはレオシュがいなきゃなんもできねぇんだからよぉ~」
「……そういえばレオシュ殿下は?」
「逃げたよ」
「はっ?」
「仲のいい連中とお気に入りの女どもをぞろぞろと連れて、な」
「な、な、な……」
「金もたんまり持ち逃げしたってよ。かっ! これが呑まずにやってられっか!」
酔っぱらった男は吐き捨てるようにそう言うと、再びグラスを傾けるのだった。
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