第四章第111話 開戦
ローザたちがクルージュに到着してしばらく経ったある日、王太子率いるマルダキア王国諸侯連合軍がフドネラからオーデルラーヴァを目指して出撃した。
連合軍はまず、オーデルラーヴァに占領された砦が見える場所へとやってきた。木造の砦からはすぐに矢が射掛けられるが、距離が遠すぎるため届いていない。
騎士たちがそのまま動かずにいると、届かないことを察知したのか矢は飛んでこなくなった。
するとその様子を後方から見守っていた王太子が馬を並べているマルセルに話しかける。
「どうするのだ? 籠城する相手を倒すのは大変なのだろう?」
「はい。ですがそれは堅牢に作られた砦であればの話です。あの砦は急ごしらえで建築された簡単なものです。押せば簡単に破れるでしょう」
「なぜそんな砦を連中は維持し続けているのだ?」
「それは連中が血を流して手に入れ、血を流しながら維持しているからです。敵将はサンクコストを諦めることができないのでしょう」
「これまでずっと補給を邪魔し続けていたのだったな」
「はい。だからこそ、近づけまいとこれだけ離れているにもかかわらず矢を射掛けてきたのでしょう」
「……そうか。ふん」
王太子はつまらなそうにそう言ってから鼻で笑うと、すぐに作戦の開始を支持する。
「全軍、計画どおりに動け!」
その言葉を合図に騎士団は一斉に陣形を変えていく。騎士たちの列が割れ、その中から四台の大砲が進み出た。
「破城砲、砲撃準備!」
するとそれぞれの大砲の後ろから大きな金属球を装填する。
「撃て!」
指揮官の合図で砲主の男たちがそれぞれの担当する大砲の魔力を込めた。
ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ!
空気が漏れるような鈍い音と共に一斉に砲弾が飛んでいき、放物線を描きながら砦に着弾した。
バリバリバリ!
砦の壁や門はいとも簡単に破壊された。
「次弾装填!」
「「「「はっ!」」」」
大砲の後ろを開け、再び大きな金属球を装填する。
「撃て!」
すると放たれた金属球は砦の壁だけでなく、今度は櫓にも直撃する。
バキッ! ギシ、ギシ、トシャァァァァ!
直撃で柱が折れた櫓は音を立てて崩壊した。
「次弾装填! 従魔隊! 突撃準備!」
「「「はっ!」」」
「撃て! それを合図に突撃!」
三度砲弾が撃ち込まれ、それと同時にワイルドボアという大きなイノシシの魔物の集団が突進していく。
残った櫓からパラパラと矢が射掛けられるが、今度はその櫓を狙って再び砲弾が撃ち込まれる。生憎砲弾は櫓に命中しなかったが、近くの壁や建物が被害を受ける。
そうこうしているうちにワイルドボアの集団は砦の壁に頭突きをした。
バリバリバリ!
木製の壁は紙を破るかのように破られ、ワイルドボアたちが砦の中に雪崩れ込む。
「続け! 包囲殲滅だ!」
騎士たちは盾を構えながら砦へと突撃を始める。
「う、うわぁぁぁ」
「もうダメだ!」
「逃げろ!」
「おい! 待て! 持ち場を離れるな!」
「うるさい!」
部隊長らしき男が慌ててそれを諫めるが、一度恐慌状態に陥った兵士たちは我先にと持ち場を離れて逃げ出す。
「待て! お前ら! 騎士としての誇りはないのか! 名誉を捨てるつもりか!」
「知るか!」
「こんなところで使い捨てにされてたまるか!」
「おい! こっちだ!」
「おう!」
兵士たちはオーデルラーヴァ方面の門を開き、次々と外へと飛び出した。そしてそのまま雪の積もった道をオーデルラーヴァへと向かって一目散に走って行く。
「クソッ! 陣形を整えろ! 脱走者は処刑だぞ! 陣形を整え――」
グシャッ!
なんと、そう叫んでいた部隊長らしき男の頭部に砲弾が直撃した。
「え?」
「隊長!?」
「うわぁぁぁ」
「もうダメだ!」
目の前で起きた惨劇に兵士たちはパニックとなった。それはすぐさま残った兵士たちにも伝播し、彼らも我先にと逃げ出す。そこへマルダキアの騎士たちが突入し、瞬く間に砦は陥落したのだった。
◆◇◆
破壊された砦に入った王太子だったが、すぐに違和感を覚えたのかマルセルに質問する。
「敵兵はこれしかいなかったのか? この広さの砦で捕虜五名、死者十名はあまりにも少ないのではないか?」
するとマルセルは涼しい表情で言い放つ。
「ああ、それはわざと退却路を開けておいたからです。大半はオーデルラーヴァのほうへと逃げて行ったはずですよ」
王太子はそれを聞いて眉を顰める。
「……それではオーデルラーヴァでの戦いが面倒になるだけではないか? もっと多くの捕虜を取ったほうが良かったのではないか?」
「いえ、ご心配には及びません。彼らがオーデルラーヴァにたどり着くことはありませんので」
「どういうことだ?」
「別働隊を回しているとお伝えしていたはずですが……」
「それは聞いている。だが、あの程度の数では相当数を討ち漏らすのではないか?」
「いえ、問題ありません。敵は恐慌状態に陥っております。そこに不意打ちを掛けるのですから、より効果的に敵を殲滅できるでしょう」
「……なるほどな。兵法の教科書どおりというわけか。だが、逃げる者に不意打ちを仕掛けるなど、卑怯者のすることではないのか?」
「殿下、戦に卑怯も何もありません。正々堂々戦った結果、民を守れなければなんの意味もありません。それに、正面から戦えば我々の兵にも犠牲が出るでしょう。そのような犠牲は出来る限り減らしたほうが良いのではありませんか?」
「……そうだな。分かっている。分かってはいるさ」
マルセルに諭された王太子はそう言って複雑な表情を浮かべるのだった。
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