第四章第108話 聞き耳を立ててみました
それからビタさんとお話しはできませんでしたが、ミートパイはとっても美味しく焼けました。
外はサクサクで中はジューシーで、まるでお店で出てくるみたいな出来栄えだったんです。あたし、もう一年以上料理研究会で料理をしていますからね。かなり腕が上達したと思います。
このまま料理が上手くなればコックさんに……なるのは無理ですね。ルクシアの奴らが襲ってくるでしょうし、正教会の人たちも御使いとか言ってきてますもん。
はぁ。なんであたしばっかりこんな目に……って、落ち込んでいる場合じゃありません。
まずはビタさんがスパイかどうかを調べなきゃいけません。
でもなんだかビタさん、あたしを避けているみたいなんですよね。
心当たりは全然ないんですけど……やっぱりスパイだからあたしを警戒しているってことですかね?
あたしは自分のベッドにそのまま体を横たえました。いつものちょっと高い天井が夕焼けで茜色に染まっています。
「はぁ」
あたしは思わずため息をついてしまいました。するとピーちゃんがあたしの胸の胸上にぴょんと乗ってきました。
「ピ?」
「あ……心配してくれているんですか?」
「ピピッ」
「ありがとうございます」
あたしはピーちゃんが落ちないように左手で支えながら上体を起こしました。
「スパイかどうかを調べるのって、難しいんだなって思っていたんです」
「ピー?」
「え? そんなことない、ですか?」
「ピッ!」
自信満々な感じでふるふると揺れています。
「ピーちゃん、もしかしていい作戦があるんですか?」
「ピッ! ピピッ!」
「ホー?」
するとホーちゃんがいつものタンスの上から飛んできました。ホーちゃんはいつもどおり、音もなくベッドサイドの机に着地します。
「ピッ。ピピッ」
「ホー」
「ピピッ。ピピッ」
「ホー」
えっと……。
「ホー」
どうやら話が着いたようで、ホーちゃんは片方の翼を広げてきました。
「えっと、じゃあ、お願いします?」
「ホー」
「ピピッ」
するとホーちゃんはひらりと飛び、ユキが丸まっている窓のほうへと移動しました。
「外に出るんですか?」
「ホー」
「わかりました。ユキ、ちょっとどいてくれませんか? ホーちゃんが外に出たいみたいです」
「……ミャ」
ユキは立ち上がると頭を下げてお尻を上げて伸びをすると、ひらりと窓枠から降りました。窓を開けると、ホーちゃんはするりと飛び出し、そのまま近くの高い木の枝に留まりました。
……そのまま少し待っていたのですが、ホーちゃんはそこから動く様子がありません。
あたしはピーちゃんのほうを見ますが、ピーちゃんも特に何も言ってきません。
「ピーちゃん?」
「ピ?」
「えっと、ホーちゃんがあそこの木に留まって動かないんですけど」
「ピピ」
「えっと、それでいいんですか?」
「ピ」
いいみたいです。よく分からないですけど、きっとピーちゃんには何か考えがあるんだと思います。なので、このまましばらく見守ってみようと思います。
◆◇◆
すっかり日が暮れちゃいました。外はもう真っ暗闇で、ホーちゃんが留まっている木もあまりよく確認できません。
夜は少し冷えますし、いくらふわふわの羽毛があるとはいえ、寒くないでしょうか?
心配しながら窓から木のほうを見ていると、ピーちゃんが窓枠に飛び乗ってきました。
「ピッ! ピピッ」
「え?」
ピーちゃんはあたしに何かをしてほしいみたいですけど……。
「ピピッ! ピピー!」
ピーちゃんは体の一部を伸ばし、しきりにホーちゃんの留まっている木のほうを指し示してきます。
何かあるんでしょうか?
あたしは窓を開け、顔を出して見てみます。
……やっぱりちょっと冷えますね。ただ、何か変わった様子はありません。
「えっと……」
あたしが困っていると、ピーちゃんがあたしによじ登ってきました。
「え? ピーちゃん?」
「ピッ」
ピーちゃんはあたしの肩の上まで来ると、あたしの目のすぐ近くに体の一部を伸ばしてきました。そしてすぐにそれをホーちゃんの留まっている木のほうへと勢いよく動かします。
「えっ?」
「ピッ!」
ピーちゃんはもう一度同じことをします。
「……えっと、目を……あっちに? あ!」
そうでした! 最近使っていなかったのですっかり忘れていましたが、あたし、ホーちゃんと同じものを見られるんでした!
あたしは意識をホーちゃんに同調させるように念じます。するとすぐに女子寮の窓が並んでいる様子へと切り替わりました。
あ、あれ? あの窓から顔を出しているの、あたしですね。すごい! こんな暗闇なのにくっきりと見えます。
って、あれ? 視界が勝手に動き、下のほうの窓に近づいていきます。
あ、わかりました。これ、ホーちゃんが移動しているんですね。
うわぁ。ホーちゃんが見ている世界って、こんな風だったんですね。
感動していると、どこかの部屋の窓の正面にやってきました。
ここは……あ! ビタさんのお部屋!
中にはビタさんが一人でいるようで、パジャマ姿で枕を抱え、何か独り言を言っているようです。
でも同調しているのは視覚だけ……あれ? もしかして聴覚もできたりするんじゃないですか?
あたしは試しにホーちゃんが聞いている音が聞こえるように念じてみます。するとなんと!
「はぁー。面倒くさ。なんなのよ」
ビタさんの声です。ただ、普段とは全然口調が違いますね。あれが素ってことなんでしょうか?
「大体、ルクシアとかなんなの? パパのせいじゃん!」
かなり怒っているみたいです。ルクシアがパパのせいって、どういうことでしょうね?
「いくら神なんていないからって、金のためならあたしが死んでもいいってこと!?」
ビタさんはそう言って抱えた枕をぎゅっと握りました。
「大体さ。ローザもリリアもウザイんだよ。なんなの? あいつら! たまたま生まれ持った属性が光ってだけでちやほやされやがって」
え?
「ふざけんなよ! なんであたしが殺されかけなきゃなんないわけ?」
えっと……。
「とくにあのローザとかいう女! あたしと同じ平民だったくせに! ちょっと顔がいいからって調子乗んな!」
そんな……あたしは調子に乗ってなんか……。
「大体、何食ったらあんな下品な胸になるわけ? 持って生まれたものだけで男を誘惑して、将来は公子妃サマになりますってか?」
え? え?
「そのくせ男は苦手です、だ? ふざけんなよ! 使わないならあたしに寄越せ!」
な、なんでそんな……。
「はぁー。慰謝料寄越せよ! あのクソ女!」
あ、あたしは……。
「大体、金がないからこんな……」
ビタさんは怒りからか、ものすごい表情をしています。
「それもこれも全部パパのせいだ! ふざけんな! 子供を商売の道具にすんなよ!」
ビタさんは立ち上がり、抱えていた枕をベッドに向かって投げつけるとそのまま豪快にベッドにダイブしました。ベッドはギシギシと音を立てて揺れています。
それからビタさんはそのまま毛布を頭からすっぽりと被ってしまいました。
えっと……。
すると突然視界が移動し、気付けばピーちゃんと虚ろな目をしたあたしの顔が目の前にありました。
え? あっ!
慌てて感覚の共有を解除すると、目の前にホーちゃんが静かに羽ばたいていたのでした。
次回更新は通常どおり、2024/12/28 (土) 20:00 を予定しております。





