第四章第97話 リリアちゃんがいません
「お嬢様、お疲れ様でした」
「あ、はい。大丈夫です」
あたしは疲労感に浸るのをやめ、周りの様子を少し確認してみます。ベッドにはツェツィーリエ先生とリリアちゃんが治療していた生徒たちが眠って……あれ?
「あの……」
「なんでしょうか?」
「リリアちゃんは?」
「「っ!」」
「ピピッ! ピピー!」
「ピーちゃん? もしかしてリリアちゃんの居場所が!?」
「ピピー!」
「ミャッ」
ユキがくんくんと床の匂いを嗅いだと思うと、トコトコと医務室の入口に向かって歩き始めました。そして廊下に出るとあたしたちのほうを振り返り、大きな声で鳴きます。
「ミャー!」
「ユキ、もしかしてリリアちゃんがそっちに?」
「ミャー!」
そうみたいです。
「あの、ラダさん……」
「はい。お供いたします」
「私も!」
「いえ、ヴィクトリアには伝令を命じます」
「えっ?」
「今すぐに王太子殿下の許へ向かい、ツェツィーリエ先生が刺され、リリア嬢が行方不明であることを伝えるのです」
「で、でも……」
「いいですか? 今のヴィクトリアでは力不足です。敵の狙いは明らかで、しかも騎士の警備する魔法学園にこのような攻撃を仕掛けてくるような相手です」
「っ!」
ヴィーシャさんは悔しそうに俯きました。
「ヴィクトリア、任務です。行きなさい」
「……はい。王太子殿下への伝令、拝命いたしました!」
そう言ってヴィーシャさんは医務室から飛び出していきました。
「ミャー!」
「はい!」
あたしたちもユキの後を追い、駆け出すのでした。
◆◇◆
「ローザ嬢!」
闘技場の外に出ようとすると、背後から公子さまに呼び止められました。振り向くと、公子さまが向こうからものすごい速さで走ってきます。
「お待ちください。今お一人で外に出ては危険です。敵の狙いは――」
「あたしたち、なんですよね? 分かっています。でも止めないでください。リリアちゃんが!」
「はい。ですから、私も共に参ります」
「えっ!?」
「さあ、早く! 手遅れになる前に!」
「は、はい! ありがとうございます。ユキ、お願いいたします」
「ミャッ!」
あたしたちは再びユキの後ろをついていきます。
今まで一度も行ったことのない路地裏のような薄暗い場所を通り、さらにまったく手入れのされていない茂みの中を突っ切り、小さな廃屋のような場所にやってきました。
入口の扉はなく、人が出入りしているような形跡は見当たりません。
「えっと、ここは?」
「ミャッ!」
「入れ、と言っているようですね。まずは私が」
公子さまが剣を抜き、警戒しつつも中の様子を伺います。そして一気に廃屋の中へと突入しました。
「……誰もいませんね。入ってきても大丈夫ですよ」
「はい」
あたしたちも中に入ります。
「ここは……井戸、ですか?」
「そのようですね。水は……」
公子さまは近くに落ちていた小石を井戸の中に落としました。するとコンという乾いた音が聞こえてきます。
「無さそうです。ということは枯れた古井戸でしょう」
「ミャッ!」
突然ユキが駆け出し、なんとその古井戸の中に飛び込んでいってしまいました。
「ユキ!?」
慌てて捕まえようとしましたが、すばしっこいユキには触れることすらできません。
「ミャー!」
ああ、良かった。無事のようです。
「ピピッ!」
ピーちゃんがあたしの腕からするりと抜け出すとジャンプし、井桁の上に乗りました。
「ピピーッ!」
そう言って、なんとピーちゃんまで井戸の中に飛び込んでしまいました。
「ピーちゃん!? まさか井戸の中を……?」
「ついて来るように言っているようですね。私が行きましょう」
公子さまはそう言うと、器用にするすると古井戸の中へと入っていきました。
「大丈夫です。進めそうです。ローザ嬢、灯りをお願いできますか?」
「え? あ、はい! 分かりました!」
「では、受け止めますから飛び降りてください」
「え? えっと、は、はい」
「お嬢様……」
「えっと、大丈夫です。あたし、木登りは得意ですから降りるのだって」
「かしこまりました」
あたしは井桁によじ登りました。
あとは、手をかけて、足を出っ張りに引っかけって、こう……あっ!?
突然足を掛けていたところが崩れ、あたしはそのまま落ちてしまいます。
「ひっ!?」
も、もうダメ……。
ぷよん。
あ、あれ? なんだかすごく柔らかい感触が?
「ピピ~」
「あれ? ピーちゃん?」
「ピピ~」
なんとピーちゃんが体を薄く伸ばし、良く伸びる布のような形になってあたしを受け止めてくれていました。
「ありがとうございます」
「ピピ~」
あ、さらにその下にはあたしを受け止めようとしてくれた公子さまがいます。
「えっと、公子さまもありがとうございます」
「いえ、ローザ嬢がご無事で何よりです」
公子さまはそう言って優しく微笑んでくれました。
「お嬢様! お怪我は!?」
「大丈夫です! ピーちゃんが受け止めてくれました」
「そうでしたか」
ホッとしたようなラダさんの声が聞こえてきます。
「ピピ」
「あ、はい。そうですね。降りましょう」
「ローザ嬢、受け止めますよ」
「ありがとうございます」
それからあたしはピーちゃんと公子さまの助けを借り、古井戸の底に降りたのでした。
次回更新は通常どおり、2024/10/12 (土) 20:00 を予定しております。





