第四章第83話 みんなおかしくなりました
「お、お嬢様……」
あたしがピーちゃんをぎゅっとしていると、メラニアさんがおずおずと話しかけてきました。
「あ、はい。ラダさんはもう大丈夫です。ピーちゃんが治してくれました」
「え?」
「ピ?」
あれ? 何かおかしなこと、言いましたっけ?
「ええと、はい。お嬢様、よろしゅうございましたね」
「はい!」
「それよりもお嬢様、かなりご無理をなさったのではありませんか? 顔色がよろしくありません」
「えっ?」
……あ! この感じ、もしかするとMPの使いすぎかもしれません。ちょっと確認してみましょう。
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MP:9/283
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正解でした。
「はい。ちょっと魔法を使いすぎちゃいました。今日はもう無理かもしれません」
「それでしたら、本日はもうお休みください。旦那様もお嬢様がご無理をなさることをお許しにならないでしょう」
「わかりました」
他の人たちも治してあげたいですけど、仕方ありません。MPがあまり残っていないですし、ピーちゃんもかなり疲れていそうです。
「あの、明日、残りの人たちを治療しに来てもいいですか?」
「もちろんです。ですから今はまず、お体を大切になさってください」
「はい」
こうしてあたしはメラニアさんと一緒に病室を出ました。部屋の前にはクリステア子爵たちが所在無げに立っていましたが、出てきたあたしたちに気付いてすぐに話しかけてきます。
「ご令嬢!」
「はい、子爵様」
「患者は……」
「はい。えっと、一人しか治療できませんでした。ただ、それでちょっと魔法を使いすぎちゃいまして、また明日にしようかと……」
「なるほど。ご安心ください。すでにホテルは確保させておきましたので、すぐに向かいましょう」
こうしてあたしたちはクリステア子爵が取ってくれたホテルへと向かうのでした。
◆◇◆
一方、病室の中では助祭たちが跪き、ローザの出ていった扉に向かって
祈りを捧げていた。
長い祈りを終え、二人はほぼ同時に立ち上がった。
「まさか御使い様にお会いできるとは」
「きっと神々が私たちの信仰をお認め下さったのでしょうね」
「ええ」
「さあ、これからも信仰に励みましょうね」
「ええ。共に励みましょう」
◆◇◆
ホテルの部屋に入ると、あたしはそのまま倒れ込むようにして眠りにつきました。そして翌日、残る患者さんの治療をするため教会に戻ってきたんですけど……なぜか教会の外で神父様を先頭に助祭の人たちまでもがずらりと並んでいます。
おかしいですね。いくら貴族だからって、教会はこんなお出迎えしないはずなんでけど……。
不思議に思いつつも、あたしは馬車から降りました。すると神父様たちが一斉に跪きます。
「御使い様、ようこそご降臨くださいました」
「えっ?」
神父様がなんだかよくわからないことを言い、突然あたしに向かって祈りを捧げてきました。
「えっと……?」
一体何がどうなってるんでしょうか? えっと、み、みつか? ってなんですか?
困ってクリステア子爵に助けを求めようと思ったんですが、そういえば今日は別行動なんでした。
多分、今ごろは領主のガブラス伯爵に会っているころだと思います。
えっと、じゃ、じゃあメラニアさんは……ダメです。やっぱりメラニアさんもポカンと口を開けています。
えっと、えっと……ど、ど、どうすれば?
あたしが困っていると、寄宿舎の扉が開き、中からなんとラダさんが歩いて出てきました。
「あっ! ラダさん! 良かったです。元気になったんですね!」
するとラダさんはあたしの前に跪きました。
「御使い様に我が剣と我が命を捧げます。すべては御使い様の御心のままに」
「へっ!?」
ラダさんまでおかしくなりましたっ!
◆◇◆
人目もあって恥ずかしいのでなんとか中に入れてもらい、寄宿舎の一室にやってきました。
あたしたちはそのまま着席したんですが、なぜか神父様たちとラダさんは椅子に座りません。それどころか神父様たちはあたしの前で、ラダさんはあたしの横で跪いています。
あの? どうなっているんですか!?
「御使い様」
「え? えっと……あの、それってもしかしてあたしのこと、ですか?」
「はい、御使い様。失礼ですが、御使い様は一体どちらの神の?」
「えっと?」
「な、なるほど。神は聖名を明かさぬようにと仰られたのですね」
「え? え? あの?」
「かしこまりました。すべては神の御心のままに」
「はぁ」
……神父様も助祭さんたちも、それにラダさんまで、一体どうしちゃったんでしょうか?
特にラダさんはあんなんじゃなかったじゃないですか。
あ! もしかしてあたし、ラダさんの治療で何か失敗しちゃったんでしょうか?
ちらりと膝の上のピーちゃんに視線を落としますが、ピーちゃんは興味が無いようでぷるぷるといつもどおりに震えています。
えっと、えっと……。
あたしが困ってちらりとメラニアさんを見ると、ようやく割って入ってきてくれました。
「神父様、おやめください。ローザお嬢様がお困りです」
「ですが……」
「ローザお嬢様は国王陛下の使者であらせられるのです。本来であればすぐにでも王都へ戻るべきところを、同行者のよしみで傷ついた者たちを助けたいと慈悲の心からご訪問を願われたのです。にもかかわらず、それを困らせて妨げるとはどういうおつもりでしょうか?」
「そ、それは……そうですな。御使い様、大変失礼いたしました。どうか御心のままに」
「えっと……」
「お嬢様、ご自由に治療をなさって良いようですよ」
「はぁ、そうなんですね。わかりました。じゃあ、行きましょう」
こうしてあたしはよく分からないまま、昨日の重症者が集められた部屋へと向かうのでした。
次回更新は通常どおり、2024/07/06 (土) 18:00 を予定しております。





