第四章第79話 ロクサーナさんのおうちに着きました
翌日、あたしは馬車に乗ってランスカを出発しました。
クリステア子爵はちゃんと約束を守ってくれて、ランスカ男爵の一族に会わないで済むようにしてくれました。ただ、それでもランスカ男爵が書いたっていう謝罪の手紙は渡されました。
中身を読んでみましたけど……えっと、その、書いてあることが本当なら申し訳ないとは思います。ただ、どうしてもあいつらにされたことが頭を過ってしまい、素直に受け入れられないんです。
なので今は決めないで、お義姉さまたちに相談してから決めることにしました。
パドゥレ・ランスカのことよりもラダさんやメラニアさん、タルヴィア子爵やイヴァンナさんのことのほうが心配ですし、それに公王さまのお手紙だってちゃんと王様に届けないといけないですからね。
それから数日かけ、あたしたちはクリステア子爵領の領都ピシュテシュにやってきました。ランスカとは比べ物にならないくらい大きな都市で、町の中をひっきりなしに馬車が通っています。
道中でクリステア子爵に教えてもらったのですが、ピシュテシュの町はあたしたちが通ってきたメインの街道をほんの少しショートカットする街道が通っているんだそうです。
ただ、魔の森が近いせいで魔物の襲撃が多く、一日でも早く着きたい人はピシュテシュを、安全に移動したい場合はあたしたちが通ったメインの街道を通るのだそうです。
そんなピシュテシュのメインストリートを抜け、あたしたちはクリステア子爵のお屋敷にやってきました。
馬車から降りると、なんとロクサーナさんがあたしたちを出迎えてくれます。
「お帰りなさいませ、お父さま」
「ああ、ただいま」
二人はそう言ってハグをしました。
「ローザ、わたくしの家へようこそ。無事で何よりですわ」
「はい。ありがとうございます」
「ローザ、大変な長旅だったと聞いておりますわ。わたくし、ローザがゆっくりできるようにお部屋を用意しましたの。案内してもよろしくて?」
「あ、はい。お願いします」
「ええ」
ロクサーナさんはニッコリと笑うと、クリステア子爵に話しかけます。
「お父さま、わたくしはローザを案内して参りますわ」
「ああ、頼んだぞ」
「ええ。さ、ローザ。こちらですわ」
こうしてあたしはロクサーナさんに案内され、お屋敷の中に入ります。
広いうえになんだか金ぴかで、それに高そうな絨毯や彫刻と絵が飾ってあります。
「この石像はカルリアの大彫刻家ナウムの作品ですのよ。それからその絵は……」
色々説明してくれているのですが、誰一人として名前を知っている人がいません。すごく有名な人みたいなんですけど……。
階段を上がった廊下にもたくさん絵が展示されていて、ロクサーナさんはその作者を教えてくれるんですが、やっぱり聞いたことのない名前ばかりです。
そうしてちんぷんかんぷんなまま説明を聞いていると、ロクサーナさんが扉の前で立ち止まりました。
「着きましたわ」
すると後ろからついて来ていたメイドさんが扉を開けてくれます。
「さあ、どうぞお入りになって?」
「はい」
部屋の中に入ってみると、そこはなんと大公の間と同じように金ぴかな広い部屋でした。
「うちで一番の客間ですわ。ご自由にお使いになって?」
「あ、ありがとうございます」
えっと、ありがたいんですけど、いいんでしょうか? こんなに広くて豪華なお部屋に泊めてもらうなんて……。
◆◇◆
あたしは今、バルコニーでロクサーナさんとお茶をしています。何があったのかを聞かれたので素直に話してみたんですが……。
「まあっ! そのディミトリエとヴィルヘルムという男、なんと卑劣なのでしょう! マリウス様たちを見習ってほしいものですわ。マリウス様たちは淑女を守ろうと勇敢にゴブリンに立ち向かってくださったというのに」
えっと……はい。そうですね。マリウスさんたち、ちょっと怖いですけど、それでも身分に関係なく女の子を守ろうっていう気概のようなものは感じました。
「まさかランスカ男爵家にそのような男がいただなんて失望しましたわ」
「他の人は、そうじゃないんですか?」
「ええ。わたくしの知る限り、ランスカ男爵家の男性は皆紳士でしたわ。もちろん公子さまには及ばないでしょうけれど、それでも女子供を守るために命を懸けてくださる立派な騎士たちばかりですわ」
「そうなんですね……」
ロクサーナさんがそう言っているってことは、やっぱり手紙に書いてあったことは本当なのかもしれません。
「もちろん、クリステア子爵家がランスカ男爵家の寄親ですから、わたくしに乱暴な態度を取る者はいないのでしょうけれど」
「え? 寄親? ってなんですか?」
「あら? まだ習っていないんですの?」
「はい。初めて知りました」
「そうなんですのね。じゃあ、貴族には爵位の高低の他に、力にも上下があるということはご存じですわね?」
「はい」
「そうした関係の中で、力のある貴族はそうでない貴族を助けるという慣習がありますの。そのような関係を親子関係にたとえて、助ける側を寄親、助けられる側を寄子と呼ぶのですわ」
そんなのがあるんですね。知りませんでした。
「ところでローザ」
「はい。なんですか?」
「わたくし、お願いがありますの」
「えっ? お願いですか? あたしにできるのなら……」
「なら! またピーちゃんにマッサージして欲しいんですの」
「マッサージ? ですか? えっと……」
「ほら、演習のときに体を綺麗にしてくれたアレですわ。わたくし、お父さまにピーちゃんのようなスライムが欲しいとおねだりしたのですけれど、ピーちゃんのような子が見つからないんですの」
「えっと……」
「だって、ローザだけずるいですわ。毎日あんなに気持ちいいことをしてもらいながらお肌と髪が綺麗になるなんて!」
「えっと……はい。ピーちゃんが良ければ……」
「ピッ? ピッピッ」
「えっと、いいみたいです」
「本当!? じゃあすぐにでもお願いしますわ」
「ピピッ!」
ピーちゃんはロクサーナさんに飛び乗り、全身を綺麗にしていきます。
「あっ……あんっ! いいっ! そこっ! あああっ!」
えっと、すごく気持いいのは分かりますけど、さすがにそれはちょっとオーバーリアクションなんじゃないでしょうか?
次回更新は通常どおり、2024/06/08 (土) 20:00 を予定しております。





