第四章第78話 ランスカ男爵の受難(後編)
「はぁっ!? マレスティカ公爵令嬢が自力でここまで来られたんですか!? しかも今ホテルにお泊りになられている!?」
クリステア子爵からローザのことを報され、ランスカ男爵は大声でそう聞き返した。
「ああ、そうだ」
「……失礼ですが、本物なのですか? どこかでこの話を聞きつけたのではありませんか?」
「信じられない気持ちはわかるがな。間違いなくご本人だ。連れている従魔たちも娘から聞いていたものと一致しているし、何より」
「何より?」
「俺はご令嬢のお披露目パーティーに参加して、この目で見ているからな。あのときは残念ながら挨拶出来なかったのだがな」
「ですが公爵家のご令嬢なのでしょう? そんなお嬢様が一人で森を抜けるなど……」
「いや、不思議ではない。娘の話によるとご令嬢は稀有な光属性への適性を持つ魔法使いでありながら、経験豊富な冒険者でもあるそうだ」
「はい? そんなことがあるのですか?」
「ああ。しかも光だけでなく炎にも適性があり、ご令嬢の炎魔法はゴブリンを一撃で倒してしまうのだそうだ」
「???」
「そのうえ従魔もかなり強力で賢く、ゴブリンの群れとすらも戦えるのだそうだ」
「はぁ……」
理解の範疇を超えたのか、ランスカ男爵はポカンとした表情を浮かべて気のない返事をした。
「まあ、とにかくご本人で間違いない。そんなことよりお前、かなりまずい状況になっているぞ?」
「ん? どういうことですか? 子爵閣下」
「ご令嬢はな。ランスカ男爵家に対して相当強い不信感を抱いておられる」
「へっ? あ! ああ……まあ、そうかもしれませんね。よりにもよってあのディミトリエのところでしたから……」
「まぁ、国王陛下とマレスティカ公爵家からのそれなりの報復は覚悟しておけよ。何せカルリア公王陛下から国王陛下への親書を奪おうとした挙句、村をゴブリンから救ってやったのに一人で逃げなければならなくなったそうだからな」
「はぁっ!?」
ランスカ男爵はすっとんきょうな声を出したが、すぐに顔が真っ赤になってブルブルと震え始める。
「ディミトリエェェェェ!」
それを見たクリステア子爵はニヤニヤと笑いながらおちょくるような口調でランスカ男爵に追い打ちをかける。
「ああ、そうそう。それと、ご令嬢が仕留めたというマーダーウルフ、だったかな? の毛皮を渡したのに代金が支払われなかったとも言っていたぞ。まさか公爵令嬢を相手に詐欺を働く奴がいるとはなぁ」
「っ!?!?!?」
ランスカ男爵は声にならない叫び声を上げ、慌ててクリステア子爵に縋りつく。
「こ、公爵令嬢は今どちらに!? 今すぐ謝りに行かなければ」
「おっと、それはさせられない。俺はご令嬢に『ランスカ男爵家の者を一切近づけない』と約束をしているからな」
「なっ!?」
「何せ、何度も襲ってきたと言っていたからなぁ。そいつら」
ランスカ男爵はブルブルと震えているが、その顔は徐々に青ざめていく。
「ま、あいつらがランスカを名乗った以上、その親族が信用されないのは当然だろうなぁ」
そこまで言われ、ランスカ男爵はがっくりとうなだれた。するとクリステア子爵もさすがに悪いと思ったのか、フォローを始める。
「ま、まあ、お前もすぐに連絡を寄越してきたわけだし、ゴブリンの話を聞いて驚かないということは、すぐに迎えを送っていたんだろう?」
するとランスカ男爵は顔を上げ、力なく頷いた。
「はい。ディミトリエたちがやらかす前にと思ったのですが……」
「俺は分かっているから、フォローはしてやる。少なくともディミトリエとその息子は処刑だろうが、お前のところはなんとか守ってやるから」
「ありがとうございます……」
「そんなわけだ。さっさとその二人を拘束して、公爵家に対してきちんと誠意を見せるのがいいだろうな。それと、早く謝罪の手紙を書け。渡してやるから」
「はい。ですが……」
「ん? どうした?」
「先ほど連絡を受けたのですが、その、パドゥレ・ランスカがギガントスノーベアに襲われたようでして……」
「ん? ああ、そうだった。ギガントスノーベアの話も伝え……ん? ギガントスノーベアが村を襲った? わざわざ森から出てきて?」
「はい。ああ、いえ、そうではなく、パドゥレ・ランスカの村内に残されたゴブリンどもの死体をエサにしているのだそう……え? どうして子爵閣下がギガントスノーベアのことを?」
「ご令嬢が森の中で何度も遭遇したと言っていたからな。とりあえず冒険者ギルドに調査依頼を投げるべきだと言おうと思っていたのだが、まさか確定だったとは……」
するとランスカ男爵はがっくりとうなだれるのだった。
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