第四章第76話 お話しました
それからあたしはランスカで一番というホテルの一番上のフロアを貸し切って貰い、そのうちの一室で休むことができました。
あ! 本当はクリステア子爵は約束どおり、ホテルを丸ごとにしようとしていたんです。ただ、他の泊っているお客さんを追い出さなきゃいけなくなっちゃって、でも、さすがにそれはひどいじゃないですか。
それで、最終的にこうなったんです。
それはそれとしてですね。クリステア子爵はちゃんと約束を守ってくれる人みたいなので、信じても大丈夫かもしれません。
もちろんランスカ男爵家の人がこっそり忍び込んでくるかもしれないので油断はできませんけど。
そうして一息ついたところで、クリステア子爵があたしの部屋を訪ねてきました。
「お部屋を用意してくれてありがとうございます」
「なんの。国王陛下の使者でいらっしゃるご令嬢をお助けするのは当然のことですし、娘の学友でもありますからな」
「ありがとうございます」
「それにカルリア公国へ行かれた際、我が町にはご滞在いただけなかったので少々寂しく思っていたのですよ」
「えっ?」
「我が町を通る街道は少々道が狭い道ですからな。それできっとお選びならなかったのでしょうな」
「えっと、そうなんですね。そういったことはタルヴィア子爵が全部決めてくれていたので……」
「ああ、それはそうでしょうな。ところで、なぜご令嬢がお一人で? タルヴィア子爵や護衛の騎士たちは?」
「実は――」
あたしはカルリア公国を出てからのことを説明しました。
「なんですと!? まさか襲撃があったとは! むむむ。そ奴らにお心当たりは?」
「いえ……」
「そうですか。どのような者たちでしたか?」
「えっと、黒ずくめでした」
「なるほど。となると野盗ではなくなんらかの暗殺組織の可能性が高そうですな。我々の結束をよく思わない何者かが介入してきたと考えるのが普通ですが……そいつらは何か言っていませんでしたか?」
「えっと……あ! そういえばあたし、名前を確認されました」
「むむ?」
「それで一緒に来いって……」
「むむむ? だとすると身代金か? もしくはご令嬢の身柄そのもの……いや、だが……」
なんだか難しいことをぶつぶつと言っています。
「そういえば、ご令嬢は襲撃のときにカルリア公王陛下からいただいた馬車に乗っていたのでしたな?」
「え? あ、はい。ただ、壊れちゃいましたけど……」
「……」
あれ? なんだかさらに難しい顔になって押し黙っちゃいました。
「えっと、馬車はその、暴走してて横転しちゃったんです。でもそのときピーちゃんが助けてくれて怪我しなかったんですけど……あ! それでですね。そのあとジャイアントマーダーベアより大きなシロクマが襲ってきて、馬車を牽いてくれていた馬が食べられちゃったんです。それからその襲ってきた人たちが来て、その……シロクマにその人たちを押し付けて逃げたんです」
するとクリステア子爵は目をカッと見開きました。
「ジャイアントマーダーベアよりも大きなシロクマですと!?」
「えっ? あ、はい。そうです」
「それはもしや、ギガントスノーベアではありませんか?」
「えっと……そうかもしれません」
「よくぞ……よくぞギガントスノーベアに遭遇しながらご無事で……」
「えっと、そんなに危険な魔物なんですか?」
「それはもう! 討伐には軍隊が必要とまで言われる凶悪な魔物ですぞ。何しろ氷の魔法を使いますからな」
「そ、そうだったんですね」
あたし、よく生きてましたね。
きっと、いえ、間違いなくユキたちのおかげですね。
「しかしその状況ですと、パドゥレ・ランスカは終わりかもしれません」
「終わり?」
「ええ。そうです。ご令嬢が大量のゴブリンを駆除し、それがそのままになっているのでしょう?」
「はい」
「となると、その血の匂いに釣られて魔物たちが寄ってくるでしょう。特にギガントスノーベアには壁など意味がありません。この町の街壁ですら簡単に乗り越えるでしょうからな」
う……そう言われると、たしかにあの木の壁じゃあどうしようもなさそうです。
「ともあれ、情報提供ありがとうございます。とりあえずは冒険者ギルドに依頼を出すことになるでしょう」
「冒険者でなんとかなるんですか?」
「どうでしょう。ですか我が国はオーデルラーヴァの件もあり、魔物退治に軍を動かすことは難しい状況ですからな。ひとまずは冒険者に任せて様子を見るのではないかと」
「そうなんですね」
それから話題はパドゥレ・ランスカのこと、そしてランスカ男爵のことに移っていきました。
「パドゥレ・ランスカの者たちについてはさておき、ランスカ男爵はおかしな人間ではないはずです」
「えっと……」
「というのも、私がこうして騎士団を連れて急行したのはランスカ男爵が報せてくれたおかげなのです。外交使節の一員だったはずのご令嬢を保護したので、トレスカへの護送を頼みたい、と」
「そうなんですか?」
「はい。しかも高価な魔道具を使ってまで、です。ご覧のとおりランスカ男爵領はあまり豊かとは言えません。にもかかわらず魔道具を使って連絡してきましたのですから、少なくともランスカ男爵がご令嬢を軽んじているということはないはずです」
「……」
そうは言われても、あいつらの親戚って考えただけでとても信用なんてできません。
「……仕方ありませんな。無理に、とは申しません。明日、急ぎ出発いたしましょう」
「はい。すみません」
それからしばらく話をすると、クリステア子爵は部屋から出ていったのでした。
「ねえ、あたし、心が狭いですか?」
「ミャ?」
「ピピー」
「ホー」
三人とも、よく分からないと言っているみたいです。
「ごめんなさい。変なこと聞いちゃいましたね。あたし、ちょっとお昼寝しようと思います」
「ミャー」
するとユキが先回りしてベッドに飛び乗りました。
あたしはユキの上に乗らないように注意してベッドに横になります。
「ミャー」
あたしは顔の前で丸まったユキの体をそっと撫でると、そのまま目を閉じるのでした。
次回更新は通常どおり、2024/05/18 (土) 20:00 を予定しております。





