第四章第72話 もう嫌になりました
はぁ、はぁ、はぁ。
一体何時間経ったんでしょう?
やっとゴブリンが入ってこなくなりました。でも……エントランスホールは本当にひどい状況です。
あたしは解体に慣れていますが、それでもあそこには降りたくありません。
「ユキ、ピーちゃん、もう終わり、ですかね?」
「ミャー」
「ピー」
二人ともそうだって言ってくれているみたいですね。
ユキもピーちゃんもへとへとになっているみたいです。
ユキはずっとゴブリンを氷で攻撃してくれていましたし、ピーちゃんもずっとあたしたちを応援してくれていましたもんね。
「ホー」
あ! ホーちゃんも帰ってきました。ホーちゃんも疲れているみたいです。
「ホーちゃん、お疲れ様でした。外のゴブリンも全部やっつけたんですか?」
「ホー」
そうみたいです。
降りてきたホーちゃんを一度腕に止まらせ、それから抱っこします。
「部屋に帰って休みましょう」
「ミャー」
「ピ」
「ホー」
こうしてあたしたちは疲れた体を引きずり、部屋へと向かいます。すると避難してきた人たちが恐る恐るといった様子で声を掛けてきました。
「あ、あの……」
「え? はい、なんですか?」
「その、ゴブリンは……」
「えっと、たぶん全部やっつけたと思います」
「えっ!?」
「あの数のゴブリンを?」
「はい」
えっと、なんだか信じてもらえていないみたいです。
「えっと、それじゃあ見てきてください。あたしはちょっと疲れているので休みたいんです」
すると避難してきた人たちは顔を見合わせ、正面の人が道を譲ってくれました。それを見た他の人たちもおずおずと道を譲ってくれます。
あたしは彼らの間を抜け、自分の部屋に向かったのですが……。
えっと、はい。忘れていました。そういえばあいつとその手下たちを氷漬けにしてたんでした。
はぁ。
たしかギルドの依頼で会った変な依頼者はたしかあたしに剣を向けたっていうだけで処刑されてましたよね。
ということは、こいつらも処刑されて当然、ってことですよね?
ううん。でもさすがに殺すのもなんだか嫌な気分になりそうですし、やっぱりあたしが出ていったほうがいいかもしれません。
でも疲れていますし……。
「ミャッ! シャー!」
そうして悩んでいると、突然ユキが威嚇を始めました。
「あっ! 何? なんなの? この猫」
気付けば後ろから避難していた女の人が近づいて来ていました。
「……なんですか?」
「あ、えっとね。ヴィルヘルム様を助けてほしいなーって」
あたしが警戒しながらそう声を掛けると、女の人はへらへらと笑いながらそんなことを言いだしました。
「えっ? なんでですか?」
すると女の人は目を吊り上げ、怖い顔になって大声でまくし立てて来ます。
「はぁ? ヴィルヘルム様は次の領主様なのよ? アンタがどんだけ偉いのかは知らないけどさ。ヴィルヘルム様にこんなひどいことしていいわけないでしょ? そんなことも分からないの?」
「えっと……」
「分かったら早くこの氷から出してよ」
「……嫌です。またあたしにひどいことをするじゃないですか」
「はぁ!? アンタ、ヴィルヘルム様にちょっと相手にしてもらったからって調子乗ってんじゃないわよ!」
「はい?」
言っている意味がさっぱり分かりません。なんで怒鳴られなきゃいけないんでしょうか?
「アンタは女、ヴィルヘルム様は男で次期領主様。どっちが偉いかなんて馬鹿でも分かるでしょ? それともアンタ、そんなことも分からないわけ?」
「……」
えっと、この人が何を言っているのかさっぱりわかりません。
……あ! もしかしてアンナさんが村の人たちの命を助けてほしいって言ってきたのって、こういうことだったんでしょうか。
「ほら! 分かったら早くしなさいよ! ほらほらほら!」
……なんだかもう、面倒くさくなりました。ゴブリンはやっつけましたし、もういいですよね?
「ユキ、ピーちゃん、ホーちゃん、村を出ましょう」
「ミャッ」
「ピッ」
「ホー」
「はぁ!? アンタ何言ってんの? いいからさっさと!」
「ミャッ!」
ユキが女の人の足を氷漬けにしました。
「キャー! な、何!? どうなってんの? ちょっと! やめてよ! 何これ!」
パニックになっている女の人を尻目にあたしはカムフラージュ用のバッグと荷物を持ち、自室を出るのでした。
◆◇◆
裏口から家を出ると、いつの間にかかなり日が傾いていました。本当なら今から村を出るなんて考えられないことです。
でも、それでもこの村に居続けるよりかは野宿したほうがマシだと思うんです。
そんなわけであたしはホーちゃんが倒したゴブリンの死体を避けつつ、村の正門を目指します。
……当然といえば当然ですが、村はゴブリンに散々に荒らされて酷い状況です。
もちろん可哀想だとは思いますよ?
でも……散々な目に遭ったせいか、もうどうでもいいっていう気持ちのほうが強いです。
そうしてゴブリンに荒らされた村を抜け、正門から出ました。
えっと、道はこっちですね。
しっかりと踏み跡が残っているので、これなら迷うことはなさそうです。
それからあたしは日が沈むまで一生懸命歩き、それから木に登って野宿をしたのでした。
あっ! マーダーウルフの毛皮! アンナさんに渡したのにお金、受け取っていません!
あああ! どうしましょう。旅費にしようと思っていたのに……。
次回更新は通常どおり、2024/04/20 (土) 20:00 を予定しております。





