第四章第65話 とんでもない奴らが現れました
それからすぐにアンナさんは、頭頂部だけ髪のない立派なお腹のちょっと脂ぎったおじさんを連れて戻ってきました。
「お待たせしましたお嬢様! こちらが夫のディミトリエ・ランスカでございます」
「えっと、はい。ローザ・マレスティカと申します」
あたしがカーテシーをすると、ディミトリエさんは気持ち悪い笑みを浮かべました。
えっ?
「ああ。俺がパドゥレ・ランスカ自治領の領主、ディミトリエだ」
ディミトリエさんはニヤニヤとあたしの胸を凝視してきていて、えっと、その、ものすごく気持ち悪いです。見られただけで背筋がぞわってなります。
あたしはすぐにカーテシーをやめ、マントの前を閉じました。
「ちょっと! あなた! マレスティカ公爵家のお嬢様ですよ!」
「なんだ! 黙っていろ!」
あたしが嫌がっていることに気付いてくれたアンナさんが注意してくれましたが、すぐに夫婦喧嘩が始まります。
「何が黙っていろ、ですか!」
「やかましい! いつもいつも余計な口出しをしやがって!」
「余計な口出しなもんですか! 相手はマレスティカ公爵家のお嬢様ですよ! 無礼を働いたと知られたら――」
「何が無礼だ! こっちは当主なんだぞ?」
「爵位もないただの自治領じゃないですか!」
「だからなんだ! 俺はれっきとしたランスカ男爵家の一員だ! 貴族なんだぞ!」
「でも当主じゃないでしょうが!」
「だからなんだ!」
えっと、よくわかりませんけど、自治領の領主様っていうのは、あんまり偉くないってことですよね?
あと、このディミトリエさんという人はランスカ男爵家という貴族家の一員で、アンナさんは姓を名乗っていなかったので、多分平民なんだと思います。
あれ? おかしいですね。普通は平民の女性でも、貴族と結婚すれば姓を貰えるって習ったんですけど……?
あれれ? どういうことでしょう?
よく分からなくなって悩んでいると、アンナさんが慌ててあたしに謝ってきました。
「お嬢様、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」
「えっ? あ、はい……」
「ほら、あなた!」
「あ、ああ。マレスティカ公爵令嬢、このような場所はご令嬢には相応しくない。今日は我が家に招待するので、ゆっくり休んでほしい」
「はぁ……」
「さあ、手を」
手を差し出してきましたが、その視線があたしの胸に固定されています。表情もニヤついていて、ちょっと気持ち悪すぎます。
「あなた! いい加減にしてください!」
アンナさんがそう言ってあたしとディミトリエさんの間に割って入ってきました。
「なんだ! 紳士的にエスコートしようとしてるじゃないか!」
「その顔をなんとかしてからにしてください!」
「なんだと!?」
「お嬢様――」
「おい! 無視するな!」
しかしアンナさんはディミトリエさんを無視して話を続けます。
「当家はマレスティカ公爵家のお嬢様をお迎えするには何もかもが足りておりません。ですが、恥ずかしながらこの村には宿がございません。当家以外ですとこの小屋のような家となってしまいますので、どうか当家にお越し頂けないでしょうか? このような無礼は無いようにいたしますので」
そう言うと、アンナさんは深々と頭を下げてきました。
えっと、そこまで言われたら断るのも悪いですよね。
「わかりました」
「ありがとうございます」
こうしてあたしはディミトリエさんとアンナさんの家へと向かうのでした。
◆◇◆
「そうかそうか。そういう事情だったのか」
二人の家の応接室で事情を説明すると、ディミトリエさんは何やら大げさな感じに頷きました。
「ならばその親書は我がパドゥレ・ランスカ自治領の領主であるこの俺が責任を持って国王陛下に渡してやろう」
えっ!? この人、一体何を言っているんでしょうか?
「えっと、公王さまに直接渡してって頼まれたんですけど……」
「なぁに、女が渡すよりも男であるこの俺が渡したほうが陛下も喜ぶはずだ」
「えっと?」
「なあ、そう思うだろう?」
「はい、そのとおりです。父上」
なぜか応接室の扉が開き、これまたぽっこりしたお腹の男が入ってきました。
……この家、どうなってるんでしょう? なんで関係ない人が勝手に入ってくるんでしょうか?
「お話は伺いました。貴女がローザ嬢ですね? 私はヴィルヘルム・ランスカ、偉大なるランスカ男爵の血を引く者です」
えっと、頑張って貴公子っぽい感じを装っている感じなんですけど……その、えっと、はい。申し訳ないですけど、さすがにこれはないです。
比べるのは悪いですけど、やっぱり公子さまと比べるとこの人ってなんだかすごく鼻に付く感じでちょっと、いえ、かなり気持ち悪いです。
なんとか平静を装っていると、この人はなぜかニヤニヤとした笑みを浮かべながらあたしの前にやってきました。
「ローザ嬢、貴女との出会いは運命だったのでしょう。偉大なるランスカ男爵の血を引く私に貴女が一目惚れしたように、私も貴女の美貌に一目惚れしてしまったのです」
はい!? 何を言ってるんですか? そんなわけないでしょう!?
うぇぇ、気持ち悪い!
「さあ、ローザ嬢」
それからこいつはあたしの手を握ろうと手を伸ばしてきて――
「嫌っ!」
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