第四章第44話 生徒会のお仕事をします
「ほら、入りますわよ」
「はい」
あたしはお義姉さまに促され、生徒会室に入りました。すると中には生徒会の偉い人たちが勢揃いしていました。
「殿下、レフ公子殿下、ごきげんよう」
お義姉さまがそう言ってカーテシーをしたのであたしもそれに倣います。
「ああ。ローザもよく来たな。短い間だろうが、よろしく頼む」
王太子様はそう言うと、やっぱりあたしの胸に視線を固定しました。
う……やっぱり気持ち悪い……。
「殿下? それはおやめになるのではなかったのですか?」
「う……す、すまない」
お義姉さまに言われ、王太子様は慌てて視線を逸らします。
「こほん。レアンドルとは昨日会って話をしたそうだな」
「はい」
「ならば自己紹介は不要だろう。今日ローザにやってもらう仕事は会計の手伝いだ。会計はレフの仕事で、レアンドルが補助している。二人に聞いて進めるといい」
「わかりました。よろしくお願いします」
こうしてあたしはかいけい? という仕事をすることになりました。
えっと、かいけいって何をすればいいんでしょう?
お店で買い物をするときにお金を払うのを会計って言いますけど、あれじゃないですよね?
あれれ? でもそういえばゲラシム先生が習うって言っていたような?
困って公子様のほうを見ると、安心させるように微笑んでくれました。
「ではローザ嬢、改めてよろしくお願いします」
「は、はい。よろしくお願いします。えっと、その、かいけいって、何をすれば……」
「ええ、大丈夫です。すべてお教えしますよ」
公子様は優しい笑顔のままそう言ってくれました。
あ……よかったです。これならなんとかなるかも……?
しかし公子様はすぐに真顔になり、冷たい視線を向けてきました。
え? あたし何か失礼なことをしちゃったんですか?
「レアンドル、君はなぜ挨拶をしない?」
あ、あたしに向けてじゃなくて、斜め前で不機嫌そうにしているレアンドルさんに向けてだったみたいです。
「え? でもどうせ僕が教えるんですよね? 学園なんですから――」
「身分は関係ない、と?」
公子様がものすごく冷たい表情でそう言いました。
「そ、そうですよ。教わる側が挨拶するのが普通じゃないですか?」
「……そうか。君が残念な男だということがよく分かったよ」
「何がですか? 僕、間違ったこと言ってないですよね?」
「そういうところだよ。ローザ嬢がマレスティカ公爵家の養女となってそれほど日が経っていないことを知っていると思っていたがね」
「だからなんなんですか?」
「君はマルダキア魔法王国の貴族だろう? 分からないのか?」
「ええ、分かりませんね」
すると公子様は大げさにため息をつきました。
えっと、なんだかものすごく険悪な雰囲気です。
「あ、あの! よろしくお願いします」
話に割り込むのはちょっと失礼ですけど、でもこんなところで喧嘩をするのも良くないですよね。
すると公子様はやれやれといった表情をすると、あたしに優しく微笑んできました。
「仕方ありません。ローザ嬢がそれでいいと仰るのなら、このまま進めましょう。レアンドル」
「はいはい、わかりましたよ。じゃあ、よろしく」
レアンドルさんは促され、渋々といった様子でそう言ったのでした。
◆◇◆
それから公子様とレアンドルさんに教えてもらってお仕事を始めました。するとすぐに公子様は先生に呼ばれ、王太子様と一緒にどこかに行ってしまいました。
それであたしはレアンドルさんの隣の席で、言われたとおりにやろうと頑張っているのですが……。
「はぁ。あのさ、ちょっと計算遅すぎない?」
「ううっ……すみません」
自分でも遅いって分かってます。レアンドルさんはもう半分くらい終わっているのに、あたしはまだ二枚目です。
でも、仕方ないじゃないですか。こんなに数字ばっかり見ていたらくらくらしちゃいます。算数の授業でもこんなにたくさん計算しないですよ?
まさか生徒会の仕事がこんなに大変だったなんて……。
ただ不思議なことがあります。今計算しているのは生徒がクラブで使うお金だっていうんですけど、どうして毎月金貨を何十枚も使ってるんでしょうか?
「あー、ほら、そこ間違ってんじゃん」
「え?」
「そこだよ。上から五行目」
「えっと……あ!」
すごいです。自分のじゃないのにどうしてこんなにすぐに分かるんでしょう。
慌てて計算ミスをしたところからやり直していると、今度はあたしが終わらせた分をチェックし始めました。
「ああ、もう! こっちも間違ってるじゃん! 何やってんだよ」
「す、すみません」
「ここと、あとここ。それからここ間違えてるからここから下全部」
「う……」
「早くやり直して」
「は、はい……」
レアンドルさんに叱られ、あたしは慌てて計算をやり直すのでした。
◆◇◆
「席を外してすみません。どうですか?」
「もう終わらせておきましたよ。あと、こいつ向いてないです。結局全部僕がやったんで」
用事を終えて戻ってきた公子様に確認され、レアンドルさんがそう答えました。
ううっ、そうなんです。あたしが何度もミスしちゃうのでレアンドルさんに全部取られちゃったんです。
「どういうことですか?」
「どうもこうも、計算ミスが多すぎるんですよ。なら僕が全部やった方が早いんで」
「……」
それを聞いた公子様は呆れたような表情をしています。
そ、そうですよね。算数が苦手なあたしに会計は無理だったみたいです。
「ローザ嬢」
「はい……」
「誰でも向き不向きはあります。レアンドルの計算能力はずば抜けて高いので、彼と比べて自分を卑下する必要はありませんよ」
「はい……」
慰められてしまいました。
「それと、レアンドル」
「なんですか?」
「ローザ嬢をきちんと指導するように言ったはずだが、どうして自分ですべて終わらせているんだ?」
「え? だって、そのほうが早いし」
「俺は、指導するようにと言ったんだ。仕事を終わらせておけとは言っていない」
「え? でも早く終わったんだからそれでいいじゃないですか。それともあれですか? 公子殿下もこいつを特別扱いするんですか?」
公子様はそれを聞き、大きなため息をつきました。
「レアンドル、お前にはまだ早かったようだな。ローザ嬢、不適切な者に任せてしまったようで申し訳ありませんでした」
「え? どうして公子様が……」
「指示をして任せた者が不適切なことをしたのなら、それは指示をした者の責任でもあります。まさかレアンドルがここまで幼稚だとは思ってもみませんでした」
「えっと……」
「ちょっと! どういうことですか? 僕が幼稚?」
「ああ、そうだな。今のその反応など、幼稚以外になんと表現すればいい?」
「なっ!?」
レアンドルさんが口をあんぐりと開け、それからまるでお魚のように口をパクパクしています。
「ローザ嬢、次回からは別の仕事をお願いすることになると思います」
「は、はい……」
えっと、なんだか気をつかわせてしまったみたいです。あたしが計算苦手なばっかりに……!
と、突然生徒会室の扉がノックされました。
「入れ!」
公子様と一緒に戻ってきていた王太子様が通る声で入室を許可しました。
「失礼します」
そう言って入ってきたのはなんとリリアちゃんとカルミナさんです。
「王太子殿下、公子殿下、並びに生徒会の皆様にご挨拶申し上げます」
入ってきた二人はすぐにカーテシーをしました。王太子様はすぐに声を掛けます。
「ああ。それでなんの用だ?」
「はい。本日は料理研究会の活動日でして、先日ご提案頂いた方法で入会希望者の振り落としができ、二名のみの新規入会となりましたことをご報告に参りました」
「そうか。では入会届を」
「はい。こちらです」
「ああ」
王太子殿下はカルミナさんから入会届を受け取ると、お義姉さまに手渡しました。お義姉さまはそれに目を通すと、すぐに何かに記入をしていきます。
「それと、ご提案頂いたお礼に本日の実習で焼いたラズベリーパイをお持ちいたしました。ぜひ、生徒会の皆様でご賞味ください」
「そうか。ご苦労。おい、受け取っておけ」
「ローザ嬢」
「あ、はい」
あたしは公子様に促され、リリアちゃんたちのところに行きます。するとリリアちゃんが銀のクローシュを被せられたお盆を差し出してきました。
「ローザちゃん、これ、ジェニカ先輩が焼いたやつだよ」
「え? ホントですか? ありがとうございます!」
やったぁ! ジェニカさんのパイ、本当に美味しいんですよね!





