第四章第35話 トラブルになりました
「旦那様、冒険者の方が治療に来て下さいました」
「おう! 入れ!」
案内をしてくれたおじさんが声を掛けると、なんだかものすごく横柄な感じで返事が返ってきました。
「さあ、どうぞお入りください」
案内をしてくれたおじさんが扉を開けてくれ、あたしたちは中に入ります。
部屋の中の調度品はどれも金ぴかで、見るからに高そうです。患者さんが寝ているベッドの細工にもあちこちに金色の飾りが施されているんですけど、あれで落ち着いて寝られるんでしょうか?
えっと……はい。その、言いにくいんですけど、ちょっと、いえ、ものすごく悪趣味だなって思いました。
あ、患者さんがベッドから体を起こしました。でも、ちょっとやつれていそうです。クルージュの終末病院にいた患者さんと同じで、ちょっと顔にしこりのようなものができているのがここからでも分かります。
髪の毛はちょっと寂しい感じですけどおじいさんって感じではないですね。お義父さまよりも少し年上くらいな気がします。
「おう! ずいぶんと上玉じゃねぇか」
患者さんがまるでゴブリンのように気持ち悪い笑みを浮かべました。
う……気持ち悪い……。
「おら、俺を治すんだろ? 早くこっち来いよ」
「あ、はい……」
そ、そうですよね。あたしは依頼で来たんですし、ちゃんと治療しなくっちゃ。
気持ち悪いのを我慢して、あたしはベッドサイドに近づきます。それなのにこのおじさん、今度はニヤニヤしながらあたしの胸をじっと見ています。
王太子様に凝視されたときと同じくらい、いえ、それよりもっと気持ち悪くて、背筋がぞわっとなります。きっと鳥肌が立っていると思います。
こ、こうなったら早く終わらせて帰りましょう!
「えっと、それじゃあ、ち、治療しますね」
「おう」
あたしはすぐに終末病院のときを思い出し、同じように治療しました。
「えっと……これで大丈夫だと思います」
「ん? もうか?」
患者さんは不思議そうな表情をしていますが、段々と実感が湧いてきたようです。
「おお! すげぇ! お前! すげぇな!」
「あ、はい。えっと、その、じゃあここにサインを……」
「あ? ああ、そうだなぁ。お前が俺の愛人になるならサインしてやるよ」
「え?」
な、何を言ってるんでしょう?
「旦那様! いけません! このお方は貴族家のご養女様です! そのような物言いは――」
「あ? 平民の学生って言ってたじゃねぇか」
「そうだったのですが、つい最近ご養女に入られたそうです」
「ああん? 養女っつっても貴族の血は引いてねえんだろ? なら俺みたいな金持ちに貰われるんならそのお貴族様だって狙いどおりなんじゃね――」
「お嬢様を侮辱するとはいい度胸ですね」
「なっ!?」
いつの間にかラダさんが剣を突きつけています。
「な、何しやがる!」
「それはこちらの台詞です。わざわざ治療してくださったお嬢様に対してなんたる無礼!」
「こ、この! おい! お前ら! 入ってこい!」
すると顔の怖い使用人たちがぞろぞろと入ってきました。
す、すごい人数です。十人、いえ、十五人くらいはいそうです。
「おうおう。多勢に無勢だなぁ。たった二人の護衛で守り切れる気か?」
依頼人の男が勝ち誇ったような笑みを浮かべています。
「旦那様! もうおやめください!」
「ああ? うるせぇ! おい! そこのチビを人質にしろ!」
「「「へい!」」」
怖い顔の人たちがあたしのほうに迫ってきます。
こ、怖い……ま、魔力弾を!
「ヴィクトリア! 代わりなさい!」
「はい!」
ラダさんは依頼人の男から離れ、あたしを守るように飛び出してきました。
う……これじゃあラダさんに当たってしまいます。一体どうすれば……。
「邪魔するな!」
ラダさんに一人が斬りかかりましたが、ラダさんは一瞬でそいつを斬り伏せました。それからもラダさんは目にも止まらぬ速さで剣を振り、その度に怖い男たちが床に崩れ落ち、血だまりがどんどん大きく広がっていきます。
す、すごい……。
「なんだと!?」
「つ、強ぇぞ!」
「ならばお前を!」
「あ、暴れるな! あっ!?」
その声にあたしはヴィーシャさんのほうを振り返りました。すると依頼人の男がいつの間にか立ち上がっていて、ヴィーシャさんの剣を持つ手を掴んで揉み合いになっています。
「ユ、ユキ! お願いします! ヴィーシャさんを」
「ミャ? ミャー」
「え?」
お願いしたのに、ユキは助けてくれません。放っておけとでも言わんばかりの様子で、床に座ったまま動きません。
こ、こうなったらあたしが魔力弾で……。
依頼人の男に狙いを定めようとしたそのとき、ヴィーシャさんがそいつの股間を思い切り蹴り上げました。
「※#%&*@~~~~!」
依頼人の男はものすごい叫び声をあげ、その場に崩れ落ちました。
……泡を吹いて、なんだかピクピクしています。
その、えっと、ものすごく痛そうです……。
ガシャーン!
けたたましい音がしてそちらを振り返ると、なんとラダさんが窓ガラスを割っていました。
あれ? 襲ってきていた怖い人たちはどうなったんでしょうか?
そう思って入口のほうを見てみると、なんと部屋に入ってきた怖い人たちが全員血だまりの中で倒れていました。
「ラ、ラダさん?」
「お嬢様、ご安心ください。今警備隊に通報しますので、こちらを見ないようにしてください」
「は、はい」
ラダさんはそう言うと、割れた窓ガラスから何かを外に放り投げました。するとすぐに外からパーンというけたたましい音が聞こえて、それと同時に日が差したよりも強い光で室内が照らされたのでした。





