第四章第23話 追試を手伝いました
放課後、ツェツィーリエ先生に連れられてあたしは終末病院にやってきました。今回呼ばれたのはあたしだけで、リリアちゃんは今料理研究会に行っています。
終末病院の入り口では白衣を着たおじいさんが出迎えてくれました。
「ツェツィーリエ様、ようこそトレスカ終末病院へ。そちらがお弟子さんでしょうか?」
「ええ。教え子のローザよ」
「そうでしたか。ローザさん、私はトレスカ終末病院の院長をしておりますオニシムと申します」
「魔法学園普通科二年のローザです。よろしくお願いします」
あたしは授業で習ったとおりに礼を執りました。するとオニシム先生は目を細めました。
「はい。よろしくお願いします。とても綺麗なカーテシーでしたね。それも授業で習ったのですか?」
「はい。そうです」
「そうでしたかそうでしたか」
オニシム先生はニコニコしながら頷いています。えっと……?
「それよりオニシム院長、お渡しした論文には目を通していただけました?」
するとオニシム先生は真剣な表情になりました。
「はい。にわかには信じられませんが……」
「ええ。ですが論文が提出された以上はこちらでも確認する必要があります」
「そうですね。ということはローザさんが……」
「ええ、そうです。この子はマレスティカ公爵家の庇護下にあります。ですからマレスティカ公爵家が公表するまで、この論文にある魔法使いがローザさんであることはくれぐれも内密にお願いします」
「もちろんです」
オニシム先生はしっかりと頷きました。
「それじゃあローザちゃん、追実験をしましょうね」
「は、はい」
それからあたしはツェツィーリエ先生とオニシム先生に言われたとおりに患者さんを治療するのでした。
◆◇◆
「ローザちゃんはもうここまでできるようになったのね。よく頑張りました」
終末病院での治療を終えた帰り道で、なんとツェツィーリエ先生が褒めてくれました。
えへへ、なんだか嬉しいです。
「ありがとうございます。ツェツィーリエ先生のおかげです」
しかしツェツィーリエ先生はそれを聞き、首を横に振りました。
「わたしは魔法を教えることはできませんからね。ローザちゃんの努力が実を結んだのでしょう。本当によく頑張りました」
「あ、ありがとうございます」
こんなに褒められるなんて!
「ローザちゃん、わたしはローザちゃんの魔法による治療を一刻も早く公表したほうがいいと思っています。瀉血のこともそうですが、苦しみから救われる人が一人でも増えるならばそれに勝るものはないというのがわたしの考えです」
「え? あ、えっと、はい。苦しんでいる人が助かるのはいいことだと思います」
「そう。わかったわ。それなら明日、マレスティカ公爵にお話をしに行きましょう。公表するには公爵閣下に適切に取り計らっていただく必要がありますから」
それからあたしはツェツィーリエ先生と別れ、寮の自室に戻ったのでした。
◆◇◆
次の日の放課後、あたしは再びツェツィーリエ先生に連れられてマレスティカ公爵家のお屋敷にやってきました。応接室で待っているとすぐにアロンさんがやってきて、挨拶もそこそこに本題に入ります。
「イオネスク夫人、息子からもお話は伺っていますが、結果が出たのでしょうか?」
「はい、公爵閣下。この町の終末病院でも追試を行い、論文の内容に間違いがないことを確認しています」
「そうですか……」
アロンさんは険しい表情になりました。
「公爵閣下、この内容は画期的です。瀉血が無駄であったということが証明されたのですから、無駄な犠牲者をこれ以上増やさないためにも早く公開すべきでしょう」
ツェツィーリエ先生にそう言われ、アロンさんは私のほうをちらりと見てきました。
え? えっと?
「……イオネスク夫人、魔法に関する内容の書き直しを命じることはできませんか?」
「それは……」
え? どういうことですか?
「実は魔法について、我が国としてどうするのかという方針が決められていないのです」
「ですが、著者のノヴァック院長は誰が魔法による治療ができるのかを知っています。しかもこれほど早いタイミングで論文を投稿したということを考えると……」
「それはそうですが……」
「すでにマレスティカ公爵領で瀉血が禁じられたという噂はここトレスカまで届いています。ですから……」
「……」
アロンさんは険しい表情のままじっと何かを考え込んでいましたが、あたしのほうに顔を向けてきました。
「ローザちゃん、いいかい? 君の治癒魔法が公になっても」
「え? えっと……」
「君の治癒魔法が公になれば、恐らくもう外を一人では歩けなくなってしまうよ」
「え?」
「何せ、病気すらも治せるんだ。大切な人の命を救いたい人たちにとって、ローザちゃんは唯一の希望になる。たとえば町を歩いているだけで知らない人に、大切な家族を助けてほしいと懇願されるかもしれない。そうなったらローザちゃんはどうする?」
「う……た、助けられるなら助けてあげたいです」
「そうだね。でもその人がお金を持っていなかったら?」
「え? えっと、でも家族が死んじゃったらイヤでしょうから……」
家族じゃないですけど、オフェリアさんの消息が分からないだけでこれだけ心配なんですから、一緒に暮らしている家族が病気で死にそうだったらきっとすごく辛いと思います。
「そうだね。でもローザちゃん、タダで治してもらえるなんて話になれば、同じような境遇の人が次々とローザちゃんのところに押し寄せることになるんだよ。そうなったらもうローザちゃんは自分の生活をするどころじゃなくなって、もしかしたら魔法学園を辞めることになるかもしれない」
「う……」
そんなこと、思ってもみませんでした。
えっと、どうしたらいいんでしょう?
するとツェツィーリエ先生が口を開きました。
「公爵閣下にお願いがあります」





