第四章第10話 結果が出ました
それからもパブロさんは慣れた手つきで次々と瀉血や手術をして、それから梅毒という恐ろしい病気の患者さんに最新の水銀薬を飲ませたりしていました。
あれ? 夢の中で水銀は体に悪いって言われていたような?
「お嬢さん、あなたの番ですよ」
「え? あ、はい」
ずっと出番がなくて手持無沙汰だったんですが、ようやくあたしの番になったみたいです。
「この患者さんは梅毒の末期患者です。根っからの女好きで、あちこちの娼館に通い詰めた挙句、梅毒に感染してこのような状態になりました。どうせ死ぬなら若い女に治療されたいのだそうです」
「えっと……」
そんなことを言われるとなんだか治療したくなくなるんですけど……。
「治療を止めておきますか? まあ、どうせ治療なんてできないでしょうしね」
「え?」
「お嬢さんの師であるツェツィーリエ先生だって、こうした病気の治療ができないというのは有名な話です。だからこそパブロ先生のような優れた医者が求められているのですよ」
院長先生、いくらなんでもそんな言い方ってないじゃないですか。
「やります!」
さすがにムッとなって、あたしは思わず強い口調でそう宣言しました。
「そうですか? まあ、がんばってください?」
院長先生は小馬鹿にしたような表情と口調でそう言ってきました。
あたしのは魔術じゃなくて魔法です。イメージさえできればいいんですから、治療できるはずです。
えっと、梅毒ってたしか、体の中に悪い呪いのようなものが入るのが原因でしたよね?
ツェツィーリエ先生の授業で聞きました。
ということは、その悪い呪いのようなものがきれいになくなるようにイメージすればいいはずです。
それで、このしこりのようになっているところは、もとのきれいな状態をイメージして、えっと、こんな感じでしょうか?
えい!
あ! できました。うまく魔法が発動してくれましたね。
しこりもちょっとだけですけどきれいになりましたし、ぶっつけ本番にしては上手くできたほうじゃないでしょうか?
「お! すげぇ! 体が動く! やった! 頼んでよかったぜ!」
「あ、な、な、な……」
「なんじゃこりゃ!」
患者さんはそう言ってとても喜んでくれました。それから院長先生とパブロさんがなんだか驚いています。
「なぁ、嬢ちゃん、ついでに一発ヤ――」
「お嬢様を侮辱するなら、このまま首を刎ねてやるぞ?」
何かを言いかけた患者さんにラダさんが剣を突きつけています。
いつ剣を抜いたのかまったく見えませんでした。
「ひっ、す、すみませんでしたっ!」
患者さんが謝るとラダさんはすぐに剣を鞘に納めました。
えっと、でもどうしてラダさんは剣を抜いて、患者さんはなんで謝ったんでしょうか?
いっぱつや? ってなんなんでしょうね?
「お嬢様、お見事でした」
「えっと、はい。ありがとうございます」
ラダさんとその後ろにいるヴィーシャさんがなんとなく晴れやかな表情をしているので、きっと院長先生からの扱いに同情してくれていたんだと思います。
「あ、えっと、院長先生、次の患者さんのところに行かないんですか?」
すると院長先生は驚いたのかビクンとなりました。ですがすぐに表情を元に戻します。
「え、ええ。そうですね。それでは次の患者さんの治療に向かいましょう」
こうしてあたしたちは治療対決を再開したのでした。
◆◇◆
翌日、あたしはマルセルさんと一緒に再び終末病院を訪れました。
「マルセル様、ようこそお越しくださいました」
院長先生が昨日のあたしに対する態度とはうってかわって、低姿勢でマルセルさんを出迎えます。
「ああ、出迎えご苦労。それで結果はどうだった?」
マルセルさんもまた、あたしたちと話しているときとは違ってなんだかちょっと横柄な感じです。
「ええ! ええ! それはもう! ローザお嬢様の治療は本当に素晴らしく! ローザお嬢様をご指導なさったツェツィーリエ先生の偉大さ、そして早くからローザお嬢様の後ろ盾となったマレスティカ公爵家のご慧眼にこのノヴァック、感服いたしました」
えっと、なんだかびっくりするほどの手のひら返しです。
というか院長先生、ノヴァックさんという名前だったんですね。
「そうか。それで結果は?」
「はい! それはもちろん! ローザお嬢様が魔術で治療なさった患者のおよそ三割が退院できるまでに回復しました! それに残った患者たちにも、苦痛が多少減るなどの効果が出ております」
「それで? パブロの治療した患者はどうなった?」
「それが……」
「どうなったと聞いている」
「その、患者の半数が死亡しました。他の患者も症状が快方に向かうことはなく……」
「なるほど。瀉血をした患者に限るとどうだ?」
「し、死亡率は九割になりました。生存している患者も意識が戻らず……」
それを聞いたマルセルさんの顔が大きくゆがめ、ぼそりと呟きます。
「……そうか。やはりあそこでローザが止めなければアデリナは死んでいた可能性があったということか」
マルセルさんはあたしに向き直ります。
「ローザ、ありがとう。アデリナが無事だったのは君のおかげだよ」
「え、えっと、はい。でも、当然のことをしただけですから……」
するとマルセルさんは嬉しそうに微笑むと、再び院長先生のほうを向きました。
「院長、手間をかけたな。今後、マレスティカ公爵領では治療と称して瀉血を行う行為は原則として禁止する。瀉血を行い、死者が出た場合は殺人と同様に扱う」
「は、ははっ!」
院長先生は深々と頭を下げたのでした。
えっと、瀉血が禁止になったのはいいですけど、治療対決なんかしたせいで死んでしまった人たちがちょっとかわいそうです。
「さあローザ、屋敷に戻るよ」
「え? あ、は、はい」
あたしはマルセルさんに促され、そのまま終末病院を後にしたのでした。





