第三章第65話 公子様とお話しました
「こんなところでどうされましたか?」
「あ、えっと……」
「いくら制服に防寒の魔術が施されているとはいえ、このような場所ではやはり冷えてしまいますよ」
「はい」
そう言われ、あたしはフードを被ります。露出していたせいで冷たくなっていた耳が少しだけ暖かくなります。
「ダンスの相手に足を踏まれてしまったそうですね」
「は、はい。でもあたしも踏んじゃいましたから」
すると公子様がふっと笑います。
「ですが、かなり痛がっていたと聞きました。大丈夫ですか?」
「はい。魔法で治しましたから」
「そうでしたか。お相手の男性もローザ嬢と踊るということで、緊張していたのかもしれませんね」
「え? あたしに?」
「ええ。ローザ嬢は男子生徒たちから人気があるでしょう?」
「えっ? あたしがですか?」
王太子様をはじめ胸ばかり見ていて、そうじゃないのは公子様くらいな気が……。
それとエルネスト様も違いますね。エルネスト様は魔法にしか興味がない人ですから、あたしのことは多分観察対象か何かだと思っているはずです。
「自覚は無いのですね」
「は、はい……」
「見られているのは認識していますよね?」
「はい。いつもいつも……」
あたしがローブの前をきゅっと閉めると、公子様は苦笑いを浮かべました。
「十分に気を付けてください。ローザ嬢はただでさえ男性の目を引いてしまうのですから」
「はい」
「さあ、風邪をひかないうちに中に入りましょう。顔がもう真っ白になっていますよ」
そう言って公子様はあたしに手を差し出してくれたので、あたしはその手を握ります。そしてそのままパーティー会場へと戻ろうとゆっくり歩き始めます。
公子様はあたしの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれていて、とても気遣ってくれているのがよく分かります。
パーティー会場に戻ると、ウェイトレスの人に言って暖かい紅茶をもらってくれました。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
砂糖のたっぷり入った紅茶はとても甘くて、体の芯まで温まってきます。
公子様は相変わらず笑顔であたしの隣にいてくれて、会場では生徒たちが音楽に合わせてダンスをしています。
マリウスさんも別の女子生徒とダンスを踊っていますし、ヴァシリオスさんは衛兵の格好で会場の警備をしています。
……やっぱりアレックさんの姿はないです。もしかして、あたしがいるせいでしょうか?
「どうしましたか? 不安げな表情をされていますよ」
「え?」
どうやら顔に出てしまっていたみたいです。
「悩み事があるのでしたら、聞きますよ?」
「えっと……」
公子様は相変わらず優しい笑顔のままです。
「で、でも大したことじゃ……」
「そうですか。ですが、今日の私はローザ嬢のパートナーですからね。私としてはローザ嬢にパーティーを楽しんでいただきたいのです」
「……」
どうしましょう。でも公子様なら変な顔をしない、ですよね?
「えっと、すごく変な話しなんですけど……」
「はい」
「あたしって、怖いんでしょうか?」
「怖い?」
公子様は不思議そうな表情を浮かべます。
「美しい、ですとか、可愛らしいといった表現ならしっくりくると思いますが、怖いというのはわかりませんね」
「あ……」
公子様が真顔で褒めてくるのでなんだかドキッとしてしまいます。
「何かあったのですか?」
「それが――」
あたしはアレックさんに怖がられていることを説明しました。すると公子様は一瞬鋭い目つきになりましたが、すぐに優しい笑みを浮かべます。
「ローザ嬢のお話から判断するなら……そうですね。その彼には魔物に関するなんらかのトラウマがあるのかもしれませんね」
「はい。そうかもしれないんですけど……」
「ですが、それは彼自身の問題でしょう」
「でも……」
「特に魔法学園には従魔科もあるのですから、必ず魔物と接する機会はあるということは分かっていたはずです。彼にどんな事情があるのかは存じませんが、魔法学園で学ぶことを選んだのは彼自身なのですから、たとえ魔物にトラウマがあったとしてもそれは本人が乗り越えなければいけないことです」
「はい」
「ですからローザ嬢が気に病む必要などありませんし、何かをしてあげる必要もありませんよ」
「でも、その、ずっとあんな風に怖がられるのは……」
「そうですね。気分がいいことではないでしょう。しかしローザ嬢にそのような態度を取ること自体がそもそも失礼です」
「う……」
「もう一度言いますが、ローザ嬢が気に病む必要などないのです。もし彼の人生に深く関わりたいと思うのであれば首を突っ込んでも構いませんが……」
「そ、そんなつもりは……」
「であれば、放っておけばいいのです。いくらクラスメイトといえども、彼は他人ですよ」
「はい」
それもそうですね。悪意を向けてきた人はたくさんいましたけど、怯えられたのは初めてだったので、ちょっと気にし過ぎていたかもしれません。
「ローザ嬢はあまりご自身に自信が無いように見受けられます」
う、それはそうなんですけど……。
「ですが、周囲の目など気にする必要はありません」
「……」
「ローザ嬢には希少な光属性の力があります。そのうえ複数属性の魔法の使い手で、マレスティカ公爵家の後ろ盾も得ています。よほど目に余るようなことをしない限り、身の安全は保証されています」
「は、はい」
すると公子様はそっと私の耳元に顔を寄せてきました。
「もちろん私だって美しく、魅力的で素敵なローザ嬢の味方ですよ」
そう囁くと、また優しく微笑みかけてくれます。
うっ……これは反則です。
相手は公子様で平民のあたしなんか相手にしないと思っていましたけど、こんな言い方、まるであたしを口説いているみたいじゃないですか。
なんだか頬が熱いような、心臓がドキドキとうるさいような……。
あ、えっと、その、ど、ど、ど、どうしたらいいんでしょう?





