第三章第38話 圧勝でした
ヴィーシャさんが試合をした翌々日、あたしたちは魔術選手権の見物をしに闘技場へとやってきました。
魔術選手権は昨日から始まっていたのですが、昨日は喫茶店が忙しくてずっと裏方の仕事をしていたので見に来られなかったんです。
でも昨日は予選だけだったみたいなので、きっと今日からが本番なので楽しめるはずです。
昨日のうちに組み合わせ抽選がされたそうですけど、リリアちゃんの応援しているラズヴァン選手はいつ登場するんでしょうか?
あ、あと公子様もエントリーしていたはずですけど、ちゃんと予選を勝ちあがることはできたんでしょうか?
本選は十六人からなるトーナメント方式だそうです。ということは、四回勝てば優勝ってことですよね。
「それでは一回戦第一試合を行います。一回戦は予選を免除されたシード選手と、昨日行われました当日予選を勝ち抜いた選手の試合となります。第一試合のシード選手は優勝候補筆頭との呼び声高い実戦魔術部部長のナルドゥス選手、対するは昨日の予選を圧倒的な強さで勝ち上がった生徒会のレフ選手となります」
「えっ? いきなりナルドゥス選手と公子様? ナルドゥス選手、かわいそう……」
「リリアちゃん、それってどういうことですか?」
「だって、公子様でしょ? 勝てるわけないもの」
「そんなになんですか?」
「そうだよ。生徒会の人たちは強すぎるからいつも出場していないはずなんだけど……」
「どうして今回に限って公子様が出ているんですか?」
「それ、あたしが知りたいよ。もうラズヴァン選手に賭けちゃったのに」
「えっと、それじゃあ公子様にも賭ければいいと思いますけど……」
「ダメだよ、ローザちゃん。応援するのは一人じゃないと楽しくないじゃない。そんなことするのはギャンブラーだけだよ」
えっと、そうなんでしょうか?
「あ! わかった! だからオーデルラーヴァだと賭博でお金が無くなって子供を孤児院に入れる人が出るのね」
えっと?
「ローザちゃん、お金儲けのために賭博をしたら破産しちゃうんだからね」
「う、うん」
「ほらほら、リリアもそのくらいにしておきなよ」
ヴィーシャさんがなぜかヒートアップしているリリアちゃんを宥めてくれます。
「あ、私はもちろん公子殿下に賭けているよ」
「あっ! そんなぁ! 裏切り者ー」
ヴィーシャさんはニカッと笑い、リリアちゃんは大げさにヴィーシャさんに文句を言っています。
えへへ、なんだか楽しいですね。
そんなことを話していると、公子様と普通科三年生の制服を着た男性が闘技場の舞台に上がりました。どうやらあの人がナルドゥス選手のようです。
「始め!」
合図と共にナルドゥス選手は一気に駆け出して公子様との距離を詰めました。しかも走りながら詠唱しています。
「ああ、やっぱり実戦魔術部はすごいね」
ヴィーシャさんが感心した様子でそう呟きました。その声に私はヴィーシャさんのほうを思わず振り向きます。
「うん。でも相手は公子様だから」
「え?」
「そうだね。あ、もう終わった」
「えっ?」
私がヴィーシャさんから舞台に視線を移すと、なんとナルドゥス選手が氷漬けになっていました。
ええっ!? 何があったんですか?
「勝負あり! 勝者! レフ選手!」
すると闘技場からはため息が聞こえてきましたが、一部からは黄色い歓声も聞こえてきます。
そんな雰囲気の中、公子様は何事もなかったかのように控室へと戻っていったのでした。
◆◇◆
えっと、はい。ローザです。その、言いにくいんですけどね。魔術選手権、もう終わっちゃいました。
優勝はもちろん公子様です。
公子様は全ての試合で一歩も動かず、相手の選手を開始からほんの数秒で氷漬けにしてしまいました。
白熱した試合をちょっと楽しみにしていたんですけど、実力差がありすぎて試合にすらなっていませんでした。
ちなみに一番善戦していたのはなんと一回戦で戦ったナルドゥス選手です。
え? あれは善戦って言わない?
はい。あたしもそう思うんですけど、一番頑張った人に送られるっていう敢闘賞がナルドゥス選手にも送られていました。
敢闘賞をもらった他の人たちの中に公子様と対戦した人はいないので、ナルドゥス選手が一番善戦したということになるんだと思います。
それに公子様に一番近づいて攻撃を与える可能性があったって、受賞理由が説明されていましたしね。
でもナルドゥス選手はものすごく悔しそうな表情をしていました。やっぱりそんな理由で受賞しても嬉しくないでしょうし、なんだかちょっと可哀想ですよね。
それはさておき、私が今どこにいるのかと言うとですね。表彰式が終わって観客のほとんどいなくなった闘技場の舞台にいます。
なんでこんなところにいるのかですが、それは王太子様に呼び出されたからです。
舞台には公子様の他に王太子様とレジーナさんがいて、観客席には何人かの生徒がまだ座っています。
「レフ、約束どおり機会を作ったぞ」
「ああ」
王太子様は不機嫌そうにそう言うと、あたしの胸に視線を固定しました。
もちろんあたしはマントの前を閉じて視線から身を守ります。するとレジーナさんがすかさず王太子様の足を踏んでくれました。
「殿下!」
「いてっ! おい! レジーナ! 踏んでいるぞ!」
「踏んでいるんですわ!」
それからはいつものようなやり取りが始まりました。
えっと、やっぱりあの二人って仲良し、なんですよね?
次回更新は通常どおり、2022/05/07 (土) 20:00 を予定しております。





