第三章第37話 ヴィーシャさんの治療をします
「左!」
ソリナは攻撃する方向を再び宣言し、その方向に攻撃を繰り出した。
ヴィクトリアは一歩も下がらずにその攻撃を受け止めると、反撃しようと突きを繰り出した。
「顔面がお留守ですよ」
ソリナはさらりとそう言うと、いつの間にか構えていた剣の柄でヴィクトリアの額を小突いた。
「あ……」
「顔に大きな傷ができては、侍女になれないかもしれませんからね」
「く! わ、私は騎士に!」
ソリナが挑発するかのようにそう言うと、ヴィクトリアは顔を真っ赤にする。
「次は右、突き、上段からの振り下ろしです」
ソリナは再び自分がする攻撃を宣言し、ヴィクトリアとの距離を詰める。
「こ、今度こそ!」
ヴィクトリアはその攻撃に対し、より早く届くはずの突きで応戦しようとした。
「遅すぎますね」
ソリナはヴィクトリアの突きが放たれる前にヴィクトリアの右腕を剣の腹で叩き、続いて胸当てで守られている心臓の場所に寸分違わず軽い突きを当てた。さらに目にも止まらぬ速さで剣を振り上げると、剣の腹でヴィクトリアの額をゴチンと叩いた。
「勝負あ――」
「まだです!」
ソリナは勝ちを宣告しようとした審判を鋭い声で制止し、ギロリと睨みつけた。
「で、ですが……」
「まだです」
ソリナはぴしゃりと言い放った。
「あ、いや……」
たじろいだ審判はもごもごと言葉を濁した。
「わかっていただけて何よりです。ヴィクトリアさんはまだ戦意を失っていませんよ」
「は、はい……」
ソリナはヴィクトリアに視線を戻す。
「ヴィクトリアさん、判断は悪くありませんでした。そして、剣をまだ握っていたという点も評価に値します」
「……」
「ですが、防戦一方では勝てませんよ?」
「くっ!」
ヴィクトリアは自分の全てをぶつけるかのように猛攻をしかけた。だがソリナはそれを涼しい顔でいなしていく。
「左腕!」
しかもソリナは攻撃する箇所を宣言すると、カウンターでヴィクトリアの左腕を軽く小突いた。
それからもソリナは宣言した箇所へと的確に攻撃を当て続けていく。
やがてヴィクトリアの全身には痣や切り傷が目立つようになった。しかしどの傷を見ても致命傷とはなっていない。そのこと一つをとってもいかにソリナとヴィクトリアの間に実力差があるかということを如実に表している。
「はぁはぁ。ま、まだ……」
「……その根性は認めましょう。ですが、そろそろ限界ではありませんか?」
「まだ!」
ヴィクトリアは再び攻撃をしようと前に出るが、あきらかに最初と比べてその動きは鈍い。
「やれやれ、上から攻撃します」
そしてその宣言どおりにソリナはヴィクトリアの額を剣の腹で叩いた。
ゴチンと大きな音がし、ヴィクトリアは地面に突っ伏してしまう。
ソリナはそんなヴィクトリアの首筋に剣を突きつけた。
「しょ、勝負あり! 勝者、ソリナ・メリンテ選手」
◆◇◆
「ど、どうしましょう! ヴィーシャさんが!」
「落ち着いてって! あれは試合だから! 相手の人も手加減してくれたから!」
「でも! ヴィーシャさんが!」
だって、かなり一方的にやられていたんですよ?
全身からあんなに血を流していますし、あのまま放っておいたら危険です。もしかしたらヴィーシャさん、瀉血されちゃうかもしれません!
早くあたしが治療しないと!
そう思っている間に、ヴィーシャさんが担架で運ばれていきました。
「あ! リリアちゃん! 早くヴィーシャさんのところに行かないと!」
「う、うん」
あたしたちは大慌てでヴィーシャさんのところへと向かうのでした。
◆◇◆
「ヴィーシャさん!」
ヴィーシャさんが担ぎ込まれたという医務室へ駆け込むと、そこには包帯でぐるぐる巻きになったヴィーシャさんが椅子に座っていました。
「あ、ローザ……リリアも……」
あたしたちに気付いたヴィーシャさんはこちらを見るとぎこちない笑顔を向けてきました。
「ごめん。勝てなかったや……」
「え?」
どうして謝られているんでしょうか?
「そんなことより、治療するんでしょ?」
「あ、はい。そうでした」
リリアちゃんに指摘され、治療しようと近づいたところで医務室の扉が開かれました。
「おや?」
なんと入ってきたのは先ほどヴィーシャさんに大怪我をさせた相手の選手です。
「治療中でしたか。これなら治癒のポーションは必要ありませんでしたね」
「え?」
そう言ってこの人は小瓶を見せてきました。
それを見てあたしはなんだか怒りが込み上げてきました。
「ど、どうしてヴィーシャさんにあんな大怪我をさせたんですか? 簡単に勝てたんですよね?」
「……なるほど。たしかに外から見れば一方的にいたぶっていたように見えたかもしれませんね」
「え?」
「ローザ、ソリナ先輩は私にチャンスをくれたんだ。一撃でも入れられたら二人を――」
「え? ちょっと待ってください。ヴィクトリアさんはその話を本気にしていたのですか?」
「え?」
ええと、どうなっているんでしょう。何を言っているのかさっぱりわかりません。
あたしたちが困っていると、ソリナさんが大きくため息をつきました。
「まず、試合の最中にあのようなことを言ったのはヴィクトリアさんに本気を出させるためです。ヴィクトリアさんはどうも私に対して委縮しているようでしたからね。そもそも、学園祭の試合結果程度で庇護者を変えるなどという話になるはずがないでしょう?」
「う……」
ええと? 庇護者を変える?
「とはいえ、ヴィクトリアさんは死ぬ気で戦ってくれました。その点ではああいった挑発も無駄ではありませんでしたね。しかし、ヴィクトリアさんも騎士を目指すなら挑発された程度で動揺してはいけませんよ」
「……」
その言葉にヴィーシャさんは俯いてしまいます。
「それとローザさん、でしたか?」
「は、はい」
「ヴィクトリアさんをいたぶっていたように見えたかもしれませんが、致命傷にはならないように打ち込む場所を調節していました。治癒のポーションを飲めば全快しますので、手荒い指導だったと理解してくれると助かります」
「指導?」
「はい。ヴィクトリアさんはマレスティカ公爵家の騎士志望であるとレジーナお嬢様から伺っております。将来女性騎士になるのであれば、まず間違いなく女性の警護任務に就くこととなるでしょう。特にマレスティカ公爵家は今、二人もの光属性の少女を庇護していますからね。一気に二人も増えたとなれば、その警護を担う人材を急ぎ育成する必要があります」
「あ……」
「特にローザさん、あなたの場合は身の安全を脅かされる可能性が非常に高いです」
「え?」
「ご存じかどうかはわかりませんが、光属性であるにもかかわらず従魔を従えるというのは聖ルクシア教会の教義に反しています」
そうでした。たしか捕まったらユキたちが殺されて、無理やり改宗させられるんでしたよね。
「我が国では聖ルクシア教会はあまり力を持っていないとはいえ、信者がいないわけではありません。狂信的な者が矛盾を排除するために動くという可能性は捨てきれないのです。ですからマレスティカ公爵家の女性騎士志望であるヴィクトリアさんには、もっともっと力をつけてもらう必要があるのです」
「そうだったんですか……」
「とはいえ、まさかあそこまで粘るとは思いませんでした。友を守るためにあれほどの根性を見せられるのでしたら、もしかすると良い騎士になれるかもしれませんね」
「え?」
「ヴィクトリアさんの将来に期待していますよ」
その言葉にヴィーシャさんは顔を輝かせました。
「それでは、お邪魔でしょうから私はこのあたりで失礼します」
ソリナさんはそう言い残し、颯爽と医務室から出ていきました。
「ヴィーシャさん、やったね! 王宮騎士から認められたよ!」
「ああ、そうだね。私もがんばらなくちゃ」
リリアちゃんに言われて、ヴィーシャさんは嬉しそうに微笑みました。
「う、いたたた……」
「あっ! 治療しなくっちゃ!」
「そうでした。治療しますね」
「ありがとう」
こうしてあたしたちは二人で協力し、ヴィーシャさんの怪我を治療したのでした。
次回更新は通常どおり、2022/04/30 (土) 20:00 を予定しております。





