気づきの始まり
――これは一体どういう状況なんだ
ここまで怒涛の展開すぎて記憶があやふやになっている彼は目の前の状況にただ呆然とするしかなかった。
なにせ、今までに見たことないほど可愛い女の子と何か小さな黒いものが会話しているのだから。
「だぁかぁらぁ、…の言う通りに…だけで…、こっち
だって…なんだってば」
「そんな…が通用すると…よな!このアホ!!」
何となく少女の方が怒られているのはわかるが、会話の内容はほとんど伝わってこない。彼らはかれらで必死なのだろう。彼の意識がハッキリしてきたことに気付いていない。
――あれ、ハエだよな
ハエがしゃべってる?
はえが…しゃべってる!?
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!!」
―バッターン!!
キャパシティを超えた脳は休息を求め、身体に指令を出した。それを正常に受け取った身体は、受け身を取る隙も与えず、停止した。
つまり、顔面から床へダイブした。
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変な声がして振り返ったはずなのに、見えたのは見慣れた部屋ではなかった。
まず、目に入ったのは目の前に突きつけられた白い指先。そしてその指を辿っていくと、とんでもなく端正な顔立ちをしたはずの少女が美少女にあるまじき表情を浮かべ、彼を見ていた。
二人がお互いを見つめ合うこと数秒、
「「誰だ?お前?」」
「……」
「……」
「…はぁん?なんだよ、おっさん!」
「っっ!…んだよ、チョー可愛いからって調子のんじゃねぇ!ていうか俺は未成年だ!」
美少女は上目遣いでガンを飛ばし、それに対抗して少年はやや不慣れな様子で睨みつけようと頑張っている。年頃の男女が交わすには似つかわしくない、お互いの容姿を貶し合う(?)という最悪な出会いである。
――ヤバい
咄嗟に怒鳴り返したけど、
久しぶりに女の子と会話しちゃったよ
どうしよ
その一触即発の空気(まぁ出しているのはもう少女だけで、彼はもう限界をむかえそうではあるが…)は、第三者がその空気を読もうとせずに話しかけてくるまで続いた。
「ヤァ、セリカ。上手くいったか?」
「…チッ!!」
「ひっっ………ん?」
少年は突如聞こえた声にビビリはしたが、この美少女と睨み合わなければいけないというピンチに思わぬ助け舟がきたと思い、声のした方を見た。
だが、誰もいない。
しかしそれについて考える前に、ここに来て初めて少女以外に意識を向けた彼は自分がいる場所を無意識に観察し始めた。
そこは窓の一切ない狭い部屋だった。地下の物置き部屋っぽいのに明かりがそこかしこに付いているせいか、四隅まで見える。
置いてある家具はベットと机と椅子、あとは扉が二つある。壁も床も全てコンクリートのようなのに壁紙やカーペットが一切無いため、冷たい雰囲気がある。そして一番彼が気になったのは、床に描いてある、彼を囲む模様のようなものだ。
何故かその模様に不気味なものを感じとり、身震いする。
――これ部屋か?それにしては何にもねぇな。
ていうかこの気持ち悪い模様何なわけ?
模様を見ているうちに気分が悪くなってきた彼は、やっと少女の存在を思い出した。そして第三者の存在も。
知らぬ間に外れていた意識を少女に戻すと、なかなかにカオスな状況だった。
――美少女が一人でキレちゃってるよ。
改めて見ると、アイドルなんて比にならない
くらい可愛いな、オイ。
ふわふわで柔らかそうな栗色の髪に、透き通ったエメラルドグリーンの瞳、そして寸分の狂いなくおさまった小さな鼻と口。少女がボロボロの布切れみたいな服を着ているせいか、浮世離れしたその美貌がより際立っている。
「元はと言えばレオが悪いんでしょ。」
「なんでオレ様のせいなんだよ、セリカが勝手にやっ
たんだろうが!」
「もっと止めなさいよ!すごく面倒なことになったじゃないの!」
「しらねぇよ!オレ様は関係無いからな。あいつにネ
チネチ言われるのはごめんだぜ。」
「私だって絶対嫌よ!」
――まてよ、このもう一人の声って何処から聞こえ
てるんだ?
少女が見つめている先をじっと見てみると黒いハエが飛んでいるのを見つけた。
――嘘だろ?
少年のキャパシティは既に限界を迎えていたにも関わらず最後にこの特大の一押しがあったのだ。意識を遠くに飛ばすのに時間はかからなかった。