世界壊滅の日
思い付きです。
わかる方にわかってもらえると嬉しいです。
2019年春 国家情報院の1室・・・
「どうかね例の件は。」
白髪交じりの初老の男はソファに腰かけもう一人の30代と思しき軍服姿の男に問いかけた。
「は、分離・強毒化は順調に進んでおります。」
「加えて散布目標及び工作員の選定も万事怠りなく進めております。」
軍帽を脇に抱え軍服姿の男は初老の男に恭しく報告する。
「悪いのは彼らだよ・・・」
初老の男はテーブル上の木箱から葉巻を1本取り出すとライターで火をつけ語りだした。
「自分たちが残した遺産だ本望だろう。」
初老の男の表情は険しい、自分の行いを恐れているかのようだ。
軍服の男は微動だにせず彼の背中を見つめている。
2021年 国家安全企画部シェルター
~ なぜこうなった・・・ ~
初老の男は疲労の浮かぶ顔で自問自答していた。
発端は中国国内で情報収集に当たっていた工作員のもたらした情報だった。
中国東北部の野生生物から人為的に強毒化されたと思われるウイルスが発見されたというものだった。
中国疾病預防控制中心に知られることなく検体・サンプルの回収に成功した我々は密かに国内の実験・研究施設に運び込んだ。
「強毒化・感染力の向上は可能です。加えてワクチンの精製もお任せください。」
白衣姿の男が得意げに語る。
「我が国の生物・医療技術は世界に冠たるものです。」
初老の男はある種の安堵を感じた。
~ ワクチンと治療薬の開発が可能ならアウトブレイクの封じ込めも可能だ、恩を売ることもできる・・・ ~
経過は順調のように見えた、定例報告ではウイルスの致死率・感染力の増大が確認された。
ワクチンの開発も完了間近の報告を受けた。
後は試験を行い効果を確認し、作戦を実行に移すだけだった。
「実験場は北領内がよろしいのでは?」
国家情報院の1室で初老の男に対しスーツ姿の男が語りかけた。
「そうだな、国境は封鎖されているし被害がこちらに及ぶこともないだろう。」
この短いやり取りで実験場が決まった。
北に隣接する国家の貧弱な医療体制での被害者総数は感染者100万、死亡者数40万の試算が出た。
「ワクチンの方は大丈夫なんだろうな?」
「ワクチンの精製は月産1万人分確保しております。」
「わかった、大統領に御報告して最終決定を出す。」
当時の大統領は実験をすぐさま裁可した。
早晩工作員による汚染物質の北への持ち込み、ウイルスの持ち込みが行われた。
作戦は順調だった。
工作員からもたらせられる情報は強力な感染力、高い致死率を物語っていた。
彼らの誤算はウイルスの異常な感染力だった。
当初北領内でのアウトブレイクで収束する予定だった感染は北から、隣接する中国、中国から本来のターゲットであった日本を含める世界各国へと拡散しパンデミックとなったのである。
彼らが事態の収束を図ろうとワクチンを公開したが期待された効力を示さなかった。
この国で横行する汚職の結果なのであろう。
実際研究者たちはワクチンの開発に成功していなかったのである。
刻々全世界での死者数が増大していった。
アジア地域を席巻したウイルスの猛威は現代の輸送力によりスペイン風邪・黒死病も足元に及ばないほどの猛威を振るった。
WHOによりAM-666と名付けられたウイルスは変異により強力な空気感染力を獲得し、地球を飲み込んだ・・・。
「昨日からワシントンの短波放送が入りません。」
シェルター内の通信傍受室で通信兵が報告した。
「インターネットは接続できますがこちらの呼びかけに対しては沈黙したままです。」
「そうか・・・」
初老の男は肩を落とし傍受室を後にした。
シェルター内には感染から逃れることのできた政府関係者・軍人40数名が残るのみだった。
前大統領(作戦発動時の最高司令官)はウイルスの歯牙から逃れられなかった。
現在は国家情報院院長である初老の男が代理である。
数週間前まで盛んに各国の現状報告が傍受室に入電していた。
アメリカは死者数が1億を過ぎたころから計測できなくなっていた。
ロシアは冷戦期のウラル地下核シェルターに国民2千万の疎開を行っていた。
EUは各国から抽出された非感染の生存者数千名を集め冷凍冬眠させていた。
先進国は未来に自国の種を残すのに必死だった。
対してアジア諸国は悲惨な末路を辿った。
東南アジア諸国は貧弱な医療体制により初期段階で壊滅的な打撃を被った。
中国は2020年時点で総人口の80%が死亡したと推計されていた。
日本ですら数千名が長野に残る松代大本営跡を改修した地下避難施設に居ることが確認できるのみだった。
次々沈黙していく通信網の中南極には感染がなく各国観測隊隊員が生き残っているという報告が入っていた。
~ なぜこうなった・・・ ~
憔悴しきった表情で初老の男がシェルター内の大統領執務室で簡素な執務机で悔恨の念に捕らわれている時扉をノックする音に現実に呼び戻された。
「入り給え。」
1年前まであまり目立たなかった白髪だらけになった髪を直しながら初老の男は訪問者に声をかけた。
「失礼しますよ、閣下。」
姿を現したのは国防部長だった。
軍人上がりの男で謀略畑の初老の男を毛嫌いしている様だった。
「何の用だね?」
怪訝そうな目を向け国防部長に問いかけた。
「いえね、ちょっと良くない噂を耳にしまして確認に伺った次第です。」
初老の男の真正面に立ち男は言い放つ。
「今回のパンデミックに閣下が関与していると耳にしたんですよ。」
大統領の椅子とは言い難い事務椅子に持たれかかりながら憔悴しきった表情で初老の男は
「それがどうしたんだね。」
と、国防部長に問いかけた。
「一体何をしたんだ!」
執務机に拳を打ち付け国防部長が憤怒の表情で詰め寄った。
「ははっ。」
初老の男の口から乾いた笑いが漏れた。
「それをいまさら聞いてどうしようと言うんだね。」
国防部長が拳を机上に置いたまま答える。
「今まさに我が国は滅びようとしてる、あなたはその責任を感じないのか!」
しばらく虚ろな視線を国防部長に向けた後、初老の男は淡々と語りだした。
当初の計画では日本で行われる国際イベントに向けた妨害工作、加えて経済的な混乱を生み出し国際的信頼を失墜させるのが目的であったと。
北東アジア地域でのアウトブレイクで収束させる予定でワクチン開発をウイルス強毒化と同時に進めていたが開発失敗と誤算が重なり封じ込めに失敗したのだと。
国防部長は一通り話を聞くと絞り出すような声で問いかけた。
「愚かな、誰がそのような謀略を考えたんですか。」
「前大統領だよ。」
初老の男は答えた。
実際はウイルスの存在に着目した初老の男の発案だったが裁可を与えたのは前大統領であった。
「今から私は化学班と一緒に外部偵察に出かけます、あなたにも同行してもらいます。」
「私の家内と娘は苦しみぬいて死にましたよ、あなたは最高責任者だし、くだらない謀略で国を滅ぼした責任がある。」
初老の男は諦めにも似た表情で短く答えた。
「良いだろう。」
初老の男は椅子から立ち上がると国防部長に促され部屋を後にする
執務室を出ると気密室へ向かう廊下の途中で国防部長付きの軍人が初老の男と国防部長に向かって敬礼をして待っていた。
軍人はまるで死期の迫った老人様な足取りで歩く初老の男に続く国防部長にそっと拳銃を渡した。
「民族の恥辱を後世に残すわけにはいかんからな。」
国防部長は軍人に小声で語りかけた。
シェルターの備蓄はあと2週間持たない、誰も生きてここを出るものは居ないだろう。
~了~
超短編でお目汚し程度ですがいかがでしたか?




