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恋愛観察部

作者: トール



 夕暮れの教室。


 確かに雰囲気は出ているが、ここまでする必要があったか? 上手く乗せられた気がしてしょうがない。


 そもそも教室で告るとか、インパクトがあろうとなかろうとやるもんじゃない。この静けさと緊張感がダメだ。もう死ぬ。戦う前に(くじけ)けそう。


 しかも待ち時間が異様に長く感じるのに、全くもって相手に早く来て欲しくない。


 誰だ? 勢いのまま、今日告るとか言ったやつは……!


 俺だ。


 ……なんでこうなったか。それはあれだ。ほんとに不意に。あいつが可愛く見えて堪らなかったからだ。何気ない一瞬に、抱き締めてしまいそうになったから。


 しかしそこは理性で回避した。衆人環視の中だったから……というか。



 踏み出す勇気がなかったから。



 他愛ない冗談で返した。いつものツッコミ。いつもの笑顔。


 相手もそれに笑ってくれた。心地よい関係。


 それが崩れることを嫌った。


 でも限界にあった。あいつはモテる。俺と喋ってくれるだけでも奇跡で、それも昔からの付き合いのお陰で。幼なじみという関係が、あいつとの最後の繋がりになっていた。その間に彼氏という存在が出来れば切れてしまうような……。


 好きにならないようにしていたのに……。


 いや、好きになったことを気付かないように過ごしていたのに。


 クラスでも目立つことのない俺と、一年の内の告られが二桁は余裕のあいつでは釣り合いがとれていない。


 わかってる……そんなのわかってる。


 声を聞けるだけで、ちょっと嬉しかった。微笑みを向けられるだけで、ちょっと暖かくなった。泣いてる姿に、何故か悔しくなった。手を引かれると、引き返したく、なった……。


 もし、あいつに彼氏が出来て、その笑顔を俺じゃない奴に向けられたら。


 祝福できると思っていた。


 冗談で返せると思っていた。


 泣いても……立ち直れると思っていた。


 でも気付いてしまった。


 見つけてしまった。


 感じてしまった。


 この膨れ上がった気持ちに。


 行き先がなくなれば、どうなってしまうのか……ということに。


 区切りをつけたかった。スッキリしたかった。前に進みたかった。


 いいや、逃げ出したかった。


「……全国の片思い中の奴らは、すげーな……」


 これに耐えれるというのだから。


 俺には無理だった。校内に存在する怪しげな噂に頼ってしまうほど。


 椅子を引いて、自分の席に座る。


 いつものように振る舞えば、緊張がなくなるかもと思ってだ。


 少し後悔がある。なんなら誰かの乱入で先送りにならないかなぁ、なんて考えるほど。


 じゃあ、これから先には?


 ふと思い返す今まで。


 隣に引っ越してきたからと挨拶に来た親に連れられて来たあいつ。人見知りなのか親に隠れるように。直ぐに仲良くなり、連日俺の部屋でゲームをやっていた。クラスの奴らにからかわれて一緒に帰らなくなった。中学になるとその容姿に人目を引くようになるあいつ。お互いに知らない友達ができた。それでも休日には家にやってきて色々と振り回された。少し無理して同じ志望校にした。同じクラスを喜ぶあいつに、俺も喜んだ。


 彩りをくれた。思い出をくれた。


 楽しかった。


 だから。


 ……上手くいっても、いかなくても。


「……まあ、後悔はしない……かな?」


「何が?」


 ガタガタと机を鳴らして立ち上がる。ベタなリアクションだ。それでも本気で驚いたら、本当にこうなるんだなって思った。


 長い黒髪に肩掛けの鞄、着こなれたブレザー姿がよく似合う幼なじみが、手を上げてそこにいた。


「よス」


「……おま、ノックしろよ」


「自分の部屋か」


「バッカ。俺は自分の部屋にノックを求めない。鍵を掛ける」


「バカはあんたでしょ」


「……そうだな」


 ハハハ、と乾いた笑いが続く。いつもより間が持たない。いつものノリが出てこない。いつもどう接していたっけ……。


 この間に誰かが通り掛かれば……なんて思った。


 しかし不自然な程に人気はなく、遠く部活棟からブラバンの練習音がするぐらい。


「……ねえ。話って…………なに?」


 時間切れだ。


 そもそもこんなところに話がしたいと呼び出されたら、八割は内容が決まっているようなもんだ。恥ずい。死ぬ。


 しかしそう思っているのは、こっちだけなのかもしれない……幼なじみは、いつもより無表情だ。いつもより静かだ。


 読めない。


 迷惑なのか、それとも迷惑なのか。ああ、くそぅ……。


 今さら心臓がバクバクと音を立て始めた。気のせいかブラバンのメロディーもサビへ。盛り上げてくれる……! やめて。


 言わない、という選択肢が、一瞬だけ過る。


 でも、それで後悔はしたくないという想いが塗り潰した。


 ここで、これで、これまでの関係が終わる。俺が終わらせる。ここから、これから、今からの関係が始まる。それは望んじゃいないものになるのかもしれない。



 それでも、この気持ちに、嘘を張り付けたくないから。



 気付けば――――幼なじみが、顔を赤くして驚いていた。


 ――――あれ? 俺、なんて言った。



###



 その告白現場の教室を見下ろせる位置の一室でカーテンの間から何かがキラリと光った。


「おいぃぃ?! 見ろ、見ろよ! くっそ! なんでだ? ガチガチのガチでガチガチだったじゃないか! あの照れ笑いは間違いなくイエスだろう?! バッカ、神様じゃねえよ。オーケーの方だ。祈ってんのは俺の方だ。わかるか?」


「わからない。より具体的に言うと、お前が」


 反射した双眼鏡を片手にした二人が、カーテンの隙間から向かいの教室を見下ろしていた。


 シルエットからして、ガリにデブの二人。


 両極端な二人が告白の現場を――――ありていに言えば、覗いていた。


 興奮しているのはガリの方。この男、ちょっと病的に白く細い。しかし無遅刻無欠席を十年貫く健康さが本人にとっては自慢だそうである。


 伊納(いのう) (かなえ)


 全国模試でトップに輝く頭脳を持つ高校二年生で、切り揃えられた五分分けの黒髪と鋭い瞳が特徴的な男子生徒だ。しかし本人的にはコンプレックスなので、目を隠すために眼鏡を掛けている。


「舞台設定までしといて、失敗すんのが見たかったのか?」


「うん」


「クズめ」


 そしてそれを罵倒したデブの方。


 紫董(しとう) 幕無(まくむ)


 体重はクラス一。圧巻の三桁を誇る坊主頭に糸目の男子生徒。同じく高二。ダイエットを試みて、その脂肪が筋肉に変わってしまい体重が増えた現代の奇跡。


 その性格にして過激と温厚を地でいくデコボココンビは、笑顔を浮かべる向かいの教室の二人を確認すると、手に持っていた双眼鏡を下ろした。片方は丁寧に、片方は投げ出して。


「ふん!」


 更に伊納がカーテンを引いて外の景色を完全にシャットアウトする。


「またあ……。毎回不機嫌になるんなら依頼を受けなきゃいいだろ?」


「違うね。不機嫌なのはその結末の方で、ストーリーの展開のされ方に文句があるんだ。依頼を受けないことには繋がらない。俺の期待は止められない。ここは何部だ? 言ってみろ!」


「あー、はいはい。兄より優れた」


「そっちじゃない!」


「……恋愛観察部です」


「そう! ここは恋! 愛! 観察部! そして俺はここの折しも二十代目を務める部長! なんだ? ん? 俺の名前を言ってみろ!」


「きめえ」


「そうだ! 俺の名前は伊納 叶! まだドキュンネームが良かった女の子ネームだ! んだこら、文句あんのかあ?! ああ?!」


 取っ組み合いを始める二人だったが、あっさりとその決着はつき、部長が平部員に取り押さえられる。


「いたたたた。いたい、いたいよ。紫董くん。なんでそんなことするんだ? 放したまえ」


「より具体的には?」


「話し合おう」


「分かった」


 極められていた腕を解かれ、伊納は大げさにも痛がって見せたが、紫董は取り合わない。毎度のことなのだ。流石に慣れた。


 第二科学準備室の更に隣のデッドスペースである。縦に長い部屋。


 それが彼らの部室。


 廊下側に扉が存在しないこの部室は、第二科学室と第二科学準備室を通り抜けなければ来られない造りになっていて、必然的に鍵が三ついる厳重な部屋になった。


 そのせいか部室には学業と関係ないものばかりが置かれている。


 古いツードアの冷蔵庫、その上にあるこれまた古いポット、保健室で見たことがある気がするベッド、ベッドになる黄色いソファー、最新型のデカいテレビ、その隣にある小さなノートパソコン、菓子類が広げられたローテーブル、漫画が並べられた木製の本棚。


 とても学校には思えない有り様だ。


 めそめそと泣き真似をする伊納部長は、しかし紫董の座っている隣に腰を降ろすと早々に涙を引っ込めた。


「さて、どこまで話したかな?」


「ここが恋愛観察部で、クズが部長で、お前が伊納 叶ってところまでだ。そもそもお前が()()()()()()()だろ?」


「様式美というやつだ」


「……またそれか」


 頭を抱える紫董に、伊納は高笑いをする。


 恋愛観察部。


 古くは二十年も続く部活で、その内容は部名の通り、人の恋愛を観察することに尽きる。


 事の起こりは二十年前に遡る。


 当時の初代部長は、モテた。それはもう大そうなモテようでモテ期が人生なんじゃないかというほどだった。綺麗な子可愛い子男の娘と選り取りみどりな初代部長。しかし彼は恋愛というものがよく分かっていなかった。そのため、告白をことごとく断る結果に終わらせていた。今ではない、と。


『それでもいずれは自分にも好きな相手が出来るだろう、いつかは恋人が出来て、やがて結婚……する、筈?』


 初代部長にはそのヴィジョンが全く見えなかった。


 これはマズイのではと思った初代部長。恋愛を学ぶために、書物を読み漁った。


 漫画に小説だ。


 ハマった。


 そこで何をトチ狂ったか、この部を設立。


『恋愛するのは気が進まないけど、見たり読んだりするのは好きだ。何より漫画のアイデアになる』


 との発言を残した。大学をうっちゃって漫画家になった初代部長。


 それがまさか二十年も続くとは思っていなかっただろう。アホだ。


 しかし続いてしまったものは仕方ない。手を変え品を変え部室を変えて受け継がれてきた恋愛観察部。二十年。


 今では恋愛の舞台設定から根回しに段取りまでつけるという部活に進化した。しかし当初より続く理念は変わらず。


 他人の恋愛している様を見て楽しむ、を旨に。


 そんな香ばしさが残る部活であるためか、入ってくる部員も香ばしい奴が多く、一番香ばしいのが部長として選ばれる。


 現部員は三名。


 卒業していった二名のため、部というよりは同好会となってしまったが、元より部活案内にも載らない非合法な部活である。部員勧誘という焦りもなく今日もその内容に沿った活動をしていた。


「さて。これで依頼は完遂だな。しかしこれで分かってくれたかな? ここが恋愛観察部である限り、依頼を受けないという選択肢はないということを! そう、例え不愉快でも!」


「受けないこともあるだろ」


「リア充とか爆発すればいい、本当にそう思ってる」


「今回は目があるって、俺が言ったじゃん」


「いやあ、相手は学年で三指に入る美少女だったから。絶対ツボに入る結果になると思って。だってサッカー部の西宮フってんのよ? まさかあんな冴えない君が下剋上かますとは。あいつ、明日からイジメに合うけど、仕方ないよな……」


「フォローしてやれよ」


「主犯が俺なのに?」


「止めてやれ」


「うーむ。相方がそうまで言うのなら、致し方なし! 不幸のメールぐらいで治めといてやろう」


「止めてやれ」


「止めろ止めろって! じゃあ俺の気持ちはどうなるんだね?! この熱く焦げついた想いは! もしかしたら俺にもワンチャンス? そう思っていたのに!」


「あー、ほら。次の依頼人が来たぞ」


 部長の相手が面倒になってきた紫董が、突然画面を明るくしたノートパソコンを指差す。気を逸らすことにしたようだ。


 映し出された映像は、どこかの狭いロッカーの内部。


 ここで恋愛に関する手助けをするという噂がある。


 勿論、恋愛観察部が流した噂だ。


 恋愛観察部は恋愛に関する依頼を欲している。


 というのも、その依頼料に求めるのが、その恋愛の一部始終、もしくは結末だからだ。


 恋愛物を描くためにその資料を欲した初代部長の私欲が強く表れている。


 しかしこれが功を奏した。


 その活動内容のために公に出来ない部活と、相手の弱みとも取れる恋愛内容。隠したいという両者の利害が一致。以来、二十年も隠しきれている。


 勿論、秘匿という約束を互いに交わしてはいるが、人の口に戸は建てられない。


 この部室といい、その内容といい、いつバレてもおかしくはない。しかしバレない。何故か。


 学校側や学外にも協力者がいるからだ。


 依頼者が年々にして協力者へと加わり、その権力や影響範囲を拡大させる中で、それに反して縮小している部活。今や二人。


 しかし少ないながらも人の気持ちを届かせるために、秘めたる想いを持つ生徒を真摯に見つめていた。


「男はダメだ。もう男の依頼は受けん。大体俺は少女コミックの方が好きなんだ。男主観とか誰得なの? ファンが離れてもいいの?」


「またなんの話を……。というか、依頼人。女子だぞ? しかも可愛」


「ははははは! 待っていたまえ! 君の真実相手が今いくぞおおおおおおおおおお!」


「バッカ! 待て! お前が待て! なんのためのカメラだと……ああくそっ!」


 部室を飛び出していった部長を追いかけて、紫董も走り出す。


 画面には、くだらない噂に一縷の望みを掛けた少女が。


 今日もまた恋愛観察部の活動が始まる。



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