エピローグ
「次は、そうだなぁ、ねぇ幽霊さん、私ね、勇者に憧れてるの、昔から、なんでだろう、分かんないけど、夢の中でね温かくて優しい声でいつも私に語りかけてくれるの、幽霊さんにもお話しした勇者のお話し、誰かは分からないけどとても懐かしいようなくすぐったいような、えへへ、何言ってるか分からないよね、でもねそのおかげで私は勇者になりたいなってずっと思ってるの」
「……勇者に、お前が?」
聞き捨てならない単語に思わず返事をしてしまう。
「あは、やっとお話ししてくれた、ずっと話しかけてたんだからね」
「……聞こえてたよ、ずっと騒がしい声が、とりあえず勇者を目指すのはやめとけ、あれはロクなものじゃない」
「えぇっ! なんで、勇者知ってるの?」
「あれこそ神の祝福という名の呪いだ」
「でもでも、私は勇者になりたい、そしてこの村みたいな場所を無くすんだ、悪い奴をやっつけて、みんなを笑顔にする、それが私の夢」
フンスーと鼻を鳴らし笑うアリス。
「悪い奴をねぇ、この世界に悪い奴はいるのか?」
「いるよ、幽霊さん知らないの? 魔王がいるんだよ、この世界をね壊そうとしてるんだって、それを勇者様がやっつけようと旅をしてるんだよ」
「この世界にもいるのか、そして争いがまだ無くなってないんだな、フリューゲル、お前俺に争いのない世界を見せてくれるんじゃなかったのかよ」
落胆する、この世界に、フリューゲルに。
「よし、行こう、幽霊さん」
「あー? こんな時間にどこ行くんだよ」
日は落ち夜の帳が下りている。
虫のさざめきだけがこの静寂の中響き渡る。
森を歩き木々を抜けた先は小さな丘だった。
「見て、綺麗でしょ」
レオンが入った瓶を空高く掲げる。
「……ほぉ、中々に」
レオンの瞳には満天の星空が映った。
辺り一面に光る星に思わず感嘆の声が出た。
これには流石のレオンも文句は無く静かに眺め感動していた。
「ね、凄いでしょ、私のお気に入りの場所」
「たしかにこれは、凄いな」
「ね、ね、そうでしょ」
レオンの珍しい肯定にアリスは嬉しそうに頷きはにかむように笑う。
「今日はさ、ここで寝よっか」
「勝手にしろ、俺には睡眠は必要ない」
「じゃあおやすみ、幽霊さん、また明日ね」
「……あぁ、また明日」
それは次の日を迎えるための約束。
次の日、アリスは元の家にいた、朝からずっといる。
何をするでも無くただ寝っ転がって天井を眺めているだけ。
「それ、楽しいか?」
「楽しいか楽しくないからでいうと、楽しくない」
「だよな」
ならなんでやっていると聞くと、ただ笑うだけで答えてくれない。
「おいガキ、明日お前、死ぬんだろ?」
「えっ、なんで……」
初めてアリスはこの日天井からレオンに目を向けた。
それが少し嬉しく思いレオンは上機嫌になる。
「村人達の会話で聞こえてきたんだよ、なんでお前まだこの村にいるんだ、俺をこっから出してくれるなら村の奴ら全員殺してもいいけど、それが嫌だってんならこのままでいいから、さっさと出て行こうぜこんな村、そして旅に出よう、この世界にはな、不思議なもんがいっぱいあるんだぜ、空飛ぶ野菜や、笑い上戸の龍とか、面白いもん、全て一緒に見ようぜ、な?」
それはあの村人の会話が聞こえてからずっと考えていたこと、この村がこの世界の全てじゃない、フリューゲルが作りたかった美しい世界がきっとどっかにあるはずだ、それを見に行くのも一興、そしてあいつの親友だった俺の役目でもあると考えている、そのついでにこいつよ面倒をみてやってもいい程度にはこの少女をレオンは気に入っていた。
勇者好きで、甘く、弱く、脆く、けど常に笑う強いこの少女がどこかフリューゲルに似てて、そんな少女とこの数日接して、ほっとけなくなってしまった。
それは1000年誰とも接することのなかった故の寂しさかもしれない。
この少女の境遇に同情した哀れみゆえかもしれない。
けれどどんな理由であれ、魔人レオンは、ただの少女であり明日には生贄にされ死んでしまう少女のことを気に入ってしまったのだ。
そして当たり前に目の前の少女は頷いてくれるんだと思ってた、この先の旅に
——けれど
「ごめんね、私は行けない」
「……なんでだ、お前この村に残る理由がないじゃないか、今にも殺されようとしてるんだぞ、お前に酷いことをしてるんだぞ!」
「でもこの村の人達はこんな私を育ててくれたの、親がいなくなってから私にご飯をくれた、服をくれた、そこにどんな考えがあったとしても、私は感謝しかない」
「聖人かよ、お前実はババアなんじゃねーのか」
「あはは、残念だけどまだ何も分からない10歳だよ」
「なら、これから俺が教えてやる、こう見えて俺は物知りなんだ、だから」
「私が死んでこの村が助かるなら、私は喜んで死ぬよ、ごめんね、幽霊さん、明日私が生贄になる前には開放してあげるから、もう少しだけ付き合って」
これ以上の言葉は出てこなかった。
「……後で絶対後悔するからな」
その瞬間バンっと古びた木の扉が蹴やぶられる。
「おい、見たぞ、聞いたぞ、なんだその瓶の中の物はっ!?」
入ってきたのは村の若い男数十名だ、手には農具を持っている、中には包丁を持っているものさえいる。
「お前、森の中の祠に近づいたな、それは悪しき魂だぞ、寄越せ!」
「いや、これは私のお友達なの、これだけは許して」
「お前、既に操られているな、おいお前ら、こいつから瓶を奪え!」
アリスはすぐさまお腹に瓶を隠し亀のようにうずくまる。
そこに大人達は容赦なく蹴りを入れたり農具で叩く。
少女の体からしてはいけない音さえ聞こえてくる。
けれど少女は悲鳴もあげずただただ耐える、いつものように。
「……ごめんね」
最後の力で瓶の蓋を開ける、そして少女は動かなくなる。
「おい」
しかし返事はない、男達の攻撃は止まらない。
「おいっ!」
体はすでに動かない。
「おいっ!!」
瓶が割れる。
男達は驚いて後ずさる。
「……なるほど、おかしいとは思ってたんだ、いくら霊体といえど、この俺がただのガラスの瓶を割れなかったのはこいつのせいか、こいつ俺の封印結界を破ったり、俺を瓶を封じ込めたりと、無意識だろうが、こいつ能力者なんだろうな」
「あ、あ、悪魔め、お前がこの村の作物を枯らし、そいつを操って俺たちを騙そうとしたんだろ!」
「悪魔ね、俺から言わせたらお前らの方が悪魔な気がするけどな、大人が寄ってたかって、愚かな人間共がっ!」
高濃度の魔力を放つ、それだけで男達は口から泡を吹き倒れる。
一般人にとって高濃度の魔力は体に毒なのだ。
「さて、おい、アリス、お前の体、俺が借り受けるぞ」
そう言ってレオンはアリスの体に入り込む。
すると白かった髪は黒く染まり、目の色が元々は綺麗な蒼だったのだが、左目だけ赤く変色する。
「これは嬉しい誤算だな、この体、まだ生きている、俺の再生能力を持ってすればこの程度のケガなら治せるが、問題のアリスの魂は…………駄目か」
それはとても落胆した声だった、レオンを知っている人物が見たらあり得ないと叫ぶだろう、あのレオンが、血も涙もないと言われていたレオンが数日の関係の少女の死を悲しむなど。
『……ごめんね』
アリスの最後の言葉が頭から離れない。
なんで謝る、なんで最後の言葉が恨み言じゃなく俺なんかに謝罪なんだ、何に対して謝ったっ!?
俺は少なくともこの三日間は楽しかったのに。
「これから、どうするか」
特に目的はない、生きる希望も既にない、この世界にレオンが知っている人物ももういない。
もう一度世界をどうにかしようとも既にやる気はなく……ふと少女の言葉が頭の中に出てくる。
「勇者になりたい……か、しょうがねぇ、結局助けてくれた礼はできないままだったし、とりあえず」
少女が真に願い、叶えられなかったことを叶えてやることも一興。
「世界でも救ってやるか」
と