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それから幾月、何万と夜が明け日が登っただろう。
ある日常の朝、『彼』が目覚めた。
「……ん、なんだ、封印が解けた?」
レオンはまだ不明瞭な意識を起こす。
そして目の前に誰かがいるのを感じる。
「誰だ、俺を起こすのは?」
威厳ある声で問う。
これで屈強な兵も腰を抜かすほどの威圧がある。
それでも目の前の人物は腰が引けるどころか堂々と何もなかったかのように立ったままだ。
レオンの目に映ったのは
——勇敢な少年ではなく
——狡猾な賢者でもなく
——正義の心を持つ騎士でもない。
ボロボロの格好した小さな少女だった。
すぐさま感知を行う、どうやらここは森の中の祠か、レオンは祀られていたようだ。それにここから少し歩いたところにいくつもの魔力を感じる、小さな村があるようだ。
目の前の少女はそこの村の者かと健闘をつける。
「……なんだ、ガキ、お前が俺の封印を解いたのか?」
「私はアリスだよ、幽霊さんはここに住んでるの?」
「あぁ、幽霊だぁ、俺のどこを見て幽霊だと……」
違和感があり近くにある水たまりで自分の体を見る。
足がない、手がない、胴がない、というか黒いモヤだった、確かにこれは幽霊と言われてもしょうがないだろう。
「なるほど、肉体はもう朽ちたか、まぁいい」
「幽霊さん、なに一人で喋ってるの?」
「お前、もう一度聞くがどうやって俺の封印を解いた?」
あれは世界に選ばれた勇者の技、いかに時が経ち封印が緩くなろうと、こんな小娘に解かれるわけがない。
「んー触ったら勝手に解けちゃった、ごめんね?」
「いや、別にいいさ、逆に礼を言う、お礼に何か願いを叶えてやろう、何がいい?」
「お願い、じゃあ、私とお友達になって」
「はぁっ?」
少女の純粋で年齢相応の願いに呆れるレオン。
「おいおい、俺みたいなやつよりきちんと人間の友達を作れよ」
「……私、友達いないもん」
「なんだ、ひとりぼっちなのか?」
「うん、みんな、私のこと悪魔の子って呼ぶの、髪が白いから、呪われてるんだって」
確かに少女の髪は白いがレオンの時代にはそんなの数え切れないほどいた。
「はっ、今も昔も、くだらねぇことばっか気にするな、人間は、もっと気にすることあるだろ」
「なら、友達になってくれる?」
「めんどくさいからそれは嫌だ」
「えい」
「はっ?」
レオンはそこら辺にあった瓶詰めに入れられ少女の家に持ち帰られた。
「おい、他にいい入れ物なかったのか、ってか俺をここから出せ」
「嫌だよ、だって幽霊さん出したら逃げちゃうでしょ?」
「当たり前だ、さっさと出せ、さもないとお前を食っちまうぞ」
「怖いから出さないもんねー」
なぜか楽しそうに笑う少女にレオンは毒気を抜かれる。
「はぁ、分かった、少しだけなら友達ごっこに付き合ってやる、だから飽きたらここから出せよ」
「うん!」
瓶の中から部屋を眺めるがオンボロの木造建手の家で、お世辞にも人が住めるような場所ではないと言える。
そこらかしこに虫の巣が蔓延り、木も腐り、いつこの家が崩壊してもおかしくない。
「なぁ、お前、親は?」
「いないよ、私生まれてからずっとひとりぼっち、ずっとここに住んでるの」
「……なるほどな」
それは一瞬だったが覚えてしまった、同情心。
魔人たる自分がたかだか人間の小娘に同情をするなど。
「ねぇ、なんのお話しする、なんか楽しいお話知らない? 私がお話ししてあげよっか?」
とてもワクワクした顔で膝の上に置かれたレオンに話しかける。
「なんの話だ?」
「勇者のお話し」
「俺は勇者は嫌いだ」
「いいから聞いてて」
——昔々、この世界は悪〜い魔人に支配されていました、魔人の手下の魔獣が蔓延り人々はいつも怯えた暮らしをしていました。
けれどある村の一人の勇気ある少年フリューゲルがこう言いました。
「私が魔人を倒し、世界を救おう」
すると空から光の梯子が降りてきて、少年フリューゲルを照らすではありませんか、その光によって神の加護を受けたフリューゲルは神より伝説の剣を貰い魔人退治の冒険に出るのであった。
冒険の旅路は命がけの連続であった、時には毒沼に住む蛇の魔獣を倒し、時には三の顔を持つ犬の魔獣を倒し、フリューゲルはその道中でできた仲間達はとうとう魔人が住むお城へとついたのだった。
そこで勇者一行と魔人の戦いが始まる。
勇者達は傷つき犠牲を出しながらも魔人を封印する。
そして世界は平和を取り戻した。
「それから勇者達はどうなったんだ?」
「知らない、なんせ、1000年前のお話だから」
「……そりゃこんだけ脚色されるわけだ」
今まで黙って聞いていたが、この話殆どがデタラメだった、フリューゲルに仲間なんていないし、そんな勇気ある少年でもない、どっちかというと泣き虫で内気なタイプだ。
伝説の剣なんてもんもあいつは持っていなかった。
「というか俺は別に世界を支配まではしてないんだけどなぁ〜」
「ん?」
「なんでもない、取り敢えずその話は俺は嫌いだからもうするな」
「えぇ、私好きなのに、じゃあ幽霊さんのお話を聞かせてよ」
「しょうがねぇな、俺がとっておきの話をしてやるよ」
これは身内に話せば大爆笑必至の俺のとっておきの話。
「おい、いるか!」
レオンが話し始めようとした瞬間、扉が乱暴に開く。
アリスは慌ててレオンの瓶を背中に隠す。
レオンからは見えないが声的に男だろう。
「な、なに?」
「ほら、今日の飯だ、ありがたく食えよ」
「ありがとございます」
「後三日だからな」
「……うん、わかってるよ」
そうしてまた扉が閉められ男の足跡が遠ざかっていく。
「今のは?」
「私にご飯を運んでくれる人」
「あの男が言ってた後三日ってのはなんだ?」
「ん、なんでもないよ」
明らかに何か隠しているアリス、だがレオンもそこまで興味はなかったのでこの話はこれで終わりになった。
「ってかこれがお前の飯か?」
野菜が少ししか入ってないほぼお湯。
米がほとんど入ってないお粥。
「こんなもん奴隷より酷いじゃねぇか」
「今、この村ね、作物が育たないんだって、呪われてるんだよ、だからこんな私にもご飯を分けてくれるだけ感謝しなきゃ」
そう笑ってアリスは食べ始める。
「幽霊さんも食べる?」
「俺は食事は必要ない、肉体がないからな」
「そっか、便利でいいね」
そう笑う少女はとても羨ましそうだった。
り