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森の動物達とお願い事

作者: HEN

 これは、とてもとても古い、大昔のお話。

 とある森に、立派な虹がかかりました。

 その虹は逆さまで、森に住む動物たちなら、みんなが知っています。

 けれども、どうしてそうなったのかは、本当は誰も知りません。


「きっと、誰かがそうなるように願ったんだよ。」


 森に住む動物たちは話します。

 この森にかかる虹が、どうして逆さまなんだろうと。

 けれども、決まって答えは見つかりませんでした。


「誰かってだーれ?」

「誰かは誰かさ。」

「誰かじゃ分からないよー。」


 そう言って首を傾げる小鳥たち。

 森は平和で、いつも誰かの笑い声がしていて、穏やかです。

 遠くの森から、逃げてきた動物たちもいますが、ここでは平和です。

 そんな平和な森の中、一匹の動物が、顔をあげて尋ねます。

 その動物は、真っ黒な子猫でした。


「願うって、どうして?」


 闇のように黒い毛並みの中、瞳だけが金色に輝いています。

 好奇心旺盛なその子猫は、小鳥たちへと続けて尋ねました。


「逆さまにして、何か良い事があるの?」

「さぁ?あったのかな?なかったのかな?」

「ずーっと昔の事だから、誰も覚えてないんだよ、新入りさん。」


 小鳥たちの言葉に、子猫は新入りと呼ばれながら「ふーん」と返します。

 そのまま、小鳥たちはペチャクチャと、おしゃべりを続けていきました。


「良いなぁ。私も何か願おうかな?」

「願うだけじゃダメだよ、ドングリを持っていかなくちゃ。」

「ドングリはドングリ池へ。お願い事は3回唱えるんだよ。」


 そう言って笑うように、歌うように、子猫の上で、小鳥たちが喋ります。


「大きな願い事は叶わないよ。冬を秋に戻したりとかは森がビックリするからダメだよ。」

「森で手に入るものをお願いするのも叶わないよ。お腹いっぱいの食べ物が欲しいとか。」

「叶えて欲しい時は3回唱える。ドングリをドングリ池に投げ入れてから、3回。」

「「忘れちゃダメなんだから。」」


 そう言って飛び立つ小鳥たち。

 それを見ていた子猫が、ぽつりとつぶやきます。


「ボクも、ドングリを持っていったら、叶うかなぁ?」




 黒い子猫は、森の中ではまだまだ新入り。

 知らない事だらけの毎日です。

 そんな毎日の中で知った、ドングリ池でのお願いのお話。

 何かを叶えようと、小さな子猫の冒険が始まります。

 でもその前に、まずは場所を聞いてから、出発しようと、近くにいた森の動物達へ尋ねます。

 いたのは、キツネとリスでした。


「ねぇ、ドングリ池ってどっちにあるか分かる?」


 尋ねる子猫に、


「「あっちだよ。」」


 と、揃って、全く別々の方角を指さします。

 子猫は首を傾げました。


「どっち?」

「「あっち。」」


 何度聞いても、方向は全く違います。

 子猫はどうしようと、戸惑いました。

 それに、キツネが目を細めて口を開きます。


「嘘だと思うなら、根っこ広場で、もう一度同じ事をさせたら、良いんだよ。」

「根っこ広場?」

「うん。根っこ広場だと、嘘つきは、根っこに捕まっちゃうからね。それで、分かるよ。」


 これに、リスが口を挟んできます。


「根っこ広場の話なんて、大嘘だよ。捕まったりなんてしないよ。」


 自信満々なリスと、笑っているように見えるキツネ。

 果たしてどちらが、本当の事を言っているのでしょうか?


「とりあえず、リスさんは自信があるみたいだし、捕まらないんだよね?」

「そうさ!オイラが捕まったりなんてするもんか!」


 その様子に、子猫は少し考えると、続けて口を開きました。


「だったら、その根っこ広場に行って、確かめてみようよ。

 そうすれば、どっちが嘘付きかは、少なくとも分かるよね。」


 この言葉に、三匹は根っこ広場まで、やって来ました。

 そこで、子猫はまた尋ねます。


「さぁ、ドングリ池は、本当はどっち?」


 尋ねる子猫の言葉に、キツネとリスは、やっぱり違う方向をそれぞれ指さして口を開きました。


「「あっち!」」


 その瞬間、根っこ広場に埋まっていた根っこが動き出して、一斉にリスへと襲いかかります。


「うわー!なんだこれー!」


 あっと言う間に、リスはその根っこに胴を絡め取られて、宙吊りにされてしまいました。

 それを見たキツネが、笑みを浮かべたまま口を開きます。


「ほらね、ドングリ池はあっちだったでしょ?

 根っこ広場の話も嘘じゃなかった。

 正しいのは私だよ。」


 その言葉に、子猫もキツネの言葉を信じて、頷いて返しました。


「うん、キツネさんが言ってるのが正しかったよ。

 疑ってしまってごめんね。」


 これに、相変わらず笑顔のままで、キツネが口を開きます。


「良いんだよ、別に気にしてないからね。

 ただ、嘘を信じちゃうと、君が困るだろうって思っただけだからね。

 これで、方向は分かるから、迷子にもならないよね?」

「ありがとう、キツネさん。」


 和やかに話してる中に、嘘付きだったリスの声がかかります。


「いたずらのつもりだったのにぃ。

 ――反省してるから、助けてくれないかなぁ?

 この根っこ、噛んで削ろうにも、届かないんだよぅ。

 このままじゃ、一生根っこに捕まったままになっちゃう。」


 その言葉に、キツネが笑ったままで、口を開きました。


「良いよ、私が助けて上げる。

 今、噛み切ってあげるからね。」

「ありがとう。」


 なんともお人好しなキツネと、いたずらをしようとして、根っこに捕まってしまったリス。

 その二匹の様子を見た子猫は、エールを送ってから、森の奥へと向かいました。


「じゃぁ、頑張ってね、キツネさん。

 リスさんは、いたずらは程々にね。」

「「うん、またね。」」


 キツネとリスと別れて、どんどん森の奥へ向けて歩いて行く子猫。

 途中、ドングリを見つけたので、口にくわえて、キツネに教えてもらった方角をひたすらに進みます。




「ドングリ池、ドングリ池。

 三回お願い唱えて、ドングリを入れる。

 そうしたら、お願いが叶うんだよね?」


 お願い事の注意点もありましたが、子猫はしっかりとその事も覚えています。


「大きな願い事と、森で手に入るものは、お願い出来ないんだよね。」


 何を願おうかと考える子猫でしたが、途中、大きな崖に阻まれて、先を進めなくなりました。


「困ったなぁ、向こう岸まで渡れないや。」


 そんな中、少し遠くで、ボロボロになった吊橋が、掛かっているのが見えます。


「そうだ、あそこなら渡れそう!」


 思い立った子猫は、今にも崩れそうな吊橋をゆっくりと渡っていきます。

 そうして、渡り終えたところで、イライラとした声が聞こえて来ました。


「いつまでそうやってるんだよ!

 橋を渡るだけじゃないか!」


 怒鳴っているのは、一匹のアライグマでした。

 彼は、木の後ろで身を縮める大きなクマに対して、プンプンと怒っています。


「ほら、見ろ!

 あんなチビスケだって、渡り終えているんだぞ!

 それなのに、お前はいつまでそうやってウジウジしてるんだ!?」


 怒鳴るアライグマに、木の後ろからクマが口を開きます。


「だって、あんなにオンボロなんだよ?

 いつ崩れるか、分からないじゃないか。

 危ないから、違うところから渡ろうよ。」


 慎重というよりも、渡るのが怖くて、腰が引けている様子の大きなクマ。

 それに、アライグマがキーキーと騒ぎます。


「なんだよなんだよ!

 意気地なしだなお前は!

 良いか、見てろよ!

 今俺がダーッて走って渡って、そしてダーって走って戻って来てやるからな!

 それを見たら、お前だって、崩れるなんて、もう言えないんだからな!

 見てろよ見てろよ!」


 そう言うや否や、実際にボロボロの吊橋を走って駆けて行きます。

 そして、向こう岸に着くと、一旦胸を反り返らせて口を開きました。


「どうだいどうだい、見なよ今の。

 全然どうってことないじゃないか。

 さぁ、これからまた走って戻るぞ。

 戻ったら、次はお前の番なんだからな!」


 そう言って、アライグマは、向こう岸へと渡った時同様に、一気に駆けて戻ってこようとします。

 ですが、ボロボロだった橋は、二度目の彼の走りに耐えきれません。

 そのまま、プツリと、支えていたロープが、切れてしまいました。


「わー!」


 真っ逆さまに、落ちていくアライグマ。

 それを見たクマが悲鳴を上げます。


「アライグマさーん!」


 そしてそのまま、アライグマを追って、崖の下を流れる川へとダイブ!

 大きな水飛沫が上がり、それまでの様子を見ていた子猫は、おそるおそる下を覗き込みます。


「二匹とも、大丈夫?

 怪我してない?」


 と、そこに、


「水飲んだー、これ以上は飲めねぇぞ、うぇっぷ。」

「だから、危ないって言ったんだよぅ。」


 クマの背中に押し出されるようにして、お腹を含まらせたアライグマが浮かんできました。

 それを見て、子猫もホッと安堵の吐息を漏らします。


「良かったぁ、二匹とも、無事みたいだね。」


 子猫からすると、崖はちょっと高いけれど、それでもクマの背丈二つ分くらいしかありません。

 下を流れる川も深いようで、どこかへぶつける事も無かったようです。

 怪我も無かった二匹の様子に、安心した子猫は、更に先へと進みます。




 森はどんどん、鬱蒼とした木々や、下草が茂っていき、視界も悪くなっていきました。

 その最中、子猫は少し疲れて、口に加えていたドングリを地面へと起きます。


「まだ、遠いのかなぁ?」


 小鳥たちの言葉に興味を持って、キツネに教えられて、ここまで来ました。

 けれど、子猫の肉球は現界が近くて、休息を訴えてきます。

 その事に少しだけ、休むことにした子猫。

 しかし、気付いたらドングリが消えていて、目を瞬かせました。


「あ、あれ?」

「いっただきぃ――。」


 そんな中に聞こえてくる声。

 声に目を向けた子猫の視線の先、ヘビがドングリをパクリと飲み込む姿が見えます。


「あー!」


 声を上げても、飲まれてしまった後。

 遅すぎた反応に返ってくるのは、満足そうなゲップでした。


「ごちそうさま――ううん?」


 そこで、ヘビが子猫へと気付きます。

 何をされたか気付いた子猫は、声を上げていました。


「ボクのドングリー!

 返してよバカバカバカバカー!」

「え?え?え?」


 ここまで頑張って運んできたドングリです。

 けれども、ヘビに取られて食べられてしまっては、どうしようもありません。

 それでも返してと訴えますが、既にドングリはヘビのお腹の中。

 取り出す事も出来なくて、シクシクと泣き出します。


「ボクのドングリなのに……。」


 泣き出す子猫に、ヘビは狼狽えます。


「えっと、ゴメンね?

 落ちてるから、つい、食べちゃったよ。

 許してくれない?」

「うう~。」


 けれども更に泣かせてしまい、アタフタします。

 しばらくそうしていましたが、ヘビは「誰か呼んでくる!」と言って立ち去ってしまいました。

 ドングリが無ければ、お願いが出来ません。

 このままドングリ池に行っても、子猫には何も出来ず、しばらくすると泣き疲れて、眠ってしまいました。




「おかあさん――。」


 夢の中、子猫はたった一匹で、森の中へと逃げ込む事になった、ある日の事を思い出します。

 とてもとても苦しくて、辛かった日です。

 そして悲しくて、悲しくて、たまらなかった日でした。

 その日は、何故か煙が充満していて、何も見えませんでした。

 すぐ近くには、大きな火が上がっていて、ごうごうと音を立てていました。

 まさに、絶体絶命の状況でした。

 そんな中から、子猫を救ってくれた母猫は、突然立ち止まると、子猫を森へ向けて押し出します。


「あそこへ行きなさい――。」


 そう言って、その後はもう、喋らなくなりました。

 何度呼びかけても、すり寄っても、反応を返しては、くれなくなったのです。


「お母さん?」


 あの日、火事が起きた時、煙を大量に吸い込んで、動けなくなった母猫。

 子猫があの日のように、夢の中でどれだけ声を掛けても、返事を返してはくれません。

 なぜなら、その時にはもう、母猫は既に亡くなってしまっていたからです。


「お母さん――。」


 たった一匹になった、あの日の事を子猫は今でも忘れられません。

 会いたくて、会いたくて。

 でも、あの日に戻るのは、また母猫を死なせる事になります。

 そんなのは、子猫だって望んではいません。

 けれども会いたい。

 でも会えない。

 切ない夢の中、願い続けた子猫は、何かの歌で目を覚まします。


「大きいがダメなら、小さいを。

 いっぱいがダメなら、ほんの少しを。

 さぁさ、小さな願いをドングリに詰めて、お願い事――。」


 目を覚ますと、コロコロと転がってくるドングリが目に映りました。

 どうやら、木の枝に止まっているコマドリが、持ってきてくれたようです。

 子猫が目を覚ましたのに気付くと、コマドリは歌うのをやめて、声をかけてきました。


「ヘビがあなたのドングリを勝手に食べちゃって、ごめんなさいね。

 彼、悪気は無いの。

 ただ、ちょっと食いしん坊なだけでね。」


 その言葉に、子猫はドングリを拾うと、頭を下げます。


「ううん、地面に置いていたボクも悪いから、謝らないで下さい。

 それと、新しいドングリをありがとう。

 ヘビさんにも、ありがとうって伝えてくれる?」


 これに、


「ええ、ええ、伝えるわ。

 優しい子猫さん、彼を許してくれてありがとう!

 また、どこかでお会いしましょう。」


 そう言ったコマドリは、どこかへと向けて飛んで行きます。

 それに、もう一度頭を下げた子猫は、少し、その場で悩みます。


「何を願ったら良いのかなぁ……。」


 願いが何でも叶うのなら、子猫は母猫が生き返って、この森で一緒に暮らしていく事を願うでしょう。

 しかし、それは大きな願い。

 そして、途切れた生を再び繋げる為に、いっぱいの日々を願う事にもなります。

 子猫には、ドングリにどんなに詰めようとしても、とてもじゃないけれど足りない気がしました。


「このドングリに詰められるだけの、小さなお願い――。」


 それは、どれくらいの大きさでしょうか?

 子猫は悩みます。

 そうして、悩んだ末に、彼はここまでの道を振り返りました。

 お喋りの最中に口を挟んでも、嫌な顔一つせず話してくれた小鳥たち。

 いたずらのつもりで嘘を言ったけれど、木の根っこに捕まってしまったリス。

 実は本当の事を言っていて、誤った道を進んで迷わないよう心配してくれたキツネ。

 ボロボロの橋を渡る勇気を見せようとして、切れた吊橋から落ちてしまったアライグマ。

 そんなアライグマを心配の余り、助けようと川へと飛び込んだクマ。

 ヘビは勝手にドングリを食べたけれど、決して悪気があってやったわけじゃなくて、コマドリを呼んでくれました。

 そのコマドリが、新しいドングリを持ってきてくれて、ドングリ池の歌を歌って聞かせてもくれました。

 みんなではないですが、ここの動物たちは優しいです。

 優しいから、子猫は飢えも乾きも知らずに、生きていられているのだと、気付きます。


「ご飯、いつももらってるよね。

 お水だって、どこにあるか教えてもらったもんね。

 ここにきてから、何も知らなくても、生きていけるように助けてもらってる。」


 だからこそ、子猫の母猫はここへ行くよう、言ったのでしょうか。

 もしそうなら、何も出来ない彼を託した事になります。

 それはきっと、心配したから――。


「よし、お母さんに会おう。

 会って、伝えるんだ。」


 大きなお願いも、いっぱいのお願いも出来ない。

 それなら、少しだけお話する時間を下さいと、子猫はドングリへ向けて想いをこめました。




 たった一匹で辿り着いたドングリ池には、逆さ虹がかかっていました。

 その虹は、大きな池の中に浮かんでいて、半円ではなくキレイな真円。

 そこへ向けて、子猫は願い事を三回つぶやきます。


「お母さんに会いたい、お母さんに会いたい、お母さんに会いたい。」


 少しで良いから、ほんの少しの時間でいいから、お話がしたいと、想いをこめたドングリを池に投げ入れます。

 ポチャンと音を立てて沈む小さな木の実。

 そのまま、じっと待つ子猫は、母の面影を探して視線をさまよわせます。


「お母さん、どこ?

 少しでいいから、お話したくて来たよ。

 お願い、願いを叶えて。」


 誰が叶えてくれるのかとか、子猫は知りません。

 それでも、一生懸命祈りました。

 その祈りが届いたのか、願いが叶い、真っ黒な毛色を持つ猫が姿を現します。


「お母さん!」


 それは、子猫が求めてやまなかった、母の姿。

 あの日、煙に巻かれて息を引き取ってしまった、母猫の姿でした。


「お母さん!

 ボク、森で暮らしてるよ。

 みんな――みんな優しいから、なんとかなってるの。

 中には、ちょっと意地悪な子もいるけど、お腹が空いたり、喉が乾いて辛い事は無いの。

 お母さんは、この事を知ってて、ボクを森に行かせたの?」


 一生懸命話しかけますが、母親は彼に答えません。

 ただ、じっと耳を傾けるかのようにしているだけです。


「お母さん――?」


 口を動かす彼に合わせるように、水面の向こうの母猫が口を開きます。

 けれども、声は聞こえず、子猫は意を決して、水へと手を差し込みました。

 瞬間、母猫の姿が歪み、掻き消えていきます。


「なんだぁ――自分が水面に映ってただけかぁ。」


 ガッカリする子猫。

 てっきり、母猫が水の向こう側にいるんだと思ってしまいました。

 願いが叶わなかったのか、それとも話は嘘だったのか、子猫には分かりません。

 ただ、母とは会えない、そんな寂しさだけが込み上げてきます。


「お母さん……。」


 シクシクと泣き出した子猫。

 ですが、そんな彼の眼の前で、水面がポコリと浮かび上がります。


「うわぁ!?」


 慌てて飛び退きましたが、浮かび上がってきた水球は、そのまま何かを形作っていきました。

 ピンと立った三角耳、長い尻尾に立派なおヒゲ。

 亡き母を思わせる面影のある、けれども透明な猫。

 それに、子猫はおそるおそる口を開きます。


「お母さん?」


 それに、まるでお辞儀するようにして、頷いて返してくる透明な猫がいました。

 どうやら、ようやく彼の願いが叶ったようだと、子猫は口を開きます。


「お母さん!」


 ここまで、長い、長い道のりでした。

 けれども叶わなかったのだろうかと、諦めていたところに、こうして母猫だと思われる存在が姿を見せている。

 それに飛びつきたいけれども、相手は池の上です。

 溺れるかもしれないので、岸辺で子猫は、一生懸命叫びます。

 どうか、母に届くようにと願って。


「ボク、元気だよ!

 お母さんが言ったように、森にいる!

 ちゃんと、ここで暮らせてるよ!

 さっき言ってたのも聞こえてた?ねぇ?

 あと、あとは、えーと、えーと――。」


 色々聞いて欲しくて、子猫は必死に言葉を探しては口にして伝えていきます。

 けれど、この時間だって、いっぱいは望めない。

 そう子猫は予感すると、精一杯の言葉を投げかけました。


「ここでの暮らしが終わったらね、ボクもそっちに行くよ?

 だから、それまでは――『またね』になるよ!」


 そう叫んだ瞬間に、


「あ。」


 母猫の姿は、崩れて元の池へと戻り、とぷんと音を立てて消えました。

 その後には、さざなみ一つ立たない、透明な池だけが残ります。

 それを見て、子猫の尻尾の先がユラユラと揺れました。


「まだ、話したい事、いっぱいあったのになぁ。」


 不満そうに呟く子猫。

 だけれども、その瞳は、森に辿り着いた時より強く、とても輝いていました。


「さよならなんて言わないから。

 またねって、約束したからね!」


 そう口にして、森の中へと戻っていくのは、小さな小さな真っ黒い子猫。

 後に、森の新入りを案内する彼は、こう口にするのです。


「願い事があるのなら、ドングリ池にドングリを投げ入れてごらん。

 その願いが大きすぎたり、いっぱいじゃなければ、ドングリに詰めたその願い事は、きっと叶うはずだよ。

 お願いは三回唱えるんだ。

 いいかい、森で手に入るものや、時間を巻き戻すような、大きなお願い事はダメだからね。

 そうでない小さな願いなら、ドングリ池にお願いすれば、きっと叶うよ――。」


 これは古い古い、昔のお話。

 大昔に虹が逆さまにかかって、その虹がかかる池でドングリを投げ入れ、動物たちが小さなお願い事をする、そんな昔のお話です。

 今は忘れ去られた、動物たちの楽園があった、そんな時代のお伽噺でした――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです。最後にあったように、不思議なおとぎ話でした。森の住人たちは個性豊かで、みな親切でしたね。かれらに助けられながら子猫は強く幸せに生きていったのだろうと思いました。
感想一覧
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