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「あ、あの…メ、メディンク嬢。エ…エ、エレノア…と、呼んでも良いだろうか?」
………はい?
「え、えっと…どうぞお好きなようにお呼びください…?」
「ほ、本当か?!」
輝く笑顔を見せられても困るんですけど。
ちょっとよくわからない状況になりました。
自己紹介が終わって、とりあえず今日の授業は終わりとの事で、オリビエと帰るべく帰宅の準備をしていた所で王子に捕まった。
因みにオリビエは席を外している。
なんで捕まってるのかって?私がそれを一番知りたいね。
なんか顔を赤らめて話しかけてくるんだけどどうすれば良い?
名前の呼び方とかどうでも良いし、第一、王族に聞かれたら「はいどーぞ」としか言えないよね。
というか、私よりヒロイン…アリアナを捕まえに行けよ。帰っちゃうよ?想い人。
「エ、エレノア…お、俺の事もザックと呼んでくれて構わないからな」
「え、嫌ですけど」
「え……」
何故そんな傷付いたような顔をされないといけないのだ。
絶対にザックなんて呼ばない。
仲良くなる気なんてないんだけど。
それに何?この周りの生暖かい視線。てっきり嫉妬に満ちた視線が来るだろうと思っていたら、見守るような視線ばかりなんですけど。さっき王子に甘い声で声をかけてた令嬢方!どうしたの。貴方方も生暖かい視線を送らないで。
「ザック その辺にしとけよ。エレノア嬢が困ってるからさ。ね?」
救世主かと思ったらレオンだった。お呼びでない。
キラキラスマイルでウィンクされても正直困る。
周りの令嬢はほぅっと頰を赤らめているけど、私の場合はかっこいいよりも、なんだコイツっていう感情の方がデカイ。
「エレン?何してるの。早く帰ろう マリエレさんが待ってるよ?」
今度こそ救世主!待ってたよ!
ナイスタイミングだよ!
「ええ。すみません。王子殿下、レオン様。本日は失礼します」
私はニコッと笑ってその場を後にした。
社交辞令の笑顔を向けたことにより赤くなっている二人がいるなんて知らずに。
「もぉ。何してるの?王子殿下とは関わらないんじゃなかったけ?」
ニヤニヤしながら聞いてくるのをやめてください オリビエさん。
「私だって好きで話しかけられたわけじゃないし。あっちから話しかけてきたんだもん。王族に話しかけられて無視なんてできないですぅ」
むぅっとしながら私はそう言った。
「無視できない…ね。名前呼び断ってたのに?」
ふふっと笑いながら言われた。
「ねぇ、いつから見てたの?早く助けてくれても良かったんじゃない?」
「えー。王子に話しかけられて戸惑ってるエレンと、周りの見守るような視線が面白いから見てた。最初っから」
「え……」
オリビエは救世主じゃなくて、小悪魔さんでした。
*
「………可愛い………」
思わず俺はそう呟いた。
最後に微笑まれた時に俺の視界は薔薇色に…いや、桜色に染まった。
本当に俺の物にしたい。俺だけを見てくれないかなぁ…。
あと気になることが一つ。
「なぁ、なんでレオンもシレッと名前で呼んでんの?あと、なんでレオンは名前で俺は王子殿下なの?」
俺は不機嫌丸出しでレオンに聞いた。
「えー。なんでだろうね?ザックはアイザックというよりも王子なんじゃない?あと、最初からザックと呼ばせようとしたのが失点じゃない?」
「え…。ダメだなのか…?彼女にザックと呼んでもらいたいんだが」
あの、鈴のような綺麗な音で、名前を呼んでもらいたい。そう願うのはイケナイ事ですか?
「いや、そうじゃなくて…まずはアイザックから始めようよ…って、何言ってんだろ僕」
はぁ、とレオンは額に手を当ててため息をついた。
そんな二人の会話をクラスメイトになった子息は、
「あぁ、やっと王子に思い人が出来たんだなぁ…。エレノア様、綺麗で仲良くなりたいけど、とりあえず見守ろう」
と、生暖かい目で眺め、
令嬢は、
「私も王子殿下を狙って…じゃない。お慕いしておりましたが、エレノア様が相手じゃ無理ですわね。あの綺麗さには私勝てませんわ。それに、王子殿下に媚を売らないあの態度、素敵ですわ。王子殿下。応援しております」
と、自らの淡い恋心を捨てて、見守っていた。
そんなアイザックとレオンを教室の端で見ていたアリアナは「いや、あの笑顔は社交辞令なんじゃ…」と思ったが、何も言わずに苦笑をしていたルイスと共に教室を出た。
アイザックがあの笑顔が社交辞令の笑顔であると知るのはまだまだ先のことである。
敬語が仕事をしません…。
あと、未だに女神の称号は姿を現さない…。