バウムとの別れ
ああ、面倒だ。
人間のために行動しなくてはいけないこと。
ベスツァフ達と衝突しそうなマーツェを村に入れなければならないこと。
魔王の呪いを共有してるマーツェでなかったら逃亡してるところだ。
ふつふつと静まりきらない苛立ちを腹に抱えつつ考える。
せっかく魔法教育をしてきたのだ。
私がいなくなった途端に技術も知識も抜け落ちるようでは、私が面白くない。
代わりの教師役を誰かに押し付ける必要がある。
あの村の中で比較的高い技術力を持ち、教えるのが得意な者の顔を思い浮かべる。
技術について教える者と知識について教える者は分けた方がいいだろうな。
要点をまとめておけば、各自書き留めていた情報を付け足すことで教育できるだろう。
つい数ヶ月前に新たに生まれた異形の子もいる。
その子に教育を行うためと言えば身を入れてやるはずだ。
マーツェは村に顔を出す最後の日に連れていけばいい。
旅に出るため魔法教育は終わりにすると告げたら、あっさりとお役御免となった。
いつまでも外部の者頼りではいけないと考えていたらしい。
代わりの教育係を任命したら当人には喜ばれた。
最後の教育をして、教育係には簡単に引き継ぎのようなことをする。
私と同程度を望むことはできないが、彼らなりに精進していくだろう。
村の者全員が文字を読めるようになったため、外部から書物を手に入れて学ぶこともできる。
今後は外部の協力者に書物も調達してもらえばいいと言っておいた。
旅の準備として、今回は結界用の陣と結晶の欠片も用意する。
バリエレに教えた結界方法を使えば、結界を張りながら休むことができる。
今回の旅は魔物の数を減らすことも大きな目的だ。
不本意ながら。
マーツェがどう進路を取るかは知らないが、魔物の頻出地域も通るだろう。
結界を張らずに野営は危険行為だ。
長い期間、根城を不在にするかもしれない。
魔力を流して根城の結界を強化し、不在の間も壊れないようにする。
畑はまた駄目になるだろうが仕方がない。
旅に出る前日、マーツェと共にバウムの元に来た。
旅に出ることを告げに来たのだが、そういえばここ数日はバウムに会っていなかったなと気づく。
すぐ魔物に突っ込んでいくマーツェと行動を共にしていると忙しなく、意見を交わす相手がいて調査がしやすかったというのもある。
森に来てバウムの名を呼んで、こもったような声で聞こえる返事に引っかかる。
姿も見つけられない。
いつもは不自然に揺れる枝葉を見て場所を確認するのだが、木々は風で揺れているだけだ。
バウムが動いて揺れる枝葉がない。
魔力探知で見つけようとすると、遠くにいるかのような、去った後の残滓のような、感じられるのは幽かな魔力。
ああ、終わりが近い。
なんとかバウムを見つけたが、顔が木の節のようになっていた。
「バウム。ゲルハルトだ」
視力はまだあるのだろうか。見えているのだろうか。
それすらもわからない。
「ゲ、ルハ、ル、ト。マー、ツェ、も、いる、な」
「ああ。まだ見えてるんだな」
少し安堵する私の横で、マーツェはあけすけに質問する。
「バウム。もうお別れなの?木になるの?」
「あ、あ。なん、と、か、食い、止め、て、るが、もう、意、識を、手放、し、そう、だ。最期、に、はな、しが、したか、った。会え、て、よ、かっ、た」
口元を何かで覆っているようなこもった声。
口と呼ぶべき場所には木の節があり、どう喋っているのかもわからない。
バウムが言葉を発する度に、木肌が微妙に振動する。
「別、れは、悲し、い、もの、だ。終わ、り、の、ない、ゲ、ルハル、ト、たちに、は、延、々と、別れ、ば、かり、が、訪、れ、るだ、ろう。呪、いが、解、ける、こ、とを、心、から、祈っ、てい、る」
「ああ、ありがとう」
「ありがとう。頑張るね。絶対呪い解くよ」
何かを発しようとしたような、言葉になる前の声が耳に届く。
「バウム?」
返事は返ってこない。
もうバウムが動くことはなかった。




