救えなかった命
つい数時間前の話。
私がベスツァフ達の村で魔法教育を行っているときに、マーツェは根城付近の森で木の実や茸の採取、動物の狩りなどをして食料を調達していたという。
細身の長剣を携えて、襲い来る魔物を倒しては食料を探す。
1人で持ち帰るには苦労しそうな体躯の魔物を倒し、一旦根城に戻ろうとしたときにかすかに響いた声。
誰かが魔物に襲われている。
手に持っていた魔物を放り出して声のした方にマーツェは走った。
叫び声と暴れる音をたどり、木々の間から見えた姿。
子どもが魔物に襲われている。
間に合え。
間に合え。
ゲルハルトほどは精度の高くない身体強化で足を速め、走りながら折った枝を魔物に向かって投げる。
枝はうまいこと魔物の目玉に突き刺さった。
痛みで魔物は子供から離れ、枝が飛んできた方向、マーツェをにらむ。
反撃に振るわれた爪を避け、胴体に剣を突き刺し、走ってきた勢いをそのままに飛びつくように魔物を足蹴にする。
背中から倒れていく魔物。
剣を引き抜き、大きく横に振るう。
魔物が地面に背中を付けるときには、頭と胴体は切り離されていた。
あふれ出る血が地面を汚す。
襲われていた子どもは無事か。
姿を確認してすぐに、まずいと思った。
肩近くから食いちぎられた腕。
鋭い爪で引き裂かれた腹。
血の気の失せた顔にはうつろな表情。
出血が多すぎる。
すぐに治癒魔法を施したものの、マーツェの技術では追い付かなかった。
治癒しようが止まらない出血に、子どもの心臓はすぐに動かなくなった。
虚無感に襲われてマーツェの体から力が抜ける。
マーツェは人の死というものが苦手だ。
特に罪なき者の死、戦う技術を持たぬ者の死には敏感であった。
勇者になる前、親しい者を亡くしたときのことを思い出すからだ。
マーツェ1人で、全ての人を救えるとは思っていない。
助けられない命があることも理解している。
しかし目の前で命が失われることは耐え難かった。
魔王がいるから魔物が凶悪化する。
魔王がいるから被害が増える。
死なない我が身を今活用しないでどうする。
「私一人じゃできない。けど2人ならできる。ゲルハルトが協力してくれればできる。行こうよ。討伐しよう」
「断る」
子どもを助けられなかったことがいかに無念であったか、呪われた体を生かす機会はそう無いだとか、熱心に訴えられたが知ったことではない。
対立する意見に不満気ではあったものの、それまでは冷静に話していたマーツェ。
再度断った私に盛大に顔を歪めた。
「どうしてさ?たくさんの人が傷つく。たくさんの人が悲しむ。それをどうにかしようと思わないのか?ゲルハルトは心を痛めないのか?それを見て苦しむことは?」
「ないな。せいぜい苦しめばいい」
私が味わった苦しみ。
痛み。
人間どもも味わえばいい。
魔物に痛めつけられたところで数時間程度の苦しみで死ねるだろう。
可愛いものだ。
私の足元に及びもしない。




