魔法知識について
次の日、ノーラはいつものバスケットに加えて、ぱんぱんに詰め込んだ荷物を背負ってやってきた。
「ゲルハルトおはよう!いい天気だね!」
いつにも増して元気がいい。
昼前の、朝の挨拶か昼の挨拶かを迷う時間。
鹿の案内に加え、私も少し村に近いところに場所を変えたことでかなり早い時間での会合。
お礼のつもりかわしゃわしゃと一通り鹿を撫でてからこちらに来る。
倒木に腰掛け、バスケットからティーセット、ぱんぱんの鞄からは本やノートを取り出す。
「基本的に頭に全部詰め込んでるけど、私が今まで調べてきたものはこれに整理してる」
パラッと中を見てみると、子どもがまとめたものとは思えない程ぎっしりと情報が書かれたノート。
ああ、中身は子どもじゃないんだったか。
「呪いについては一通り調べてるけど、魔物の呪いについてはさっぱりなんだ」
言いながら、ノーラは該当のページを開く。
陣を利用しての呪い、魔具を利用しての呪い、詠唱、植物、薬、あらゆる方法で行う呪いについて事細かに調べてあるが、魔物の呪いについては何も書いていない。
「よく調べたな。あの村には学校も何もないだろう」
「た、旅人とか行商人とか来るからさ」
「…そうか。そっちの本は魔法について、か」
「うん。父親が持ってたやつ」
使い込まれているようで、開き癖がついている。
魔法全般の基礎について書かれているようだ。
「大したことは書いてないけど、一応持ってきてみた」
一通り目を通してみる。
基礎の基礎、魔力の練り方や四大元素の初歩魔法。
魔力過剰使用による身体への影響や、魔法使用による周囲への弊害。
魔法を学ぶにおいてまず学ぶべき基本的な事柄について書かれているが、
「半ば間違ってるな」
「うそ!?」
奥付を見ると、約200年前だ。
書籍が出回り始めた辺りだろう。
「魔法に明るくないやつが金稼ぎに書いた本だな。魔法を乱発したところで人間ごときが周囲に与える影響なんてたかが知れてるし、魔力を限界まで使ったって死ぬことはない」
「通りでこれ読んで練習しても魔法が使えないわけだ…」
しょんぼりとノーラが呟く。
魔法を使えるようになろうと練習していたのか。
「…呪いは?呪いについては?ゲルハルトは呪いについてどれだけ知ってるんだ?」
期待を覗かせる視線。
しかし残念なことに、呪いに関しては門外漢だ。
「すまんが呪いについては一切触れてこなかったんだ」
「!?」
信じられない、という言葉が顔いっぱいに書かれている。
眉間に皺をこれでもかと寄せて、大口開けたすごい形相。
「そんなに高度な魔法使うのにか!?」
「ああ」
「呪いにかけられたらどうするのさ!?」
「術者を殺せば解ける」
「考え方脳筋…」
残念感たっぷりの言葉。
けれど、周りもみな同じ考え方だった。
そもそも呪いをかけてくるのは、力はないが知能のある魔物がほとんどで、倒してしまうのが一番手っ取り早かったのだ。
呪いをかけると絶えず少なくない量の魔力を吸いとられることになり、大抵の魔法使いがそれに耐えられないという事情もある。
そう、それなのに奴が死に際になした結果は今も…。
「ゲルハルトの協力を得られて一気に前に進めるかと思ったのに…」
不満を顕に口を尖らせ、ぼそぼそと発している。
「間違った道を進もうとしてたことはわかっただろう」
「わかったけどさ。…正直いま、手詰まりなんだよ。私は遠出できないし、村には資料なんてないし、調べようがない」
「私も協力はする。手始めに隣町の図書館から本を借りてこよう」
背中を丸めて下を向いていたノーラが勢いよく顔を上げた。
「手伝ってくれるのか!?」
「興味があるからな」
利益も多分にありそうだからな。
かといって、そうそう情報が集まることはないだろう。
魔法研究はされていても、それを書物に残すという文化はあまり浸透していない。
この世に伝わる魔法はほぼ口頭伝承で残されており、代を経るごとに変質し伝え漏れもあり得る。
それに、隣町もそう規模が大きくなく、蔵書数は期待しないほうがいいだろう。
へらあっと締まりのない顔をしたノーラは、サンドイッチを出して昼御飯の準備に入っている。
「…期待するなよ」
多大に期待されていそうなので、先に釘を刺しておく。
「へへ。わかった」
へらへらと嬉しそうな顔のままで、本当にわかったのか疑問だ。
それにしても、
「ノーラ、以前と性格が違わないか」
「そうか?…あー、でも、前は子どもらしくしようとしてたな」
どこか胡散臭さの漂う言動だったが、それが原因か。
納得とともに笑いが漏れる。
「今の方がガキっぽいけどな」
「!?」